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カルティアの矜持①


 一番偉い妖精とはいつだってしゃんとしてしているものだ。


 だって、背中が猫みたいに丸まっていたら常に頭を下げて、へりくだっているみたいでカッコワルイ。 

 尊敬される者とはカッコヨクなくちゃいけない。


 ――だから、一番偉い妖精にはもちろん怖いモノなんて無いのである。


「もちろん、怖くなんて無いわ、だだだ、だって、『紅灼庭園(このアタシ)』に怖いモノなんてないものっ!」 


 腕を組んで赤色の妖精が言い放った。

「ほんとうですかあ?」

 疑う目でまっ白い妖精が言って、すうと手の平の上にのせた()()を近づける。


 もぞりもぞり、蠢いたカマキリがシャキンと威嚇のポーズをとったのだ。


「ほ、ほほほんとうに怖くなんて無いんだから、だから()()はあっちにやってったら!」


 怖くないったら怖くないのだ。

 ただ、足がいっぱいある生き物を見ているとなんだか肌がむずむずしてくるだけで、それだけで本当になんてこと無い!


「なら、触ってみて下さいよお」

「あ、え、ね、根無し草のバカッ! やめなさいったら」

 

 ぶわっと炎が燃えた。


「あ、あー、待って下さいってばあ!」

 カルティアの魔法に逃げ出したカマキリを、アイシルが追いかけて路地の向こうまで走って行った。

 アイシルでは手の届かないところまで飛んで行ってしまったカマキリを捕まえることはきっとできまい。


「ふ、ふん、ほらね、怖くなんて無いわ! アタシの方が強くてスゴイものッ!」

「あんな小さい生き物を脅かしてなに威張ってんだよ、『紅灼庭園』」

 『銘持ち』の称号が泣いてるぞと、道化の妖精がじとりと見る。


「だいたいさ、ユウキリと約束してきたんだろ。やたら『魔法』は使わないってさ」

 窘められてカルティアは「うっ」と咽を詰まらせた。



 約束は守るものだ。

 それは、約束をした側もされた側も同じ。妖精のくせに約束したことをちゃんとしない者はハンパ者だ。

 

 カルティアは一人前だ。

 

 だから、今日、約束を守らせることにした。

 いつかリトルペタルで話した、アレット――『虚飾庭園』がカルティアをモテナシするという約束だ。


 決まったら、実行。


 一番偉い妖精は、迷ったりはしない。迷うことに時間を使っていたら一日に出来ることが減ってしまうのだから。

 街中のカルティアが加護を施した街灯を灯してしゃべらせる。


「このアタシをモテナシしなさいっ! 『虚飾庭園』!」

  

 これが今朝のまだマーケットが騒ぎ出す前の時間の出来事。

 その後に頭を抱えたユウキリがやって来てなんだかんだ話していたら、カルティアは『魔法を使わない』ことになっていた。 

 もし一日できたら、ユウキリがカルティアが偉くて立派な妖精だと認めるらしい。


 ユウキリは何にも分かっていない。

 妖精の魔法とは『お願い』を叶えるのに使うものなのだから、カルティアだってそうそう魔法の安売りをしたりしない。それなのに、そんなことを言い始めるなんて。


「いいわよっ、そのかわりにちゃんとアタシのことを褒めなさい!」


 確か、そう言って今朝はユウキリのところを出てきた。

 それからマーケットまで来て、『虚飾庭園』と『根無し草』を見つけたというわけだ。



「っで、さっそく魔法を使ったわけだけど?」

「いまのは魔法じゃないわ。アタシの魔法がこんなちっぽけなわけないじゃない」

 『紅灼庭園』の魔法は綺麗でカッコイイものだ、『ケンラン』なのだ。

 さっきのは言うなれば、ただのくしゃみと同じようなもの。とても魔法だなんて言えない、無いったらない。


「そいつは随分と都合が良いことで」

 分かった顔でアレットが言うから、カルティアはむっとして言い返した。


「なによ。いっぺんでもアタシの魔法を見たらそんなこと言えないんだから!」

「こんど見せて貰うよ。今日はタブーなんだろ?」

 ぴょこんぴょこんとジェスターハットの尻尾が揺れるのが、またカルティアを挑発しているみたいでおもしろくなかった。


「んーで?」

 くるり、尖ったブーツを踵で回して、アレットが後ろ向きになる。器用なことで歩くのは止めないまま話を続けた。


「なんで従いて来んの?」

 なんでって?

 それは……

「モテナシを受けるためよ?」

 そういう約束ではないか。


「約束なら守ったじゃんか。リンゴ、買ってやったろ?」

 きょとんとして、カルティアは右手に持っていた果実をはたと見た。


「……これだけ?」


 なぜか 『根無し草』が店番をしていた屋台の商品のたった一個。これでモテナシ?

 これじゃあ、寂しすぎやしないだろうか。


「これだけってなあ、それもオレの小遣いから出したんだぞ? おかげでオレは今週キャンディーを三回分少なくしなくっちゃいけないんだ!」

「お菓子が食べたいなら『ちょうだい』って言えば良いわ。そしたらくれるもの」

 少なくともカルティアはそれで貰えなかったことはない。それどころか『妖精が気に入った店だって宣伝できる!』って喜ばれさえした。


 いや、たったの一度だけ、貰えなかったのだった。あのチェンジリングの菓子屋だ。

 カルティアの方が偉くて強いのに、『根無し草』なんかを優先したのだ。


 それから、これもちょっと悔しいことだが、あのチェンジリングのお菓子は甘くて好きだ。もちろんほんのちょっとだけだけど。

 カルティアはもっと甘いお菓子を知っている。……だけど、だけれど、また食べに行きたいとも思ってしまう。


(どうしてからしら?)


「カルティアの『好き』が、アイシルの『好き』と似ているからだろ?」

「……魔法を使ったの?」

「使うもんか。オレは『お願い』か、『楽しくなるため』以外には魔法を使わないんだ」

 頭の後ろで手を組んで、アレットは踵でくるり、回った。


「あんちゃんの店でケーキを食っていた時とおんなじ顔してたんだ。そんで、そのまえはこーんな顔だ」

 道化の妖精がつーんと目尻を両手でつり上げて、唇を尖らせる。


「なによそれ、アタシはそんな変な顔しないわッ!」

 『紅灼庭園』たるもの、いつだって動じず、落ち着き済ましているものだ。


「本気で言ってるならいっぺん、鏡をずっと右手に持って一日過ごしてみると良いんだ」

「ヘンテコかマヌケしかやらないわ、そんなこと」  

 誰が好きこのんで不自由をするものか。

 片手では『聖園の女神』に出会ったときのためにせっかく練習したカーテシーだって出来ない。


 そうだ、そう言えば、だ。


「ねえ、『虚飾庭園』?」

 尋ねると、道化の妖精が顔から手を離して、細くなっていた目がみょんとまん丸に戻る。


「アンタは半年前になにも感じなかったの? その、『水晶庭園』が朽園に堕ちたとき」

 妖精であることを忘れていたとは言え、『聖園の女神』が現れたこの街に居て、なんにも感じないはずがない。遠くに居たカルティアでさえ感じたのだから。

 カルティアの質疑に、アレットは「うーん」と唸って、首を傾げた。


「そういえばさ、たしかに変な感じがしたんだよな」

「へんなって?」


 手がかりかもしれない。

 是が非でも聞かなくてはならない。そのためにカルティアはこの街に来たのだから。


 詰め寄るカルティアに、アレットは渋ってなかなか続きを話さなかった。

 しかし、カルティアの焼きもきを見て、話すまで放して貰えないと思ったのか、観念して口を開いた。


「笑うなよ?」

 前置きを置いて。


「オレはさ、そんとき、泣いたんだ」


「……へ?」

 予想外の回答に今度はカルティアが首を傾いで、慌ててアレットは付け加えた。


「ああ、いや、オレだけじゃない。なんかさ、そんとき、この街にいた妖精全員が泣いたらしい。なんていうかさ、誰かの心が入り込んできて、それに引っ張られる感じで」

 相応しい言葉が見付からず、もじもじとするアレットを見て、カルティアはじっとりとした目を向けた。


「それって、アンタも他の妖精も怖がっただけなんじゃない?」

「はあっ!? いや、そんなんじゃなくて! まあ、街から逃げなきゃいけなくなって孤児院には泣き出したヤツもいたけどさ、でも、オレは別に街から出るくらいなんてこと無かったし……」


 言えば言うほど立場が悪くなると理解して、アレットは口を閉ざしたのだ。

「だから言いたくなかったんだ」

 唇を尖らせてごちる。


「それで? ほかにはなんかないの?」

 催促すると、道化の妖精は「知るもんか!」と吐き捨てて、つたんつたんと歩いて行ってしまう。

 モテナシはまだ終わってない。


 カルティアは満足できていないのだから。

 だったら追いかけよう。


 とっとっと、駆けて横に並んだカルティアに、アレットは諦念のため息を一つ吐いた。



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