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妖精に導かれるように④


 カルティアは泣いていた。


 幼い子供がそうするように、自分より大きいユウキリの背まで回り込んで縋り付いて、怖いモノから隠れて、黄金の涙を流していた。


 えぐえぐと、カルティアが啜り泣くのを、エトルはいたたまれない気持ちで聞くしかなかった。とても悪いことをしてしまった。 

 自分が史上最悪の人間になってしまった気がして、エトルは誤魔化すように頬を掻いた。


「僕は行きますから」

「ああ、頼む」

 その場からとにかく立ち去りたくて、エトルは踵を返した。


 まったく……だ。

 ぎゅうと、胸を締め付ける感覚を和らげたくて、服の上から抑えた。


「エトル」

 ふと呼び止められる。

「恨むか? 私を」

 エトルの口からカルティアに嫌われるようなことを言わせたことか、それとも、半年前と同じことをさせようとしていることか。

 なんだっていいかと、エトルは振り返らずに返事をした。


「恨みませんよ、あなたなら分かるでしょ? いま僕がどんな気持ちで戦うのか」

 エトルにだってやりたいことがあって、それを成し遂げるには結局こういう手段になると言うことだ。


 ユウキリに恩義を返したい、この街が壊されるのだってやっぱりイヤだ。そして、これはチェンジリングのエトルには高望みかもしれないけれど、あの店で静かに待っていたいのだ、彼女のタッタッタという足音を。


(まあ、最後のはどうなるか分からないけど)

 カルティアがそうであるように、アイシルだって同族を殺したヤツとこれまで通りに接するなんて、きっと出来ないだろう。半年前とは違い、今回は当事者でもあるのだから。


「アイシルはさ、ここで待っててよ、イヤでしょ?」

 同族が死ぬとこを見るのは。

 とても顔は見れなくて、俯いて言いながら横を通り過ぎる――過ぎようとして、腕を掴まれた。


「いーえ! わたしは一緒に行きますよお!」

 

 底抜けに明るい声だった。

 喪中に楽器でも鳴らし始めたかのような場違い感だった。


「みなさんどうして諦めているのですかあ? 『虚飾庭園』を助けることを!」

 怒っているのだろうか、その場で駄々でもこね出しそうな勢いだった。いや、実際に、こねているのだ。


「妖精アイシル。『虚飾庭園』は救えない。朽園に喰われた妖精は助けられない。申し訳ないが大人しくしててくれ、エトルには早急に動いてもらえなければならない」


「だあーかあーらっ! そこが違います!」


 エトルから引き離そうとするユウキリの手から逃れて、アイシルはなおも食い下がる。


「銘持ち妖精の朽園が()()()()なわけないのですよお! 半年前はどうでしたかあ?  平原を丸ごとのみこんだあのときにくらべれば、いまはカルティアさんが癇癪で使った魔法で消し去れる程度の朽園がいっぱいいるだけじゃないですかあっ!」


 まるで大人を説教する子供だ。

 存外、子供の方が大人より物事を見ていることがあって、やっぱり、いまのアイシルの姿はまさにその通りだった。


「そ、それは、たしかにそうだけど……」

 隙有りとばかりにだった。

 アイシルの剣幕に思わず顔を上げたエトルの顔を、両側からアイシルの手が挟んで、鼻先が触れるか触れないかまで近づける。


「ふぃっおっ、ふぁいひる……」

「考えてくださいエトルさん。エトルさんはなにかに気づこうとしていました。だったら必要な欠片はそろっているはずです。あとは想いが一つです。殺す(諦め)ではなく、救い(救い)を信じてください!」


 黄色い瞳はエトルを映す。

 どくどくと脈を刻む心臓。     

夜気に冷えていた頬にアイシルの温もりが染みこんでいく。

 全てが遠くなっていく気がした。

 アイシルの瞳の中に見つけた自分の黒色に吸い込まれるように、エトルはこんな状況で、焦りも緊張も忘れて、状況だけを正確に辿っていた。



 レジアナの回顧。            レジアナの記憶の話。

  厄災に、伏せる、子供達。  一人で看病をして、体力を使う。

   みんなみんな倒れてしまって。         レジアナもだ。

    残されたアレットとミゼッタ。     たった二人だけで、看病を続けた。

   

       救いに現れた妖精。 虚飾庭園。

  

        妖精に、願いを。 願ったのは?    

   みんなを助ける、願いを。          アレットとミゼッタ。    


   だけど妖精は消えて。 お願いは叶えたのに。

   残ったのは想い出箱と種。           それから、一人。


   残ったのは。                 そうだ、残ったのは。  


          『残ったのは、一人と二人分の想い出箱』。


「あ……」

 これだ、これこそが違和感の正体だ。


「そうだ、だから朽園が、カルティアの加護が……」

 手が震えた。


「エトルさん!」

 力がすっぽり抜けて崩れそうになった体を、アイシルが支えてくれる。

 でもそれさえ、どこか乖離して感じていて、エトルはいまだ思考の向こうから戻りきれずにいた。   


(なんだよ、それ。でも、そうなら、そうだとしたら!)


「エトル、なにに気づいた?」

 ユウキリさえ、声に落ち着きを無くしていた。

 それほどの重大をエトルが見つけたことに感づいたのだろう。


「見つけた、かもしれない。『虚飾庭園』を」


「なに?」

 ユウキリが眉を顰める。

 疑う類いのモノでは無く、提示された新しい路に戸惑うモノだった。

 とっくに決めてしまったからだろう。

 ユウキリはもうずっと先まで考えていたに違いない、そういう人だ。


「僕は、行かないと!」

 エトルは走り出していた。

「確かめないと、レジアナさんに!」

 なにを受け取ったのか、正確には――、

 

 ――()()()()()()()()()()()。 


「さあ、いきますよお! エトルさんっ!」

 ぴったり並んだまっ白い妖精が号令を出す。


 まったく、まったく、まったくっ!


「分かったよッ! まったく!」

 

 朽園が犇めく街を、二人は駆けていく。

 悲壮な表情は二人には無かった、なぜなら、二人は希望に向かって走っていたのだから。 


 

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