余談 エトルの夢の話
夢を見ているな、とすぐに理解できた。
じゃなくちゃ、彼女が居るはず無いのだから。
そうでしょう?
「ルリリア」
百合の詰まった花かごを膝に乗せて、彼女はエトルが訓練場からふと見たときにそうしていたように、大きな木下に座って柔らかく微笑んでいた。
エトルはほとんど彼女と口を利いたことが無かった。
エトルは自分一人で戦えたから妖精に用事は無かったし、彼女も内気な性格をしていたから話しかけてくるようなことが無かったからだ。
でも彼女はエトルのことも知ってくれていた。
ルリリアには変なこだわりがあって、ケガをした人がいると、決まって花の冠を持って行くのだ。
ケガをされた人は大事にされなくちゃいけないから、ということらしい。
エトルは傷を負ってもすぐに治ってしまうから彼女に王様にされてしまうことは無かったけれど、彼女はエトルの分の冠も毎回ちゃんと作ってくれていた。
知ったのは本当に偶然で、夜の番で朽園相手にかすり傷を負った翌日、部屋の扉を開けた先で、ばったりルリリアと出くわしたからだった。
そのときの彼女は口を数回ぱくぱくして、逃げていってしまって、首を傾げるエトルに通りかかった例の空気の読めない同僚が教えてくれたのだ。
なんでも、怪我人を聞き出したルリリアが冠を真っ先に持って行こうとする先がエトルで、治ってしまっているのを見てしゅんとして次の怪我人のところにとぼとぼ歩いて行くのだと。
たまには大けがでもしろという縁起でも無いことも彼は言っていた。
当時のエトルにそれは関係の無いことで、生活のサイクルに入る余地なんてなくて、だから、そんなことをしてしまったのは気の迷いだったのだろう。
次にケガをしたとき、エトルは朝起きてぞんざいに巻いた包帯をとろうとして、止めた。
そのまま扉を開けたらルリリアはやっぱり待ち構えていて、眉間を寄せてきょろきょろエトルの全身をみて包帯を見つけると「よし!」なんて言った。
悪いと思ったのか、すぐに口を手で押さえて、顔を真っ赤に染めて一人で慌てだして、最後には花かごから冠を取り出してエトルの頭に乗っけて、脱兎の如く逃げていったのだ。
残されたエトルは勝手に取っていいものか判らなかったから、その日一日中冠を乗っけたまま訓練をしたのだった。傍から見たらさぞ滑稽だったに違いない。
エトルは得体の知れないヤツだったからほとんどの団員は戸惑って訓練をおろそかにしてユウキリに怒鳴られて、例の同僚に至っては憚らずに爆笑してユウキリに特別メニューへご招待されていた。
「ねえルリリア。僕はさ、君に許してなんて言えないよ」
右手を握りしめる。
「ねえルリリア。僕はまだこの街に生きているよ」
君を一人で逝かせたくせして。
「ねえ、ルリリア。前よりもさ、僕は世界が好きになれた気がするよ」
自分でなにかをしようと思えるくらいに。
だから、――。
「許してなんて言えない。君を犠牲にしたことを僕は生涯悔やむんだ。それでもね、そうやってしながらもさ、僕はきっとまだこの世界に存在し続けるよ」
まだ、見つけてもらえる限りは、エトルは消えない。
目の前のルリリアは、ことりと、首を傾げて微笑むと、花かごから冠を取り出してエトルに差し出した。
自分の夢のクセして虚を突かれたエトルは、くすりと笑って言ったのだ。
「ありがとう」
これはエトルの夢なのだから、ただの一人芝居ということで、意味なんて無い。得られるものがあるとしたらエトルの自己満足だけだ。
それでも、エトルの心が少し軽くなったのは、エトルの記憶に焼き付いた最期の彼女の涙顔が笑顔に変わったからだろうか。
「ありがとう、ルリリア」
エトルの意識はまどろみを泳いで浮き上がっていったのだ。
お菓子屋さんにはお菓子が無ければいけない。
起きたら支度をして今日も待つのだ。
妖精の足音を――。




