間話 ユウキリの思いごと
レジアナの話が終わってから紅茶を二杯飲み、ユウキリはリトルペタルを後にした。
作戦のことを話したら、エトルは「本当に最初は僕を巻き込むつもりがなかったんですか?」などと聞いてきたが、「もちろんだ」とユウキリは答えておいた。
それでも疑わしい目で見てくるのだから、くどいヤツだ。
これでも今回、ユウキリは自分でも驚くほど譲歩したのだ。
最初にリトルペタルを訪ねた時点では、本当はまだ迷っていた。
半年前のことは、周囲が考えているよりずっとユウキリにこびり付いていた。仕事の合間にいつも自分の判断の誤りを探し続ける癖がついていた。
(私はな、きっとお前が考えているより臆病なのさ)
だから、半年もエトルの顔を見に行けなかった。今回だってやんごとない事情にならなければきっと行かなかった。
『辞めさせてください』
彼が全部を諦めた顔で言った言葉が、彼の元を訪れようとする度に足を地面に縫いつけた。
(私は私でも気づかないうちに、お前にえこひいきしてたんだ)
責任と部下を預かる立場としていただけない。
半年前には認められなかったことだ。
あの命令には、ユウキリのそんな気持ちの裏返しが少なからず入っていた。
街を救うために放った命令。
ほとんどムキになって言った、残酷な言葉。
眼前の景色は全部水晶の森。
その地はもはや人のものでは無く、人から奪う地だった。
すばらしい判断だったよと、団長以外の上役達は全てが終わってから褒めそやしたが、ユウキリがやったことは、作戦なんかじゃなかった。
ただの死刑宣告だ。
『私達のために一人で行け』
死地に単騎で突撃しろ――すなわちは、『死ね』という命令。
間も無くすれば街が呑み込まれていた。
そうしたらみんなが死んでいた。
だけど、突破口は無かった。だから作るほかなかった。それが出来る可能性があったのはあの地に踏み込んでも影響を受けないエトルしか、この街に居なかった。
どっちみち皆が決死で飛び込むのなら、その成功確率は例え慰めにもならない数字だったとしても上げる努力をするのがユウキリの仕事だった。
だからと言って、だからと言ってだ……っ!
ちりちりと、こめかみの奥が疼いた。
『じゃあ、もう働けなくなりますね』なんて茶化して返されたときのことを、昨日のことのように憶えている。
(アイツは本当にバカだ)
怒るどころか、そんなことを言ったのだから。
(どんな気持ちであの場所へ踏み込んだかだと? ああ、もちろん分かった)
最初から生きて帰るつもりなんて無かったのだ。
だけど、拾ってもらっておいて死ぬつもりでいることをユウキリに遠慮したから、遠回しにそれを伝えてきたのだ。
(私は、『死ね』と言ったのに)
死ねと言ってしまったのに。
バカ以外に何ものでもない……。
もし彼がユウキリが店に入ることを拒否していたら、昨夜、この街のために動いてくれてなかったら、ユウキリは今度こそ二度と、エトルの元へ足を運ばなかったはずだ。
『戦う意思がないなら足手まといになる』とか言い訳を考えて、二度と彼の元へ訪れることをしなかったはずだ。
「悪く思うなよ、エトル。お前が私の背を押したんだ」
まだ、アイツは黄昏の迎えを待つだけの抜け殻にはなっていなかった。
まだ、この世界に居ようとしてくれていた。
だからだ、今度こそだ。
ユウキリは自分が極端な人間であることを自覚している。
さんざん躊躇ったくせに、いざ使って良いとなるや、一番大変な役割を平気で押しつけられるのだから。
「なによ、アタシ一人で十分だって何度も言ってるのに、アタシをモテナシしないチェンジリングなんていらないのに」
職場に戻る路を一緒に歩くカルティアがぶつぶつと言う。
『力は強いが短気で単純、扱いやすさは一長一短』が、ユウキリの密かな評価である。
関係ないが、彼女より少し低いくらいの身長の娘をつれて訪ねてきた友人を思い出した。 ……それだけだが、特になにも無いのだが、胸元のポケットをまさぐっていた。いつも煙草を入れていたポケットだ。
「……」
不意に煙草を吸いたくなっただけである。例の中毒性というやつだろう、そうである、そうに決まっている。
「なによ、変な顔して」
「変な顔じゃない、いつも通りの顔だ」
「ウソよ! 骨を取り上げられた犬みたいな顔していたわ!」
犬呼ばわりとは酷い言いようだ。もしもカルティアが部下だったら一週間は城壁回りをお散歩させていたところだ。
「いろいろとあるのさ、人間には。女ならもっとな」
親からのプレッシャーとか。
「またそれ! アタシが一人でやるって言ったときもそれ言ったっ!」
妖精というのはじゃじゃ馬ばかりだ、一緒に仕事をするのに馴染むには時間が掛かる。 そういう不安定さが、まだカルティアだけに任せられない理由の一つ。
言ったって納得しないだろうし、もっと駄々をこねそうだから言わない。
「まあそう言うな、妖精カルティア。エトルがいると、私が安心なんだ」
それも、一つの理由だ。
「なによそれ! アタシが信用出来ないって言うの!?」
「ああ違う違う」
半分、いや、四分の一程度は。
もう彼は妖騎兵団ではない、なら『えこひいき』も別に構うまい。
「あれはお気に入りなのさ、私のな」
言ってしまえばなんだかすっきりして、ユウキリは、にぃと笑っていた。
「――なにそれ、わっかんない」
ぷいっと、ほっぺを膨らませて、カルティアはそっぽを向いたのだ。




