妖精に導かれるように③
「きっらい!」
火炎が迸り、道化をまとめて一掃する。
しかし、先ほどのような高揚はもはやどこからも湧いてこなかった。
また一つ、閃光弾が夜空に打ち上がったのだから。
たった一体の朽園を倒せばいいと思っていた。だが、そうじゃない、いまこの街の至る所に、朽園が出没している。
一度にこれだけの朽園が出たのなら、一つの朽園の影響が街全体に及ぶほどの規模になってしまったのだとしたら、考えられることは一つ。
「ああ最悪! きっと喰われたのよ『虚飾庭園』が!」
朽園による、庭の主の妖精の捕食。
半年前の『クリスタルリリーの朽園』で起きたことの再来。
「まだそうと決まったわけじゃないのですよお」
「そうとしか考えられないじゃない! これだけいっぺんに朽園が出てきているのよ! こんなの、もしアタシが失敗したら……」
カルティアが怯えている。
不安を紛らわせようとするように、親指の爪をいらだたしげに囓る姿は、先ほどまで猛然と炎を繰っていた彼女とは思えない。
ダメだと思った。
この事態を収拾させるのは、カルティアでは出来まい。
(やるのは、僕だ)
エトルは自分の右手を意識していた。
妖精の体は、案外柔らかいことをエトルは知っている。
傷つけば真っ赤な血こそ出ないが、蜜のような金色の雫がこぼれることも。
半年前、朽園に喰われた彼女に突き立てた刃を、エトルの右手はまだ覚えていた。
「ここにいたな」
ユウキリだった。
部下を連れてストリートを走ってきた彼女は、小さく息を吐いただけで呼吸を整えると、カルティアに歩み寄る。
「な、なんで、ここにいるのよ」
「君が私の部下の仕事を取り上げたからだよ、妖精カルティア。せっかく持ち場を分けたのに、君はどうせ朽園が出るまでエトルにひっついていただろうからね。私が直接言って聞かせなければと思ったんだ。しかし、派手にやってくれたな」
ストリートの損害を見て、ユウキリは片眉を動かした。
「まあいい、結果的に事態に迅速に対応出来るのだから」
ポジティブに考えなければやってられないと言った風だ。
弱いところを見られまいとしたのだろう、虚勢をはってそっぽを向くカルティアに、ユウキリは続けた。
「妖精カルティア、妖騎兵団からの『お願い』だ。街全体に私の声を届けたい。贈り物はいつもの通り、見合う物を管理庫から選んでくれていい」
「……指輪。あの赤色の綺麗な彫り込みがしてあるヤツ」
「あれか、了承した。あの指輪は君の贈り物だ、約束しよう」
現物が無いのに、こんな身近いやり取りで妖精が了承するのには仕組みがある。
妖騎兵団の管理庫には数百点の贈り物があるのだが、そこへ定期的に専属となっている妖精を連れ行くのだ。そこで妖精が興味を示した贈り物を目録にしておき、いざという時の担保にする。
専属妖精とお願いのやり取りをする団員はこの目録を肌身離さず持っている。ユウキリのすごいところは、その目録をさらっと暗記しているところだ。
「ん……、約束よ。じゃあ、はい。これに呼びかけて」
カルティアが両手を叩くと、そこに球体の炎が生まれた。
カルティアの掲げるそれに、ユウキリが軽く膝を曲げ、顔を寄せる。
「妖騎兵団だ。深夜に騒がせて大変申しわけなく思う。ただいま屋外は大変危険だが、安心して欲しい、私達は既に対応している。住民の皆様は安全のため絶対に屋外に出ないようにしてもらいたい。もし屋外を出歩いている方がいれば即座に近くの屋内に入ること、既に屋内にいる方はそういった方を匿って下さると大いに助かる」
動揺を感じさせない堂々としたスピーチが街中の街灯から響いた。
エトルでは大勢に語りかけるなんて考えただけでも目眩がしそうだ。それを緊急時にこれほど雄弁に出来るのだから流石だ。
「それから誇り高き妖騎兵団諸君に部隊管理補佐ユウキリが言おう」
言葉を切ったユウキリは、街灯越しに聞いてる団員達にも聞こえるくらい大きく息を吸った。
「気張れ! 退くな! 守護せよ! 守り抜け! お前達の耐えた一秒の積み重ねがこの街を救うことが出来る! この私が約束してやろう、この街は確実に守護る。だからお前達は全霊を賭せ!」
熱を、言霊に。
「願いを架けろッ!!」
高らかにユウキリは想いを響かせ、それはたしかに街中の戦う妖騎兵団の魂に共鳴した。
『願いを架けろ!』
咆哮が応えたのだ。
夜天の星へ向けて、戦士達が吼えている。
それを聞いて、にいと凶悪にさえ見える笑み浮かべ、ユウキリは「連絡は以上だ」と締め括った。
炎がぽんっと消えても、カルティアはしばらくユウキリを見上げていた。
「どうした、妖精カルティア」
「……ユウキリがそんな熱い想いを持っているなんて思わなかったわ」
「人間は理屈や合理だけでは動けない。上に立つ人間はそれ以外の曖昧なヤツだって持っていなくてはならないんだよ。想いっていう力を、な」
「それは、人間の魔法?」
「あるいはそうかもしれないな」
腕を組んで、いつもの涼しげな表情でユウキリは肯定した。
「……なにそれ、わっかんない」
ぷいっと、カルティアはそんなユウキリから顔を背けたのである。
「さてエトル、出来るな?」
振り向いたユウキリは短く告げる。
わざわざ細かい説明はしない。とっくにエトルが理解していると思っていて、そして、今回は確かにその通りだ。
「ま、まって、アタシが!」
「無理だ妖精カルティア」
「な、なんでよ! そんなこと――」
「無理だと言った。君は妖精を殺せない」
「こっ……っ!」
言われて、初めてきちんと自覚したのだろう。妖精を喰った朽園を討滅するには、妖精ごと葬るしかないと言うことに。
カルティアは愕然とした後、つり目を見開いて潤ませる。
そんなカルティアの不安定な心に同調するように、カンテラの灯火までゆらゆら散っていて、吹き消されてしまいそうだ。
妖精というのは純粋なものなのだ。
同族殺しなんて、出来るはずも無い。
もしかしたら、ユウキリはこうなることも可能性の一つとして考えていたのでは無いだろうか。だから、どうしてもエトルの力を借りようとしていたのではないか。
「で、でもそんなのこのチェンジリングだって出来るはずない!」
そうだろというように、あるいは縋るようにカルティアに睨まれて、エトルは目蓋を閉ざしたのである。
(そうか、言ってなかったんだ)
妖騎兵団の専属妖精ならとっくに知っているものと思っていた。
やたら絡んでくるのも、もしかしたらだからなのかもと、密かに考えていた。
ユウキリをちらりと見れば、彼女は唇を引き結んでいる。
不器用な人だ。
カルティアを納得さえるには事実を教えてやればいい。事態が刻一刻と進行しているなか、ユウキリは一秒でも早くエトルを働かせなければいけない。だから、本来のユウキリはここで口を閉ざしはしなかっただろう。
そうしているのは、ユウキリがエトルを尊重しているからだ。
やらなければならないことに一直線に進んでいく彼女を知っているエトルは、自分をねじ曲げてエトルを優先する姿が不格好すぎて少し笑ってしまう。
(いいのに、べつに)
半年で、ユウキリはなにを変えたのだろう。
そんなことを思った。
右手は、まだ覚えている。
虫が這うような不快さが、未だにこの右手の中にある。
エトルは、それを自覚しながら、真正面のカルティアに視線を向けた。
「できるよ……、二度目だから」
ただ、事実を口に知る。
「えっ……」
力が抜けた音だった。
「にど、め?」
信じられないと、カルティアは一歩を下がる。
「僕だよ。半年前、『水晶庭園』を殺したのは」
それが、半年前、エトルが妖騎兵団を辞める前に起こった事件、『水晶庭園の朽園』の結末だ。
「妖精を、ころしたの?」
「そうだよ」
「アンタが?」
「そうだよ」
肯定を繰り返し、その毎に、カルティアはエトルから離れた。
「ひぐっ……」
ついにカルティアの涙の堰は決壊した。




