妖精の隠したもの①
リトルペタルは小さなお店だ。
まず店が小さい、販売規模が小さい、店主であるエトルのやる気からして小さい。
いつ見てもアイシルとエトルと閑古鳥しかいないものだから一日に三人も客が来たら、『今日は売れた!』なんて言えてしまう、そんな程度の店だ。
さて、お日柄はそこまでよろしくない今日――リトルペタルに激震走る。
カウンターから店内を見回し、エトルはそろりと隠れた。
右――人。
正面――人。
左――やっぱり人。
正確には妖精も紛れているがこの際良しとしよう。
言っても仕方ないと思いながら、やっぱりエトルは言ってしまう。
「どうしてこうなったのさ」
「お前がヘマ……ケガをしたからわざわざ来させるのも悪いと考えこちらから出向いたんだろう。なにかおかしいのか?」
右、棚に陳列している本棚を物色しながらユウキリがさも当然と答える。
言葉の悪意は知らんぷりしておく。
「そうよ、わざわざアタシが来てやったのよ! チェンジリング」
正面、腰に手を当ててなぜか啖呵をきってくる妖精カルティア。
「あはは、なんかわりいなあんちゃん」
「お騒がせしてます」
左、長いすに並んで腰掛けるアレットと孤児院で責任者をやっているという妙齢の女性。
右と正面には左の遠慮と同じものを要求したい。
「なあ、エトル。お菓子と紅茶は出てこないのか?」
「モテナシね! アタシが来たんだもの、早く出しなさい!」
……到底は無理そうである。
一冊の本を手に取ったユウキリが椅子に腰掛けて催促すると、カルティアまで乗っかって要求してきた。
そんな、自由すぎる二人を見て、アレットと女性が顔を見合わせている。
「今日は焼いてないです。もともと僕が訪ねるつもりでしたから、店を開けないつもりだったんです」
「そうか、無いのか」
ついに足まで組みだしたユウキリが残念そうに本の表紙を撫でる。
「ウソね!」
カルティアが突っぱねる。
「嘘じゃないから」
「じゃあ、それはなによっ!」
「なにって……」
びしっと、指さす先には、エトルのまねをしてカウンターに顔を乗せ、クッキーをさくさくしているアイシルがいるだけだ。
「アイシルだけど?」
「違うわ! その『根無し草』が食べているものよ。お菓子じゃない!」
それはそうだ、今朝アイシルのために焼いたのだから、アイシルがクッキーを持っていてもなにもおかしくない。
「カルティアさん、エトルさんはケガをしてるのですよお。あまりワガママを言っちゃいけません」
さくさくさく。
「ワガママじゃないわ! アタシがわざわざ来たのよ? だったらそこにあるお菓子はアタシが貰うべきだわ。さっさと渡しなさい!」
「イヤですう」
さっくさっく。
「この根無し草ぁあああ! アタシをバカにしてぇええ!」
魔法でも使っているのだろうか、顔をドレスと同じくらい赤色に染めたカルティアがついに地団駄を踏み始めた。
「お、おい、カルティア。落ち着けって! お菓子ならマーケットにだって置いてるよ。あとでなんか買ってやるから!」
とうとう見ていられなくなったのか、アレットが止めに入る。
広場で女の子の相手をしているのを見ていたが、やはり普段から下の子の面倒を見ているのだろう、手慣れている。
「……それはアンタがアタシにモテナシするってことでいいのかしら?」
「もてなし? あ、ああそうだそうだ、俺のもてなしを受けてくれよカルティア」
身振り手振り必死だ。
小さな男の子がここまでやっているのに、その妖精を連れてきた元上司はどうだろう。 すっかり本の世界に没頭している、良いご身分だ。
小さな男の子に現場を放り投げているエトルは静かにユウキリを睨んでおいた。
「聞いたわね! アタシはモテナシを受けたわ!」
嬉しそうでなによりだ。
そしてアレットはお疲れ様。
アレットの健闘を並んで見ていて、アイシルにも思うものがあったのだろう。カウンターから出てアレットの前で中腰になると、よしよしと頭を撫でたのだ。
「アレットさんは良い子ですからクッキーを差し上げますねえ」
クッキーを一枚その手にちょこんと乗せた。
「え、あんがと」
「いえいえ、あ、あなたにも差し上げますよお」
「はあ、ありがとうございます」
突然のことにアレットも女性も戸惑っている。
さっきからこの二人はオオカミに囲まれた子羊みたいで可哀想だ。
「ちょっと! なんでこのアタシには無いのよ! おかしいじゃない!」
「おかしくないのですよお。お菓子は良い子にだけあげるものですからねえ」
「意味わかんない意味わかんない、意味わかんなあいッ!」
ぴょんぴょん跳ねてドシンドシン足音を鳴らすカルティアを、アレットがせっかく宥めたのにって顔で見ている。
それから、手元のクッキーに視線落として、さく。
「あ、おいしい」
遠い目をしてクッキーを囓るアレット見て、今度別のお菓子も焼いてあげようと密かにエトルは思った。
さて、いよいよ収拾がつかない。
最後の砦が陥落したいま、だれがこの妖精達を止められるというのだろう。もちろんエトルには無理だ。
店内の人間達が諦め掛けたそのとき、
ぱたんっ
本が閉じた。
満を持して、ついに彼女が動いたのである。
「なあ妖精アイシル――」
向いた先はまっ白い妖精。
その視線の注ぐ先はクッキーの入った小袋だ。
たしかに、アイシルが分けてやればカルティアも納得するかもしれない。
問題はどう妖精を説得するかであるが、彼女は妖精相手のプロである妖騎兵団でも高い地位にいる女性だ。
しかも部隊管理補佐という役職は部隊に足りないものをそろえる役目もあるわけで、つまりは妖精カルティアもユウキリがスカウトしてきたということになる。
その手腕を拝めるかもしれない。
ごくりと、エトルが生唾をのむ。
「――私には無いのか? クッキー」
「ないですよお」
「……そうか」
悲しそうに呟き、ユウキリは本の世界へと戻っていった。
そうであった。ユウキリは自分の考えで勝手に行動していく、ゴーインググマイウェーを滑車に乗って突っ走るような人であった、期待してはいけなかった。
もはやエトルに出来るのは余計なことをしないで二人の争いが収束するのを待ち続けることだけだ。
「あっ、クッキー無くなっちゃいましたねえ」
「バカ! 根無し草のバーカッ! 本当に全部食べちゃうなんてバーカバーカッ!」
カルティアに怒鳴られてもアイシルは知らん顔だ。それよりもぺちゃんこになった小袋の方が大事なようで、物欲しそうに見ている。
まったく、仕方が無い。
「はい、アイシル、これで本当に今日は最後だからね」
カウンターの下からエトルが取り出したのは、午後に渡す予定だったクッキーの小袋。
「わあい! エトルさんありがとうございますう!」
クッキー程度でそんなに喜ぶことないんだ。
本当にこのまっ白い妖精はなにをするにも大げさだ。
「な、なあ、あんちゃん」
「うん?」
アレットに呼ばれて振り向くと、信じられないものを見たという顔をしていた。
アレットだけじゃ無い。
孤児院の女性も、ユウキリも本から目だけを出して、カルティアにいたっては射殺さんばかりに睨み付けていた。
「もう一個あったのになんでアタシにモテナシしないのよぉおおおおおおッッ!!!」
だってアイシルのために焼いたクッキーを違う人に上げるのはおかしいじゃないか。




