カルティアの矜持②
「ねえ、それ、アタシもやってみたいわ」
買い物リストと睨めっこして袋から必要な分の金を数えて店主に渡すアレットを見て、カルティアが強請った。
「それよ、『買い物』! アタシもやりたいッ!」
「……『ちょうだい』じゃなかったのかよ、『紅灼庭園』は」
「だって、アンタはやってるわ。だからアタシもやりたい」
聞きっこないことは明らかだ。
店主とアレットは顔を見合わせて、無言で苦笑を交わした。
「じゃあほら」とアレットは店主に渡したばかりの金を返して貰って、そのままカルティアに流してややる。
揚々と進み出たくせにカルティアは少し緊張した面持ちで、両手で包んだ金を前に出して、
「はいっ!」
なんて店主に無愛想に渡したのだ。
店主は「おう、ありがとうさん」とにっかり笑って言って、二人の妖精を見送った。
「ねえ、どうしてこんなことするの?」
やってみたら分かるかと思ったがやっぱり分からなかった。
ただ、ちょっぴりいつもの『ちょうだい』より特別に感じた。
「やりたいって言うからやらせてやったのに、それかよ」
ジェスターハットの尻尾が疲れたように、へたんと垂れる。
「へんよ、だって、面倒だわ」
「へんでもいいんだよ、アレが人間同士でありがとうを伝えるやり方なんだから」
だからこそ変だと言っているのだ。
だって、人間同士ではない、妖精と人間なのだから。
根無し草もそうだ。
相性の良い人間にとりつくことは、妖精の間ではままあることだが、でもチェンジリングにくっついているなんておかしい。なんにも貰えないのに。
それだけじゃない。
あのダメダメ妖精がマーケットで店番なんてしていたのは、果物を貰ったお礼だというのだから。
カルティアには理解できない。
『お願い』でもないのに、どうしてそんなことをするのか。そういうことをしているから、庭を持てないのだ。
「そいつだってありがとうのやり方の一つなんだよ」
アレットは口にキャンディを放り込みながら言った。
ずるい。
思っていたら、ポッケから包みを出して投げて寄越してきた。
「ふふんっ!」
きちんと分かってる。あのチェンジリングとは大違いだ。
「これでオレは四回分のキャンディを損した」
ほっぺの膨らみを転がしながらアレットは恨みがましく言う。
「だから、ほしいならちょうだいって言えば良いのよ」
何度同じ事を言わせるのだろう。
くどいからちょっとむっとして言うと、アレットは、首を振ったのだ。
「それならいらない」
つたん、つたん。
平たい靴底の音。
「オレは人間じゃないけど、あいつらの兄ちゃんだから。あいつらがやったらいけないことはしない」
カルティアにはやっぱり理解できない。
でも今度は、その後ろ姿に間違ってるとは言う気になれなかった。
「ねえ、もしかしてアンタ、人間になりたいの?」
「オレが? 人間に?」
思いも寄らなかったと言ったふうだった。
道化の妖精は、パチクリ、目蓋を閉じて開いて、
「……知りたい、かな。たぶん。オレは魔法なら何でも出来る気でいたけど、そうじゃなかったから」
妖精は人の想いから庭を創り、魔法を使う。それなのに人の想いを、あんまりに知らないとアレットは話した。
「それって大事なこと?」
カルティアは熱い想いが好きだ。
なにかに打ち込んで、のめり込んで、振り返らないひたむきさの輝きはカルティアを強くする。
きっとカルティアはその輝きを目指して生まれてきたに違いない。
『聖園の女神』もカルティアのその輝きを見つけてくれたのだ。だから、カルティアは『情熱』を集める。
いっぱい集めて輝きを大きくしたら女神はきっとカルティアの庭を見つけてくれるから。
必要なことはそれだけ。
人間がどこから想いをもってくるかなんて考え出したら妖精でも時間が足りなくなりそうだ。
「妙なことをして『最も古い妖精達』に叱られたってしらないから」
長く生きて想いを溜めた妖精であるカルティアも出会ったことは数えるほどしかない。
彼らはみんなとんでもない力を行使して、ルールを破った妖精を罰する。
特に人間を庭に連れて来ることにはとても敏感で、聞きつけたら無理矢理に庭に踏み行って集めた想いと人間を奪っていく。
タブーを犯してそんな目に遭った妖精に、カルティアはいくつか心当たりがあった。
「うっ、なんも言ってきたりするもんか。人間を庭に連れていくわけでもないんだから」
不安になったのか、「大丈夫だよな?」なんて確認してくるものだから、カルティアは「だから知らないってばッ!」と返したのだ。
暫く歩いたら茶けた外壁の平屋が見えてきた。
笑い声が聞こえる。
ぽーんと撥ねるボールが見える。
「アレットにーちゃん!」
ボールを拾った一人が甲高い声でいうと、「わあ」とつぎつぎに声が上がった。
「しょうが無いやつらめ」
そう言いながらアレットの足はさっきよりも速くなっていた。
「帰ったぞ、悪いことしてねーだろうな!」
言ってから、集まってきた子供の髪の毛をぐしゃぐしゃにする作業を始めた。
カルティアはおもしろくない。
「ねえ」
聞こえちゃいない。
むすっとして、腰に手をやってから、カルティアはもう一度言ったのだ。
「ねえってばっ!」
ぴたりとやんちゃが収まって、まん丸い目が何個もカルティアを向いた。
「あたしのモテナシは?」
どうして虚飾庭園がもてはやされているのにカルティアが放っておかれなくちゃいけないのだ。おもしろくない。
子供達は人形になったみたいにカルティアを見るばかりだから、見かねたアレットが音頭をとった。
「ほら、お客さんがきたらどうすんだ」
うながされて、
「「こんにちはっ!」」
口々に子供達は言った。
大きな声で言えば良いってもんじゃない。
まったく調和が足りていない。
これはきっちり『優雅さ』というものを教えてやる必要がある。
豪奢のドレスの裾をつまんで、片足を半歩分だけ後ろに、上体は決してブレ無いようにおなかとふくらはぎに力を込めて膝とを使って腰を沈める。
「『紅灼庭園』のカルティアよ」
さあどうだ!
すましたつもりの目は賞賛を期待して蘭々と光っていたが、それに気づいていたのはアレットだけだった。
集まってきた子供は顔を赤らめて黙るか、自分もと強請るような目をしていて、おなかに帯の模様のある猫を抱きかかえた女の子にいたっては「キレイ」なんて目をきらきらさせている。
ああ、これじゃあ暫く女の子組は七面倒な挨拶をやりたがると、アレットはこめかみを押さえたのだ。
もちろん、カルティアは気分が良かった。
尊敬の目と、賞賛の言葉。
こうじゃ無いといけない。
(ふふん)
にんまり、目を細めたのである。




