妖精のお茶会②
今日も街には時計台の鐘が響く。
人間も妖精も早くお帰りなさいと催促している。
「そんな時間か」
ぱたんと、最後まで紅茶のオカワリ以外に口を利かなかった元上司が本を閉じた。
「あ、んじゃオレ一回ウチ帰るから」
慌ただしくアレットが椅子から飛び降り、ハラマキが最後に一枚とばかり、クッキーを咥えて追いかける。
「お見送りしますよお!」
アイシルまでもが、ぱたぱたとお店を出て行って、とたんに店内が広く感じられた。
まったく、騒がしいなんて考えながら、エトルがユウキリの要望通りテーブルの上に広げた菓子の残りを包んでいたときだった。
「あ、あの、チェンジリングッ!」
とうとう来たかと思った。
ティーパーティーの途中で何度かこちらを見ていたのも気づいていたし、カルティアが訪ねてきたときに内心ではかなり驚いていたから。
「なあに、カルティア」
手を止めて向き直ると、声を掛けてきたクセにカルティアは「うう」と怯んだのだ。
ドレスの裾を握ったり、髪を弄ったりして渋る赤色の妖精をエトルは辛抱強く待った。
唇を結んだまま首をぶんぶん振ってから、カルティアはようやく口を開いた。
「あの、いっぱい話、聞いた。アンタがどんなヤツだったかとか、『水晶庭園』のことも。なんでアンタがその、そういうことしなくちゃいけなくなったかとか」
「……」
ユウキリを見ると仕方ないだろうと、肩を竦めていた。
(まあ、いいけどさ)
隠してることでもないし、変えてしまえることでもないのだから。
「そ、それで、アタシ――」
雰囲気が変わった。
クワッと目を見開いて剥き出しの闘志を燃やし、両手はおきまりの腰へ。
言いたいことを言い出せない女々しさはどこへやら、堂々不遜をまさに体現して、彼女は言い放ったのだ。
「アンタになんてぜえっったい負けないんだからッ!」
「……」
閉口して、勢いに圧された瞠目がいつものサイズになってからエトルは横を見た。
ユウキリは関係ないと背中で主張してテーブルの上の菓子を詰めていた。
「なんでさ?」
どうしてそうなった。
「なんで? げっこ、くじょー、よ!」
カエルでも駆除するのだろうか。
カルティアがやると焼け野原になりそうだからやめてあげて欲しい。
「アンタも含めてみーんなから尊敬も賞賛も手に入れてやるんだからッ!」
鼻息荒く、赤色の妖精はそう宣言したのだ。
「……そう、がんばってね」
「もちろんよッ! ……またモテナシされに来てあげるわ」
どうせ売れ残るのだからいつでも来たら良いのにと思いながら、エトルは「待ってるね」と返したのである。
「ええ! 待ってなさいッ!」
言いたいだけ言ってカルティアは元気よく豪奢なドレスを翻し、揚々とリトルペタルから出て行った。
一体なにを聞いてきたのだろう、カルティアの中でエトルが前以上に無視出来ない存在に膨れあがっている気がする。
実際は妖精にとって取るに足らないチェンジリングだというのに。
まあ、泣かれるよりはずっといい。
「賑やかだったな」
ユウキリが今になって話しかけてきた。
「ええ、おかげさまで」
言いたげに視線を向けられているのに気づきながら、エトルはそそくさとテーブルを片付ける。
ユウキリの手際ならとっくに片付いていて良いはずだ。そうなっていないのは言っておきたいことがあるからで、だからエトルは片付ける手で急かす。
「また、おまえの手を借りることになるかもしれないと言ったら、迷惑か?」
「弱気ですね」
立場上、出来ないと判明するまではあがく人だ。その代わり出来ないと分かると、上からの命令でも容赦なく喰ってってかかる人だけど。
「妖精がな、この街に集まって来ているらしい」
「それは、……どうして?」
気まぐれな彼らだが、行動範囲を変えることは少ない。顔見知りの方が想いも集めやすいからだ。
「『聖園の女神』に会いたいと、妖精カルティアは言っていた」
「エデン、ですか?」
聞いたことのない言葉だった。
「ああ、全ての妖精を生んだ存在らしくてな、生まれる前の妖精は女神に見つけてもらうことで発生するらしい」
それも初めて聞く話だ。
よく考えれば妖精にだってはじまりがあって当然だった。
カルティアはもしかしたら女神に褒められたくて張り切っているのかもしれない。
「生まれる前に感じた女神と似た力を感じたらしい、……半年前にな」
「半年前……」
互いになにを考えているか、分かった。
『水晶庭園の朽園』
今回の朽園騒動とは真逆の結末を迎えた事件。
エトルが妖騎兵団を離れるきっかけになった惨事。
今さら叩いたってなにも出てきやしないことは承知しているから、ユウキリは最後のカップケーキを箱に詰めて言った。
「まあ、詳しいところは分からないが、妖精が集まればトラブルが増えるということだ。優秀な人手は大歓迎だよ」
あからさますぎやしないか。
どうせ妖精をスカウトしてくるときと同じ調子でエトルを誘っているに違いない。
「ダメですよ。僕は今の生活が案外、うん、気に入っているみたいだから」
そう答えたらユウキリは「残念だ」と素直に引いた。
断るのが分かっていたのか、それとも、エトルが今の生活を手放さなかったことを内心で喜んでいるのか、真意は分からない。
だけど、エトルがユウキリの残念を聞いても、申し訳ないと思わなかったのだから、断って良かったのだろう。
「また、来る。そうだな、土産でも持って」
「ちゃんとした土産なら喜んで受け取りますよ」
牽制を忘れてはいけない。じゃないとなんやかんやで宿舎に戻されかねないから。
「そう言うな、上司の土産を笑顔で受け取るのも部下の仕事だろう」
「元、上司ですから」
隙あらばこれである。
最後まで油断ならないエトルの元上司は「細かいヤツめ」と言い捨てると、ひらひらと手を振って出て行った。
「元部下ですから」
なんて憎まれ口で、店から一歩出てエトルは見送ったのだ。




