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妖精の庭に輝く想い

 

 絶対に叶えなくてはいけないお願いだった。


『かあさんがさ、うなされてたんだ。たすけなきゃ、たすけてあげなきゃ、って』

 腕の中で、男の子は言う。

 この子は今すぐにでも自分の命が消えようとしているのに、別の人間のためにお願いしようとしている。


『ボクたちがいなくなったら、そしたら、かあさんはいっぱいなくから、そしたらわらわせてあげて? いつもオレたちに、みくしおが、してくれたみたいに』

 もう耳を寄せていても聞き取るのが難しいほど、小さな擦れた声だ。


 妖精は叶えられないお願いは引き受けない。

 『虚飾庭園』と呼ばれるほどの妖精とはいえ、叶えられないお願いはある。この男の子がしようとしているお願いは叶えられないお願いだ。

 魔法で人の気持ちを変えたりすることはやってはいけない。

 想いを集める妖精が想いを歪めて紛い物にしてしまうことは、一番やってはいけない禁忌だ。そのときは『最も古い妖精達』が黙っていないだろう。


 だけど、断ったらこの子の想いはどうなる。

 この尊い想いを捨ててしまっていいのだろうか。


 ダメだと思った。

 断ればこの子は苦しさだけを抱えて妖精の手の届かない場所まで行ってしまう。


「分かったよ。約束する」


 そう言ったら、笑ってくれた。

 そのまま、男の子は身体だけを残して妹と一緒にいなくなってしまった。  


 お願いは引き受けた。

 想いも受け取った。

 もう返すことだって出来ない。

 

 どんなことをしたって叶えなければならない。


 そして、妖精にはその手段は一つしか無いように思えた。

 

 騙すのだ。

 欺くのだ。


 『虚飾庭園』の魔法は人間はもちろん、仲間内でさえ見破れないほどの精緻な魔法。

 

 心に傷を負った人間を癒やせるのは、その人間にとって大事な者だけだろう。

 男の子は、『アレット』は強い子供だった。

 もし『アレット』が生きていればきっと支えることが出来たはずだ。

 

 だから『母さん』が悲しみから立ち直るまで、『アレット』が支るのだ。

 

 それだけが、このお願いを叶える唯一の手段だ。 


 途中でバレてはいけない。

 そんなことになったらもっと『母さん』は傷ついてしまう。


 入念に、丁寧に、精密に、どこのどんなヤツにだって見破れないような、今までに使ったどんな魔法よりも最高の魔法を。


 そうやって、最高の魔法で最低の嘘を作り上げた。

 

 『虚飾庭園』はアレットになった。


 魔法はカンペキだった。

 他人はおろか、自分さえも欺いてしまうほどだったのだから。


(でも見せかけは見せかけ)


 その想い(なかみ)まで模倣出来ないのは当たり前のことだった。


 死んだ人間を生き返らせることは魔法でも出来ないのと同じ、妖精が人間に化けるなんてやはり無理だったのだ。

 この末路も当然だ。

 中途半端なことをしてお願いを叶えるどころか、失敗してとんでもないことをしでかしたのだから。



 暗い場所にいた。

 へばりつく床は徐々に身体を蝕んでいる。

 

 ところどころ、『虚飾庭園』の庭だった面影はあるが、ほとんど腐り落ちていて、想いを集めず、庭にもずっと帰っていなかったいまの彼では手がつけられない。


 『虚飾庭園』は逃げてきた。

 

 この朽園騒動を引き起こした責任からも、レジアナに自分がアレットでは無かったとバレて、その叱責を受けなくてはならなくなることからも、嘆く顔を見なくてはならなくなることからも。


 絶対にバレてはならない最低の嘘を、『虚飾庭園』は隠し通せなかった。

 自分の朽園に喰われるなんて妖精にとって最悪の結末も、相当の罰だろう。


「オレは、失敗したんだ」

 その事実が、全てだ。

 そして、それを受け入れたつもりになってもなお、這い寄る消滅はあまりにも恐ろしいものだった。

 

 手が震える。

 小さくなって膝を抱えてもガチガチと鳴る歯音が止んでくれない。


 ただ死ぬのを待つ。

 

 それはこんなにも恐ろしいことだったのだ。 

 『アレット』と『ミゼット』はこんなときに、自分じゃ無い誰かを想ったのだ。

 失敗から逃げ出して朽園に喰われて怯えている、自分のことばかりの『虚飾庭園』とは大違いである。


 だけど、ここには想いが無いのだ。

 いつも側にあった大事な想いですら、いまは持っていない。


 本当に、本当の意味で、『虚飾庭園』は孤独だった。


「……か」

 それは、藁にも縋ると言った心境で、ただし、だれも聞いていないから出た本音という矛盾の言葉だった。


「だれか、たすけて」


 きっとまだ魔法が解けきってないからだ。

 こんなにも弱々しい言葉が出るのは、人間の小さな子供から戻りきれないせいに決まっている。


 だからこれは仕方ないことなのだ。

 孤児院の子供達だってそうだった。

 ひとりぼっちの迷子の子供が泣くことは仕方の無いことなのだ。 


「うう、ああ、だれ、か。だれかあ!」


 そんな慟哭さえ朽園がすっぽり呑み込んでしまうはずだった。


 まっ白い妖精が拾わなければ、きっと誰にも届いたりしなかった。


「こんにちは、アレットさん」

 あえて、アイシルは彼をそう呼んだ。


「アイシル……なんで?」

 来られるはずが無い。

 普通、庭の立ち入りには持ち主の妖精の許可が必要というのもそうだし、無理矢理進入しようにもそれは同格以上の妖精にしか出来ない。


 朽園に大部分を侵されたとはいえ、いや、だからこそ制御が利かない暴走した庭をくぐり抜けてくるなど、尋常なことでは無い。


「おまえは一体……」

 ふと、思い出す。

 有名な『根無し草』の由来は、どこにでも現れる奔放さから来たのではなかったのか。


「想いを、届けにきましたよお」

 しゃがみ込んで目線を合わせたアイシルは、にっこり笑って鞄を開いたのだ。

「それ……」

 近づいただけで分かる、肌身離さず、ずっと持っていたのだから。


 『アレット』と『ミゼッタ』の想い出箱。


 三年前に預かった、大切な想い。


「持ってきてくれたのか……」

 思わず手が伸びて、だけど、首を振った。


「オレは、それを受け取れない。お願いを叶えられなかったから」

 まだレジアナは『ミゼッタ』を思い出して苦しそうな顔をする。子供達のために無茶なことをする。三年前の悪災の失敗にとらわれている。


 『アレット』のお願いは、叶っていない。

 だったら妖精は贈り物を貰うことはできない。


「ほんとうに、そう思いますか?」

「思うさ! オレは失敗したんだからっ!」


 ざわりと、闇が蠢いた。

 アイシルの膝元まで、闇が這い上って来ていた。

 闇にぽっかり浮いたまっ白い妖精が動じることは無かった。


「あなたがアレットさんになることが、お願いでしたか?」


「えっ?」

 ざわめきが止まる。


「『アレット』さんと『ミゼッタ』さん。二人の想い出箱には大事な人への想いがいっぱいです。家族が幸せに過ごせますように、と。だったらきっとあなたはお願いを叶えたはずですよ」

「そんなことあるもんか。オレは母さんを不幸にしたんだから」

 出来もしないことをやったから、執拗にレジアナを傷つけることになった。『アレット』のお願いとは正反対の結果だ。


 そんなことはないと、アイシルは首を振る。

「言ったじゃないですか、想いを預かってきたのですよ。レジアナさんの想いを」


 差し出したのはペンダント。

 アイシルが託されたレジアナの想い出箱。


「かあさん」

 その想いに、『虚飾庭園』は魅入られたのだ。

 寒い夜に手を繋いだみたいに温かい想いだった。


「レジアナさんは言ってました。あなたは大事な息子だって。あなたがレジアナさんの息子として過ごした三年間は誰かの代替ではありませんでした。あなたが紡いだ絆です。だから、あなたはレジアナさんの息子で、アレットさん、そうでしょう?」


 さあ、どうぞ。


 アレットの手を取って、アイシルはペンダントを届けたのである。

 この想いは間違いなく本物で、大事な人を助けたい想いなのだから。


「レジアナさんの後悔は消えていません。だけど、前を向いています。アレットさんや家族と笑い合うために、未来を笑顔で生きていくために」


 それが出来るようになったのは、アレットがいたからだ。

 レジアナを支えるために一生懸命なアレットがいたから、彼や子供達を守るために、強くなろうと思えたのだ、未来へ向くことが出来たのだ。


 だから、アレットは失敗なんてしていない。

 ちゃんとレジアナを笑顔に導くことが出来たではないか。


「だから、これはあなたが受け取るべき贈り物です」


 二つのバングル。

 三年前からアレットと供にあった想いは、いまこそ贈られる。


「う、うあ」

 涙を忘れる温かさだった。


 大事な人たちから贈られた手の中にいっぱいの想いは眩しいほどだった。

 もう寒さも寂しさも忘れていた。


 アレットは、その全部を大事に抱きしめた。


 力が戻っていく。

 暖かさが冷え切った身体に広がって、身体の中に火が点いたかのようだった。


「ありがとう」

 一言と一緒に立ち上がったアレットは、まとわりついていた闇を溶かして、その姿を変えた。


 派手な意匠の格好だった。

 首から花びらみたいに広がる布、短パン、尖ったつま先のブーツに至るまで色とりどりで、頭の上のジェスターハットの先端は地面に届くほど長い。

 それから、もう見慣れてきた真っ赤なお鼻の仮面はにっこりしていたからこちらの方がコミカルに見えた。


 『虚飾庭園』は、いまこそ復活を果たしたのだ。


「お待たせしたな、妖精アイシル」

 かかとでくるりと回った道化の妖精は、大仰にお辞儀したのである。


「おかえりなさい、『虚飾庭園』」

 前に手を重ね、調子を合わせてお辞儀を返す返すまっ白な妖精。


「オレはさ、帰ってもいいのかな?」

 アレットは仮面をずらすと、男の子の顔を覗かせて聞いた。


 今さらなことだ。

 だけど、分かっていても頷いて欲しいときがある。


 アイシルの返事は当然決まっていて、

「もちろんですよお! レジアナさんは待っていますからねえ。家出をしたアレットさんがちゃあんと無事で帰ってくるのをっ!」

 母親はどんなになっても息子の帰りを待ち続けるものだ。


「それじゃあ、うん、ちゃんと帰らねえと」

 それこそ勢いで家出した弟が説得に来た姉の手を嬉しいくせに素直になれないまま取ってしまうみたいだった。


「そうですよお、なんて言ったって――」

 声をそろえて、二人の妖精は言ったのだ。


「「妖精はお願いを叶えるもの!」」


 くすくすと、妖精の庭に笑い声が転がった。



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