妖精の隠したもの②
最終的に泥をかぶるハメになったのはエトルだった。
ユウキリがこう提案したのだ。
『ではエトルのケガが治ったらまた来るとしよう。紅茶とたくさんの菓子でティーパーティーをするためにな』、と。
半年の間一度だって顔を合わせなかったのに、いったいどういうつもりなのだろう。
お金は払うらしいからエトルに拒否権なんて無かった。ほとんど肩書きだけとは言え、お店はお店なのだから、客は無碍に出来ない。
それに拒否なんてしようものなら、そろそろカルティアが癇癪で店を焼き払いそうだ。いまだってむすっとした顔で一人だけ椅子に座らないでエトルを睨み付けているのだから。
「そもそも、お菓子を食べに来たんじゃないでしょう」
なにも出さないわけにはいかなくなったからせめて紅茶を人数分淹れながら、エトルはぼやく。
「そうだな、そろそろいいか」
耳ざとく聞いていたユウキリが紅茶の横に本を置いた。
そろそろってなんだ。最初から用件を始めていれば良かったのだ。
「そんな目で見るな、妖精が二人もいたらどうせ騒がしくなるのはわかってたんだ。好きにやらせて落ち着くまで待った方が話が進めやすいのさ」
悪びれもせずそう言い、ユウキリはまるで屋敷の主人のような顔で紅茶を含む。
さしずめ召し使いのエトルはおもしろくなくて、ちょっとばかし皮肉を利かせて言ってやった。
「来なくても良かったんじゃないですか? 夜も飛び回ってくれる元気な妖精がいるんですから、僕の力なんて必要なかったんですよ」
外野で、その元気な妖精が「そうよ!」と賑やかす。
「エトル。これでも私は相応に覚悟して、恥を忍んで、いまや民間人となったお前を訪ねたんだ。普通の朽園相手なら妖騎兵団だけで対処したさ」
紅茶の凝りになにかを見るように、ユウキリはカップを見つめながら言った。
「あの朽園は特別なんですか?」
「ただの朽園にどうしてお前が遅れをとる?」
それは、エトルが鈍ったからだろう。
半年の間、エトルは一度だってあのコートに触らなかった。エトルは本当に静かにここで売れない菓子屋の店主をしているつもりだったのだから。
「あの朽園は標準的なレベルから外れている。お前が考えていることは想像がつくし、それも否定しない。実際、まさかお前がケガを負うなんて思わなかったしな」
半年前までのエトルなら人に見られたぐらいでディススタンドを解くような失態はしなかっただろう。どうやらエトルは自分が思っている以上に半年の間に人を意識するようになっているらしかった。
「お前がいなくなってからも、妖騎兵団は何度か朽園を討滅してきた。哨戒メンバーには加護の付与した装備を与え、必ず二人組で行動させるように取り締まった。……お前に頼りすぎていたところを、見直したんだよ」
昨夜見た二人組はそう言えば鎧を着て帯剣していたと、エトルは思い出していた。
エトルが妖騎兵団に所属していた頃は、夜はエトルの持ち分で、哨戒メンバーは朽園を見つけると例の照明弾を遠くから打ち上げることだけが仕事だった。
「お前はどんな朽園でも関係なく対処できたが、頼りきりだった私たちでは出来ない。だから連携を見直して、マニュアルを作って応援を呼ぶように徹底させ、ようやくまともに朽園の対処が出来るようになってきた。だが、補えないものがある、――戦闘経験だ」
朽園の正体は妖精の魔法だからその姿形、強さまでバリエーションが豊富だ。
エトルにはディススタンドがあったから自在な相手でも優位に立つことは難しくなかったが、団員は勝手が違う。
「人間同士でいくら組み手をしても、朽園には通用しない。私はそんな単純な失態をしでかしたんだ。結果、二人、ケガをさせてしまった。幸い大事は免れたが、私は思ったよ、いまの現戦力で哨戒を持ち回りしていたらもっと大きい被害を出すとな。だから、お前を訪ねた」
ユウキリはやると決めたことに手加減をしない。
エトルの除隊を認めたときに、ユウキリはエトルがいない妖騎兵団を構築すると決めたのだろう。そのために奔走した、だが、失敗した。
久しぶりにエトルを訪ねてきたユウキリが素直に謝ったのは、自分の失敗の責任にエトルを巻き込んだことを自覚していたからなのだ。
「あの朽園は半年前のお前ならきっと昨夜の戦いであっさり討滅出来ていただろう。だがな、それは私達にはまだ高すぎる壁なんだ。もう少しだけ時間をくれ」
ため息を、ユウキリは吐いた。
こんなふうにユウキリが隙を見せる姿をエトルは滅多に知らなかった。
「銘持ちが絡んでるっぽいもの、仕方が無いわ」
意地でも同じテーブルに座るつもりは無いらしい、立ったまま紅茶のカップを持ち上げ、カルティアがすました顔で言った。
「相手は銘持ちの朽園なのですかあ?」
目を丸くするアイシルを見てマウントをとったつもりか、カルティアは得意げに続けた。
「そうよ、じゃなきゃアタシの加護はびくともしなかったはずだもの」
エトルが朽園の力を測る基準にした孤児院に掛けられていた加護はどうやらカルティアの施したものだったらしい。
孤児院の支援は国がしているはずだから、国に帰属する妖騎兵団の専属妖精であるカルティアが行うことになったのだろう。
「それってあなたが手を抜いたのではないですかあ?」
「シツレイね、全力じゃなかったけど、並の朽園が近寄らないどころか、他の妖精の魔法だって妨害するんだから!」
「あ、だから昨日からウチにあったいろんな加護の効果が微妙になってたのか」
食品保存用の加護なんかは各家庭必須だ。エトルもこれだけは必ず常連にお願いして代わりにやってもらってる。
「……妖精カルティア、あなた」
「な、なによ根無し草のくせに! そのおかげで昨日は助かったんでしょ!?」
一瞬たじろいだものの、功績を盾にカルティアは言い返す。
そう言えばさっきから気になっていたことがあったのだった。
「ねえ、どうしてアイシルのことを『根無し草』? って呼ぶのさ」
「どうしてって、この妖精がそう呼ばれる妖精なんだもの」
そんなことも知らないのと言いたげな反応である。
「もしかしてアイシルって銘持ちだったの?」
「はあ、まあそう言われれそのようなものですかねえ」
歯切れの悪い返事だった。
「違うわよ! 全く違う! むしろ正反対なんだから!」
それに猛抗議したのがカルティアだ。
「いい? この妖精は一人だけ庭を創らない怠け者なの。いっつも好き勝手ふらふらしてて、おまけにあっちこっちに贈り物を蒔くんだから。だから『根無し草』。認められて呼ばれるんじゃなくて呆れてみんなそう呼んでるの!」
それはなんとも、アイシルらしいと思った。
庭を創らない妖精がいるなど、聞いたこともなかった。だが、やっと、納得が出来た。
(想いを集めてなきゃ、魔法はつかえないよね)
思わぬ形で、エトルがずっと不思議に思っていた疑問が解消した。
「い、いや、それはわたしにも思うところがありましてですねえ……」
「アンタいっつもそうやってテキトウ言ってはぐらかすじゃない」
「い、いや、違うんですよお? わたしにはわたしの考えというかですねえ、その……」
「はいはい、妖精が庭を創る以上に大切なことなんてあるわけないんだから、嘘吐くのは止めなさい」
アイシルがどうにか弁明しようとしても、要領が得ないものだからまるで取り合ってもらえていない。
別にそんなに誤魔化さなくたっていいのに。
今までも魔法を使わなかったんだから、これからだって関係ないのに。少なくとも、エトルにとっては。
口にするのはなんだかむず痒かったから、内心だけに留めたのだ。




