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妖精を追いかける夜③



 怒号に慣れてから久しい。


 ユウキリはすっかり騒音慣れした耳で疲弊した部下が読み上げる状況報告を穴なく聞き取り、頭の中では情報を追加して見えない対戦相手と囲む盤面を睨めつけていた。


「E6地区だ。S8から移動中の奴らと合流して向かわせろ、それが終わったらN1方面に向かえ。負傷者と合流人数の再確認も忘れるな、万全の五人小隊(ファイブマンセル)以上でなければ戦闘許可は出さない」

 中央噴水広場に本陣を構えたユウキリは伝令に指示を飛ばす。


 索敵、足止めの軽装部隊と加護の装備で固めた討滅部隊の二つを使い分け、適所にあてがう、基本的にはこれだけのこと。

 だが、激しく流動する情報が何倍も複雑にするのが現場だ。


 運び込まれる負傷者と、入れ替わる人員。非番の妖騎兵団員が好き勝手に合流していくものだから把握する側に暇は与えられない。

 ヤツらは難しいことは全部放り出していく。武器を持って言われた場所へ走って行くことだけを考えている。


 命を張って戦うことだけを考えている。    


(ああ、全部放り投げていって構わないさ)

 だって、それがお前達を管理する私の仕事だろう。


 部隊を管理するということは命を預かるということ、何人もの自分以外の命を扱うということ、命の取捨選択権を持つと言うことだ。


 ユウキリの言葉は重い。


 一手を差違(さしたが)えば、逃げ回った末に追い詰められて捨てる選択をしなければならなくなる。それさえ、ユウキリの口から宣言されるのだから。


 だから、ユウキリは光栄だと思う。


 いま街の中で走り回る英雄達が、なんの疑問も持たずに小銭を貸す調子で自分の命を置いていく、ユウキリを信じ切っている。

 これほどの信頼に応えないなんて、あり得るはずが無い。


「バカなヤツらさ、お前達みんなして」

「バカだから貴女に預けるんです。自分でやったらすぐおっ()んでしまいそうなので」

 本陣で伝令の応対をする団員がおどけて言う。


(言ってくれる)

 負傷して手当を受けているヤツらまでニヤニヤしているものだから、ユウキリは肩を竦めたのである。

「賢いことだ」   

「どーも」

 終わったらコイツにはメシを奢らせようと決めた。


「ずいぶん余裕そうね」 

 本陣の隅の方で、抱えられるほどの大きさになったカンテラを抱きしめる赤い妖精がふてくされていた。

 エトルが走り去ってから自分の庭に帰りもしないでユウキリの後ろをついて回るくせに、話しかけてもあまり答えてはくれない。


「余裕はないさ」

 負傷者は時間を追う毎に増えている。何とかなっているのは次々に団員が合流してくるからだ。補充が途切れればケガの浅いものから戦わせることになる。そうなったら壊滅までは秒読みだ。


「……アタシに戦えって言わないのね」

「言ったら力を貸してくれるのかい?」

 そう尋ねたら、またぷいっと顔を背けた。


 カルティアの気持ちは分かっているつもりだ。

 もしここで戦ってしまえば『虚飾庭園』を殺すところまでやらなきゃいけなくなると考えているのだろう。


「妖精のいやがることはしちゃいけない。子供にさえ守らせているルールを妖騎兵団が破るわけにはいかないだろう?」

 この国の人間は妖精を大事にするように育てられる。それはインプリンティングのようなもので、いつだって前提条件から外れることはない。


 さらに言えば『最悪』でもない。

 カルティアに手を借りる以外に収拾がつかなかったのなら、ユウキリはどんな条件をだしてでもカルティアを言い聞かせただろう。

 他の人間には出来なくても、ユウキリはそれが出来る。

 必要なことを理性を置いて実行する冷淡さが、ユウキリには備わっているのだから。

 そうしないのは、信じているからだ。


「妖精カルティア、私はこの戦いが間も無く終わることを確信している」

 ユウキリだけじゃない、妖騎兵団の面子が士気高く終わりの見えない夜を走り回れるのはユウキリと同じ思いだからだろう。


「また、チェンジリング?」

 不満そうに、だけど今回は怯えを躊躇いに含んでいた。


(嫌われたものだな)   

 ここにエトルがいればきっと『僕はチェンジリングだから』とか言ってまた身を退いていただろう。

 そういうところが融通が利かない。

 彼はいつも回りを見ているクセをして、勝手にここにいるべきじゃないとか決めつけてしまう。意固地にネガティブになっている。


 半年前のあの事件で、諦めた者の前で孤独でも戦いを続けた意志の強さに、いったいどれだけの団員が羨望したか気がついていない。


 普通、辞めたいで辞められるものか。

 この街への在駐を条件に提示されたとはいえチェンジリングほどの大戦力をそう簡単に手放せるはずもない、エトルの前任者のグチに付き合わされたユウキリの先輩が何人いると思っている。


 エトルだから許されたのである。

 一人で傷つき続けてなお諦めることのなかった彼が、涙を流してもう辞めたいと言ったから、皆が彼を行かせてやったのだ。

 そんな融通が利かなくて意固地なエトルがやると言ったのだ。


「エトルはな、やると言ったら貫徹するまで止まれないヤツだよ。私達は呆れてしまうくらいそのことを知っている」

 エトルという旗印が上がり続ける限り、いま戦っている戦士達が絶望することはない。

 傷ついたエトルを見て今度こそ供に戦うことを決意した彼らが戦いから逃げることはないのだ。


「でもそれって『虚飾庭園』を、その…、ころすってことじゃない」

 また泣き出してしまいそうだ。

 怖いお話を聞かせた後の娘をどうあやしているのか、きちんと友人の話を聞いておくべきだったとユウキリは後悔した。


「決着がどうなるのか私にもわからない。良い方に転べばとは思うがね」

 なんにも情報を置いていかなかったのだ、分析材料が分からなければ勝算が幾ばくあるかも分からない。

 言えることがあるとすれば、今回は半年前とは違うと言うことだろう。


「私が言えるのはエトルはまだ諦めてなかったということ、それに孤独でもない」

 たったの一人で責任を果たしに行ったあのときとは違う。


 黒曜の瞳は希望を見ていたし、隣には相棒をつけていた。

 頼もしい相棒だ、ユウキリは自分が優秀な自覚があるが、そのユウキリの手が届かないところを全部やってしまう、ほんの少し、妬ける妖精。


「きっと一番良い未来を叶えると、私は期待している」 

 終わったら約束通りティーパーティーだ。

 エトルにはケーキを焼いて貰うとしよう。お祝い事にはケーキと決まっているのだから。




「想いはまだ燃えているのね」 

 手のひらで覆った小さな灯火みたいに、カルティアの言葉は自信の無い弱々しいものだった。


「こんなの、意味分かんないじゃない」

 カンテラに顔を半分埋め、呟いた言葉は悔しそうで、羨ましそうで。


(アタシだけが見ていない。アタシだけが消えかけている)

 銘持ちの朽園なんて絶望的なのに、みんなが希望を持って想いを燃やしている。

 あのユウキリまでがそのみんなの中にいて、それだけの熱い想いが向かう先は例のチェンジリング。いけすかない競争相手。


「こんなのって、ぜんぜん情熱的じゃない」


 想いを前にしてなにもしないなど、妖精として失格だ。

 気高く強い『紅灼庭園』として、あってはならないことだ。


「アタシだって、まだ消えていない」

 立ち上がる。

 背筋を伸ばして、しゃんとして、俯いていた顔は真っ直ぐ前を捉える。


「このアタシが妖精カルティア! 『紅灼庭園』なんだからッ!」  


 啖呵を切る。

 誰にだって負けやしない、それがカルティアのスタンスでプライドだから。

 この街に来るときに決めたのだ。

 誰よりも輝いて、きっと一番に見つけて貰うのだと。


「熱く滾る、想いを込めてッ!」


 掲げたカンテラの灯火が大きく燃え盛り空に上れば、そこに凜と咲く一輪。

 

 金色の飛沫を闇に飾る、灼熱の薔薇。


 誰もが頭上を仰いで仰天しているのを見てカルティアは腰に手を当てたのである。

 これこそが相応しいと。


「また派手にやって、力を貸してくれる気になったのかな? 妖精カルティア」

「そうよ、感謝なさい! アタシ一人で十分って、今度こそ思い知らせてあげるッ!」


 たっぷり目に灼きつけなさい。

 腕を大きく振るったカルティアに連動し、街を見下ろす薔薇が炎を吐く。

 踊る火の玉はパーティー会場のシャンデリアのように煌びやかに闇に紛れた者を暴き出し、道化を燃やしていく。


 圧巻にして圧倒、これこそ『紅灼庭園』。


 ようやく理解が追いついた団員達が薔薇から視線を下ろして、自分よりも身長の低い真っ赤なドレスの妖精を捉えると、彼女はドレスの裾をつまんで腰を軽く曲げた。


「どうかしら?」

 自信漲る瞳の炎は堂に入ったカーテシー程度でごまかせるほど柔らかくない。


「やりすぎだ」

 どうせ気にも留めやしないだろうと諦めながら、ユウキリはこめかみを押さえたのだ。



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