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妖精の訪れる国②


 ミストエーラには妖精が訪れる。

 それはミストエーラの住人にすれば四季が移ろうことに並ぶくらい常識で、ずっと昔から変わらない生活だ。

 暗闇を嫌う彼らは日が上がる頃にそろそろと『何処か(・・・)』からやってきて、そして子供が家に帰る夕暮れ頃にまた、その『何処か(・・・)』へ帰っていく。


 人間と妖精がずっと良い隣人として付き合ってきた事実は、ミストエーラの歴史と街を見れば瞭然だ。

 仰がなければ天辺を映すことも出来ないほどに巨大な時計台や、整然と並んだ道路、これらは妖精だけが持ち得る不可思議な力、『魔法』があってこそ出来上がった街並みなのだから。


 そこまで大げさにしなくったってミストエーラの住人にとって妖精の魔法と生活は切っても切れないものだと言える。

 四歳の子供が最初に教えられる手伝いといえば水汲みだ。

 子供たちは母親が焼いた菓子か、夕飯の残りと桶を持って妖精の所に行って『お願い』して魔法でいっぱいにして貰う。


 両親も、立ち話をするずんぐりした奥さんも港で吊りをする老人も、小さい頃にはみんな最初にはそうしてきたのだ。だから、ミストエーラの住人は妖精のやることにはよっぽどで無い限り「やれやれ」で許してやれる。

 それがこの妖精と生きる『ミストエーラ』という国だ。


 そんなこの街においてきっと、いや間違い無く、アイシルとエトルという存在は異端と言って良いだろう。

 いや、異端なんて言葉では生ぬるい。

 どちらか一方だけでも充分に異端なのに、それが毎日飽きもせずにツルんでいるのだから一周回って明後日に飛んでいってヘンテコなことになっている。  


 だってそうだろう。

 

 『妖精にお願いできない人間』と『魔法が使えない妖精』だなんて。



「いやちがいますよ? わたしは魔法を使えないのではなく使わないだけですよお?」


 その手の質問をすると、アイシルはいつもこう返してくる。

 だが、エトルの記憶している限りアイシルが魔法を使う姿は一度だって見ていない。今回にしたってだってそうだ。


『エトルさんエトルさん! 『お願い』ですよお! わたしってば『お願い』されちゃったのでーすっ!』


 と、リトルペタルに飛び込んできたかと思ったら、椅子に座って読書をしていたエトルの腕をぐいぐいと街中に引っ張ったのだ。

 他の妖精に捜し物を頼めば魔法で手元に呼び寄せるか場所を教えるか出会えるように予言をしてくれるかしてくれそうなものだが、アイシルのしたことと言えばあっちへこっちへエトルを振り回したあげく、おやつに焼いたクッキーを横から猫にかっ攫われて逆上し、マーケットを大暴走である。

 

 まったく、本当にまったくだ。

 

 せめて『お願い』の猫探し(・・・)がこの大怪盗なら良かったのに。

「って、あれ?」

 アイシルに抱きかかえられて尻尾を振りながらぐるぐる咽を鳴らす不機嫌そうな猫を見て、気が付いた。


 件の猫は茶虎でずんぐりしてて、お腹に腹巻きみたいな黒いラインがあって――


「ね、ねえ、アイシル? その猫ってもしかして『お願い』の猫なんじゃないの?」

「あれ? 気が付いてなかったのですかあ? そうじゃなければあんなに追いかけまわしたりしませんよおー」

「……」


 釈然としない。

 それならばそうだと最初から言ってくれれば良かったのに。

 じとりと、口に出さない抗議を視線で訴えていると、「あ、そうでした!」とアイシルが立ち止まった。


「エトルさん、ちょっと持っててください」

「え? あ、ちょっと!」

 再びエトルの腕の中に戻された猫が「うなあ」と鳴く。


「さてさて、大怪盗さんお覚悟はいいですかあ? いまこそ雪辱をはたすときですよお!」


 さっと、アイシルが取り出したのはクッキーだった。

 それを、エトルと猫が見つめるなか神妙な顔で、さくり、頬張る。


「ああおいしい。エトルさんのクッキーは本当においしいですよお! バターの風味がふんわり広がってサクサクの生地がほろりと解けてお口の中が幸せですねえ。あ、もう一枚食べてしまいましょう!」


 さらにもう一枚取り出したアイシルは猫に顔を寄せ、見せ付けるように、サクッ。


 猫を相手にこの妖精は一体なにをやっているのだろう。

 『贈り物』でもないクッキー一枚を猫に盗られたくらいでここまでするだろうか、見てる方が恥ずかしくなってくる。


「んんなあああ!」

「わわっ! ちょっといきなり引っ掻こうとするなんて野蛮ったらないですよおー!」


 ……本当に、恥ずかしい。


「それで? 『お願い』した子はどこ?」

「うーん、お昼から五つめの時間に噴水広場で待っているとおっしゃっていましたが……」

 猫の爪から逃れようと、身体を仰け反らせながら、アイシルが答える。


 噴水広場は時計塔の真正面のストリートにある。

 見上げて時刻を確認するとちょうど、翅の生えた妖精の持つ石像の水瓶から水が噴き出した。夕刻の茜色がきらきらと飛沫に煌めいて堕ちていく。

 流水のカーテンに映った夕日が辺りの窓ガラスにきらきらと反射して、まるで別世界に迷い込んだような錯覚に囚われた。


 エトルは、顔を背けた。

 唇を噛んで、その僅かな時間にだけ毎日訪れる奇跡の時間が過ぎるのをただただ待った。


 どうか、

(どうかだれも連れて行きませんように)

 そんなことを願いながら。


 とんっ

 誰かさんの手が肩に乗った。


「エートール―さーんっ! あの人です、あの子がわたしに『お願い』をしたお目がたかーい人ですよお!」


 広場の南側の通路だ、こちらに向けて駆けてくる小さな女の子がいた。

 気弱そうな子で、前にいる人に申し訳なさそうにしながら追い抜いていた。


 アイシルも少しはあの子を見習っておしとやかになれば良いのになんて、大きく手をふって「こっちですよぉー」と叫ぶ彼女を見ながら思った。

 まあ、無理だろうと直ぐさま諦めたのは言うまでもない。


「ハラマキー!」


 嘘だろう?


 珍妙な言葉を叫びながら、女の子が猫に飛びつく。


「ハラマキ、心配したんだよ急にぜんぜん来なくなるから!」 

「うなあ」


 嘘では無かった、真実だった。

 どうやらこの猫の名前は『ハラマキ』と言うらしい。

 名は体を表すとは言うが、安直すぎやしないか。


「なるほど、この方はハラマキさんとおっしゃるのですね、……良い名前です!」


 嘘だろう!?


 フードの奥で瞠目していたエトルだが、アイシルからハラマキなる猫を受け取ってえへへと笑う女の子を見てなにも言えなくなった。

 きっと、妖精のセンスを研究して本に纏めたら拳より分厚くなるに違い無い。


 たっぷり一分間流れ続けた噴水は、カチリと時計台の針が進むと同時に止まった。


「アイシル、ほら、そろそろ」

「ああ、そうですね」

 日暮れはもうすぐそこだ、ここまで苦労して貰う物がないなんてやってられない。


 エトルに促されて、アイシルは「はいっ」と頷くと女の子の前で膝を折り、両手を差し出したのだ。


「さあ、お願いはこの妖精アイシルが叶えましたよ。『贈り物《ギフト》』をいただけますか?」


 妖精は人間の『お願い』を叶えてくれるが、それは無償で行われるわけでは無い。妖精への『贈り物』が必要となる。

 そもそも妖精がミストエーラを訪れるのは、『人の想いがこもった品』を自分の『庭』に持ち帰るためで、人のお願いを叶えるのもこの『人の想いがこもった品』を得るためだ。

 それは希少な宝石であれば、道端に転がっているようなガラクタのときもあり、妖精にしかその価値は決められない。


 人間は『人の想いがこもった品』を妖精の元へと持ち寄り、『お願い』を叶えてくれたお礼に『贈り物』として差し出す。

 これがずっと昔から続いている人間と妖精の『お願い』のやり方だ。


 もちろん、女の子だって知っていた。

「あの、これで、ほんとうにいいの?」

 自信なさげに差し出したのはずっと握りしめていた筒状に丸めた紙だった。茶ばんでいてごわごわしている、出回っている中でも等級が一番低い紙だ。

「はい、それが欲しくてお願いをがんばりましたあ!」

 ほとんどエトルが、である。


「じゃあ、どうぞ」

「たしかに受け取りましたよお」

 女の子の手から、アイシルの手へ贈り物は渡った。

 これで『お願い』は本当におしまいだ。朝から振り回されっぱなしだったエトルもようやく息がつけるというものである。


「やりましたエトルさん! ほらほらほら、贈り物です! わたしってばお願いを叶えること出来たんですよぉっ!!」

 前言撤回、アイシルが『庭』に帰らない限り、エトルに安息は訪れない。


「ほらほら、みてくださいエトルさん!」

「わ、わかったから」

 いくらクセが強い者ばかりの妖精達とは言え、猫探しのお願い一つ達成したくらいでここまで喜ぶのはミストエーラ中を探してもアイシルくらいだろう。

 女の子の腕の中で呆れたようにハラマキも「うなあ」と啼いている。


「ほらほらほら、贈り物ですよ! わたしのもらった贈り物です!」

「あっ」


 ぴょんぴょん跳ねながらたった今受け取ったばかりの贈り物の紙を開けっぴろげにエトルに見せ付けてくるアイシルを見て、女の子が小さな悲鳴を出した。


 アイシルが広げた紙の中には、――怪物がいた。


 頭から二本の角が生えていて、ぎざぎざの大きさの違う牙が顔の端から端までビッシリ生え並んでいる。顔の三倍はある大きな身体には足が三本に腕が二本生えていてそれぞれの先端は鋭く尖っていた。腰には略奪品だろうか? 真っ黒いベルトを巻いていた。


「とってもよく描けています。この似顔絵のおかげですぐにハラマキさんがわかりましたよお」

 ……やっぱり妖精の感性は独特だ。ところどころそれっぽいパーツはあるが、エトルではとてもではないがこの絵と女の子の腕の中の猫が同一のものとは結びつけられない。――が、恥ずかしそうに俯く女の子の姿をみて、「そ、そうだね」と同調した。


「うそだもん」

 一秒も経たずに見抜かれた。


「だって、だってみんな、みんな、そんな絵じゃわかるわけないって、へたくそって、わらったもん」

 肩を震わせる女の子はちょっと後ろからこづいたらぽろりと目から涙が流れてしまいそうだった。


「あ、あー、えとさ、その」

 こんなときどうしたら良いかなんて、エトルにわかるはずが無い。いままで子供となんて関わってこなかったし、そもそも人付き合いだって最低限だったのだから。

「……」

 ついになにも言えなくなった。

 頼むから泣いたりしないで欲しい、なにもやましいことなんて無いはずなのに、すごく自分が最低な人間になった気がしてくる。

 いたたまれない、それなのに、エトルは不自然な高さに手を上げたまま女の子に近づくことも声を掛けることだって出来なかった。


 そんなエトルが躊躇った一歩を踏んだのは、アイシルだった。


「元気がないときはお菓子をたべるんですよお?」

 そう言って、クッキーを一欠片、女の子の口元に。

「あーん、です」

 バターの香りに誘われておずおずと女の子が口を開いて、さくり、一口。


「……あまい」

「そうでしょうそうでしょう。エトルさんが焼いたんですよお!」

 まるで自分の手柄だと言わんばかりのアイシルに引っぱられたのか、残ったクッキーも平らげて、女の子は笑ったのだ。


 エトルは二人のやりとりに、少しの間だけ見とれて、フードを引いた。

 アイシルはそうだ、そういう妖精だ。

 無鉄砲に人の懐に飛び込んできて、無理やりに腕を引く。

 エトルのときもそうだった。

 

 もういいやって思っていたのに、


 『さあ、いっしょにいきますよ!』

  

 そうやって引っぱったのだ。

 

 自由で奔放、自分が楽しいようにやりたいように。

「ほんとうにさ、妖精なんだから」

 手がつけられなくて困ったものだ。

 フードに隠したエトルの顔も、どうやらアイシルに引っぱられてしまったようだった。


「あ、でもハラマキさんにはあげませんからね」

「うなあッ!」

「……」

 台無しである。



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