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妖精のお茶会③



「みーんな、帰っちゃいましたねえ」


 扉の横で背を預けていたまっ白い妖精だった。

 西日でうっすら色づいて、いつもの爛漫な彼女よりちょっぴり大人びて見える。


「アイシルは帰らないの?」

「んーっ、もうちょっとだけ、見ていようかと」


 なにがおもしろいのか、アイシルはじーっとその黄色い瞳で世界を見ていた。

 夜は怖いと震えているくせに、帰るときはいっつもぎりぎりなのだ。


「ふーん、そう」


 パタンと扉を締めて、エトルも横に倣って卵黄を塗ったパンみたいな色の雲を見上げてみた。


 普通沈黙は退屈なはずなのに、この時間だけは特別だ。

 見える早さで世界が変わって行ってしまうのだから、瞬目さえうかつに出来ない。


 いつだったか妖騎兵団にいた頃のことだ、エトルは夕日を見上げるたびにこの時間が終わると一緒に自分も消えるような気がしていて、それを漠然と受け入れていた。

 実際はそんなことはなくて、夜になってもエトルはまだ世界の中にいたけれど。


 いまは、少し違う。

 この時間を惜しいと感じている。

 となりで楽しそうに世界を見る彼女がこの時間と一緒に消えてしまうから。


「エトルさん、楽しかったですねえ、ティーパーティー」

「そうだね」

「でもでもカルティアさんったら、ほんとに意地汚いのですよお」

「それはアイシルだって」

「なっ! そんなことないのですよお!」

「ほんとに?」

「むう、ちょっとだけです」

「なんだよ、それ」

「それにしてもハラマキさん、あれはずるいですよお! なんだかすっごくイジワルをされた気分になっちゃいましたあ」

「ほんとにねえ、最初に気付けていれば……」

「そ、そそ、そんな目で見ないでくださいってばあ! わ、わたしだって、その、えと……。まあ、アレットさんも元気そうでよかったですねえ!」   

「また来るって言ってたよ」

「そしたらまたクッキーを上げましょーっ! アレットさんはいい子ですからあ。あ、レジアナさんやあの女の子にも! ユウキリさんは、あまったら上げましょう」

「はいはい。焼いておくよ」

「それからそれから……――」


 アイシルは語る。


 今日の一日を、この黄金の時間に詰め込むみたいにエトルに聞かせた。


 アイシルが見つけてきたエトルが生きているこの世界の話。


 本当に不思議でヘンテコな妖精だ。

 魔法は使えないし、ちょっとアテにするには頼りない。

 だけどいろいろなものを見つけてくる。

 エトルの知らない人たちや、お話。

 そこへエトルを引っ張っていくものだから、最近はそういうものとは隔てて生きようとしたはずのエトルにさえちょっぴり見えるようになった気がする。


 それは、少し怖いことだ。

 この広すぎる世界()を歩き回るには、まだまだエトルは勝手を知らないのだから。


 だけど――


「エトルさん、こんど一緒に行きましょうねえ!」


 少しくらい出て行ってもいいかもしれないと思えたのは、きっとアイシルがどこに行ってもエトルのことを見つけてしまう気がするからかもしれない。


「ねえ、アイシルはさ、どうして僕なんかに構うのさ」

  

 そんな質問をしたのは、エトルがアイシルに一歩近づいた証拠なのだろう。

 いついなくなってもそれが当然のことだからと思っていたエトルでは妖精のキマグレで片付けていたことだから。


「うーむ、どうして、ですか?」

 きょとんとして、それから、にっこりとアイシルは笑った。


「見てみたいからですよ」


 とん、壁から離れてくるりとスカートの裾を華のように開いて回ると、エトルの正面でタンッと石畳を踏んだのだ。


「いつかエトルさんがこの世界に堂々と立って見つめたそのとき、エトルさんがどれだけの想いを輝かせるのか、わたしは見てみたいのですよおっ!」


 白い指先が、エトルの胸を突く。

 

「ここは、あなたの世界なのですから」


 エトルはアイシルの言ったことの意味を理解出来ていない。

 花開こうとするつぼみを見守るような、そのときを想うだけで大きな幸福に充ち満ちるような、エトルの見たことのない彼女の心の根拠を、エトルでは窺い知れない。


 ただ、このときのエトルは、彼女に見惚れていた。



 黄昏の光を自分のものにしたみたいに金色を着た彼女が、この世でもっとも偉大な大輪に思えてならなか

った。


 

 奇跡の時間は今日も瞬きで過ぎていく。


「おわわ、マズイですよお、帰らないと夜があ!」

 化粧を落としたみたいな落差である。


 あわあわと踊るアイシルの横で、エトルはまだ鳴っている心臓に向かって必死に何かの間違い何かの間違いと念じるのに忙しい。


 ぽつっと、通りの向こうに一つ目の街灯が灯って、アイシルが死に神の足音を聞いたみたいに「ひぃ」と悲鳴を上げた。

 もう走って行ってしまえばいいのに、律儀なのか融通が利かないか、アイシルは一礼したのである。


「ではエトルさん、またあした!」


 いつもの儀式だ。

 これでエトルが返事をしたらアイシルは帰って行く。

 だから、エトルの咽はいっつもここで渇いてしまう。


 だけど、今日は違った。


 緊張はすぅーと抜けて、微笑さえ浮かべられた。


「さよなら、また明日」


 小さく手を振ってやると、アイシルもにっこりと笑う。


「はいっ!」


 くるりと回ってまっ白い髪を翻し、アイシルが駆けていく。


 明日が待っている方向へと走って行く。


 夕日が途切れてその姿が消えてしまうのを見届けてから、エトルはリトルペタルの後片付けに戻ったのだ。


おしまい



ご愛読ありがとうございました。


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