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妖精の隠したもの③



「話が逸れたな、戻そう」

 腕時計に視線をやったユウキリが、仕切り直す。

「こちらから仕掛けて返り討ちにはあったが、あの朽園はまだ積極的に人を襲ってはいない。正確には昨夜まではそうだった」


 ここでようやくアレットへと水が向くようだ。

 所在なさげだったアレットの背筋がぴんと伸びる。


「アレット君が狙われているんですか?」

「この子の『想い出箱(メモレージ)』が、だな」

 ユウキリに促され、アレットは紐に通して首に掛けていた二つのバングルを外してテーブルに置いた。彼がもっと小さいときには腕につけていたものだろう。


 ミストエーラでは生まれて間も無い赤子の内から装飾品を与える習慣がある。

 これは『想い出箱(メモレージ)』と呼ばれる親から最初に渡されるプレゼントで、本当に大切なお願いをするときのために肌身離さず身につけておく、人生の思い出を入れておくための特別な装飾品である。

 中には思い入れがありすぎて結局使わずに一緒に墓場に持って行く人もいるこの装飾品は、妖精達にとって、咽から手が出る代物だ。


「まさか、約束を守らなかったの?」

 お願いを叶える代わりに贈り物をするという約束。

 ミストエーラの住人なら誰だって知っていて、もし破ったなら罰則だってある立派な犯罪だ。そうじゃなくったって妖精との約束を破るような人間はいい顔はされない。


「いえ、そうではありません。誓って! 信じてください」

 息子を不名誉から庇うために、女性が声を上げた。

「あれは、私が悪かったのです。孤児院の責任者だった私が、なにも出来なかったから」

 悲壮な表情だった。

 とても辛いことを思い出すとき、人も妖精もこういう顔をする。


「エトル、『妖精の翅響(ターニング)』についての知識は?」

「妖精が姿を消す数日間ってことくらいですけど」


 どんな天気でも毎日必ず訪れ、賑やかしている妖精だが、その役目を休む数日間がある。


 それが、『妖精の翅響』。


 数年に一度訪れる、ミストエーラで()()()()()()()()数日間である。


 妖精達はその期間だけは、自分たちの庭にかかり切りになって、ミストエーラを訪れることが出来なくなるのだ。


「そのとおりだ、慣例で言えばいずれも一週間以内に明けているが、人間はその間、自分たちだけで生活しなくていけなくなる。もちろん、同じく訪れる『悪災』にも人の力だけで立ち向かわなくてはならない」


 『悪災』とは、妖精の翅響とともに訪れる災害のことである。

 外壁を崩すほどの嵐に大地震、街にいながら溺れるほどの大雨が降り続いたこともあるという。

 いずれも過酷な環境に人だけで耐え抜かねばならず、『耐乏時』なんて言ったりもする。そして、妖精が再びこの世界を訪れたあかつきには国庫が開かれ、妖精達の力を借りて復興するのである。


 前回に起きたのは、三年前、エトルがこの世界に現れる少し前で、訪れた悪災は確か、


――『疫災』だ。


 なるほど、話が読めてきた。


「私が話します」

 罪を告白するみたいに、女性は深刻な顔で言った。

「あらためまして、レジアナです。孤児院の責任者をしています」


 律儀な人だと思った。

 エトルのようなちんちくりんの、それもチェンジリングを相手に真摯な目で挨拶をしてくれる。アレットが初対面の時からエトルに偏見を見せなかったのもこの人が親をしているからだろう。 


「アレットから昨夜、私達の家を襲いに来たという朽園の話を聞いて、すぐに三年前まで毎日孤児院を訪れて、知らないうちに子供達と混ざって遊んでくれていた妖精が関係しているとわかりました」

「妖騎兵団で管理している記録と照らし合わせると、道化(クラウン)の姿と頻繁に出没している区域から、おそらくだが、『虚飾庭園(ライアーガーデン)』と呼ばれる銘持ち妖精だと考えている」

 ユウキリが補足を入れてくるが、どっちにしろエトルは知らなかった。


「三年前の『妖精の翅響』の時、この国を疫災が襲い、孤児院でもほとんどの者が動けなくなりました」

 『疫災』、つまり病気と言う災厄は、体力の無い子供にこそよりどう猛に牙を剥いたはずだ。多数の子供を世話する孤児院ならひとたまりも無かっただろう。

 しかも、ただの病気ではない『疫災』だ。働き盛りの男だって立ち上がれる者は少なかったと聞く。悪災に備えていたお上も想像から外れていた災厄の形に翻弄されて、有効な対策に移れなかったらしい。


「子供達は苦しそうに息を荒げ、湿疹を体中に浮かべて『苦しい』、『助けて』って! それなのに、私は悪災が終わる前に倒れて、目が覚めれば全ては終わってました」

 レジアナの目には涙が浮かんでいた。

 悔しかったと、爪が食い込むくらい握り込んでも力を緩められない拳が語っていた。


「でも、あれは、母さんがろくに休みもしないでずっと看病していたからで! そのおかげでウチであいつらは笑ってるんだ! だから……」

「いいえ、あの子達を助けたのは、私が倒れても諦めずにみんなを看てくれたアレット、あなたと、『ミゼッタ』よ」

 ありがとうと、レジアナはアレットの頭を撫でた。

 それでもアレットは自分を許せないでいるレジアナを辛そうな顔で見上げていた。


「オレはさ、母さんを助けたいよ」

「もう十分助けられてるわ、下の子の面倒も見てくれてウチのことも手伝ってくれて、本当に良いお兄ちゃんだわ」

 険しかったレジアナが微かに笑う。

 こんなにも子供に思われて、嬉しくない親なんていないのだ。


「いま話したとおり、私の倒れた後は、この子と、それから双子の妹だったミゼッタが引き継いでくれて、()()()()()()が疫災を乗り切ることが出来ました。……ただ、ミゼッタだけは――」

 アレットの手の中で、二つのバングルが擦り合わさって、かちゃりと鳴った。 

 妖精の魔法でも『死』、または濃厚な死の未来だけは癒やすことはできない。だから、悪災では多くの命が亡くなる。

「目が覚めた私に、アレットは妖精に魔法で助けて貰ったことを教えてくれました。それから華の種になったミゼッタのことも」


 悪災の後のミストエーラは、花に包まれる。

 華葬(かそう)と呼ばれる、ミストエーラでは一般的な葬儀の方法で、亡くなった人を妖精の魔法で花の種に変え、それを植えることで故人を偲ぶのである。


 孤児院を助けた妖精は、最期の面倒までしていったようだ。

「その二人分の想い出箱は妖精が受け取り忘れた贈り物ってこと?」

「間違いないわね。その想い出箱には『印』がついてるわ。妖精にはわかるものよ。……根無し草はどうか知らないけど」


 横目で見られて、アイシルが「あはは」と頬を掻いた。

 『印』がついた贈り物を横取りしてはいけないというのも、妖精達のルールの一つだ。

 『印』はお願いを引き受けた時点でつけられ、原則印をつけた妖精以外が解除してはいけないということらしい。

 このルールにより、一つのお願いを複数の妖精にやらせて贈り物が奪い合いになるという事態は起こらないし、人間もお願いをする相手を慎重に選ぶ。


「でも妖精は確かに想い出箱を受け取ったんだ、オレは覚えてる。だけど、オレが部屋で起きたら想い出箱もミゼッタの種もオレの手にあって……」

「アレットにはいつ妖精が現れても言いように必ず想い出箱を持っているように言いました。しかし、妖精はそれから一度も姿を見せることなく、今日までこの子の手にあります」


 一通りを話し終えてもレジアナは毒でも飲んだみたいに、苦しそうな顔をしていた。

 子供達に親の顔を見せる一方で、ずっと自己批難を続けて来たのだろう。

『親』なのに、困難の時にこそ揺るがない柱にならなくてはならなかったはずだったと、ずっと、彼女は後悔してきたのだろう。

 彼女が本当の愛情を子供達に分け与えてきたことを窺わせた。

 それだけに、死なせてしまったことを、未だに許せないでいる。


 でも気がついているのだろうか。

 レジアナがそんな顔をしているのを、アレットが横で同じくらい悔しそうな顔をして見ていることを。


(救われないな)

 そしてチェンジリングのエトルには眩し過ぎる想いだ。


「紅茶、淹れ直してきますね」

 その場から逃げるように席を立つ。


(どうしようもないさ、僕にはどうにだって出来ない)

 エトルはその眩しさの欠片だって持ち合わせていないのだ。それなのに、あの二人の想いを変えるなんてできっこない。


 言い聞かせてから、

(……もし、アイシルがお願いでも受けて、何かするならそのときは――)


 いつもどおり、手伝うだけだ。

 なんとなく、アイシルならと思ってしまうのは、とうとうエトルまでヘンテコが感染してしまったからかもしれなかった。


 ケトルを火に掛けて、手持ちぶさたな時間。

「朽園は主の印に惹かれて想い出箱を狙っている、ってところかな」


 話を頭の中でまとめて、朽園の謎の行動の結論を出す。

 銘持ちの妖精が主だというのなら、きっとまだ『虚飾庭園』は朽園に呑み込まれていない。

 銘持ちが堕ちたらその被害規模は甚大だ。あの程度の力しか無い朽園では話にならない。 

 きっと朽園は『虚飾庭園』を探しているのだ、だから、アレットの『想い出箱』にこびり付いた主の(匂い)をかぎつけてきた。

 昨夜は、目的の想い出箱をもったアレットを目の前にして、エトルなんて眼中じゃなくなったのだろう。

 変な猫だけじゃなく、朽園まで寄りつく孤児院なんて不思議な話だ。まだあの孤児院には何かがあったりするのだろうか。


 気がかりなのは『虚飾庭園』のことだ。


 なぜ、朽園を生み出してしまったのか。

 なぜ、想い出箱を置いていったのか。

 なぜ、姿を消したのか。

 

 不可解すぎる。

「でも……」

 なにかが、おかしい。


(意味が、あったとしたら)


 その三つが『なぜ』から『当前』になる何かがあるとするなら、それはきっと、一つだけでいいはずだ。

 鏡を見て顔に汚れがあるのを見つけたときみたいに、エトルはふと自分で自分のことを観察していることに気づくことがある。


 このときもそうだった。

「僕は、レジアナさんの話がなんだか気にくわないんだ」

 話というのは溝に流した水みたいに道筋があって、必然性があるはずなのだ。つながらない溝には水が流れない。

 だから、とっちらかった話にはもやもやする。それを、いまのエトルは感じているのだ。


「だからって、どこが変かなんて、分かんないんだけど」

 虚飾庭園の行動だって本当は何の意味も無いのかもしれない。いつもの妖精特有のキマグレと考えたほうがエトルの根拠不明の違和感よりよっぽど信憑性がある気がする。

 それでもエトルはレジアナの話を頭のなかでお湯が沸くまでの間、反芻して考え続けた。


 これもやっぱり根拠不明のカンでしかないのだが、この答えを導くことが、とても重要な気がしてならなかったからだ。

 


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