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妖精を追いかける夜①



「ああ、そういうことか」

 目覚めたアレットは、起き上がる気力もなくて、体を横にしたままそう呟いた。 


「起きたの? アレット」

「かあさん」

 心配ないって言ったのに結局部屋に戻らずアレットを看病していたらしい。


 レジアナはアレットの額から髪を払い、「体調は?」と尋ねてきた。

「もうだいじょうぶ」

「本当に? あなたは普段から我慢しがちなんだから、素直に言えばいいんだからね?」

「ほんとにだいじょうぶだって。我慢なんてしてないって」

 それでもレジアナは「ほんとう?」と疑ってくる。

 心配性だ。

 過去の失敗がレジアナを臆病にさせているのだろう。


 本当は、昨日から体調が優れなかった。

 妖騎兵団の事情徴収を受けたレジアナが取り乱したから、心配かけたくなくてずっと黙っていたのだ。

 昼間は体調も戻ったし大丈夫と思っていたら帰ってきてこの体たらくである。


「ごめん、かあさん」

 朽園が現れるかもしれない孤児院に一緒に残らせてしまった。


「やめなさい、これは私のやらなきゃいけないこと。子供のあなたはあまえていいの!」

「……そっか」


 レジアナはあの日からずっとこうだ。

 誰かが体調を崩せばずっとつきっきりで看病して、そのくせ、次の日はクマが浮いててもみんなのご飯をつくって掃除や洗濯をして、孤児院の経営の問題もやって。


 それをアレットは手伝いたくて後ろを従いて歩いた。

 子供達が泣いたら、レジアナが飛んでくるからアレットは子供達の面倒をよく見た。


「あの、さ、じゃあ、あまえてもいい?」

「いいわよ。何でも言ってみなさい。あなたは聞き分けが良すぎる子だもの、何でも聞いてあげるわ」

「――っ」


 泣いてしまいそうになる。

 孤児院の子供達が大好きなレジアナの笑顔だ。だけど、疲労の分だけ増えた皺が笑うとよく見えた。

 それが、アレットにはどうしようもなく苦しかった。


「ミルクが飲みたい、ハチミツがたっぷり入ったあまいヤツ」

 ミルクもハチミツも良い値段がするから滅多には飲めない、孤児院で大人気のとっておきだ。

 ミルクはずっと見ていないと一気に吹きこぼれてしまう。そしてチンチンに熱くなったミルクに少しずつハチミツを垂らして溶かしていくのだ。


「わかったわ、だからちゃあんと寝てるのよ? おりこうさん」

「んっ」

 こつんと額を突いてレジアナは部屋を出て行った。


 かたん。


 ゆっくり扉が閉まってから、


「……ごめん、かあさん」


 アレットは、素足のままベッドを抜け出し、木床を踏んだ。   

「ごめん」

 窓枠へと手を掛ける。

 アレットは謝罪する。

 もう、『ここ』にいる資格はない。

 

 だって、失敗したのだから。


(ぜんぶ、オレのせいだ、ごめんごめん!)


 思い出した。

 あの日を。

 『お願い』を、思い出した。

 

「オレは、どうしようもなく失敗したんだ……」


 悔しくて、奥歯を噛んだ。


 間違いは過去に犯していた。

 

 あの『お願い』の日に。

 二つの想い出箱を握りしめて瞳を閉じたあの日に。

 忘却してしまった過去の日に。


 妖精の庭を怒らせて街を騒がせたのも、全ては、あの日にしでかした間違いから始まっている。


 だったら、過ちは清算するべきだ。


 開け放った窓の外は騒々しかった。

 夜なのに空は赤色の光が浮いていて硝煙の臭いが微かにする。

 比べて室内はひっそり静まりかえって穏やかだ。ここにいれば何にも心配いらない、そんな気さえしてくる。

 でもここは、彼の『居場所』ではないのだ。


「さよなら」

 窓枠を踏み越えて、外へ。孤児院の門を潜った。



 足は自然とその場所へ向いていた。

 裏へ回って、並木の通りを真っ直ぐ。

 柵の間を通り抜けてからは木々と石タイルと花畑の景色へ変わる。

 華に変わった人間達の弔い場――霊園だった。


「ここ」

 足を止める。

 そこで揺れる華に目を留め、手を伸ばそうとして、しかし気持ちが触れることを許してくれなかった。


「ごめんな、オレ……」

 失敗しちまった。

 告白することさえ咽が詰まったみたいに出来なかった。


「オレっ!」

 言わなくちゃと思って顔を上げたとそのきだ。


 クツクツクツクツ


 道化が花園で嗤っていた。



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