帰郷
吹き抜けた路地の真ん中に、ふとすれば立っていた。
季節は春だった。
泥臭い青さの匂いに花々が香りを撒いては風が攫って抜けていく。
建物の間を、人の間を、たなびく白雲流るる蒼空の向こうまで、どこまでもどこまでも運んでいく。
くんっ、鼻を鳴らして取り入れた外気が、まだ惚けた頭をようやく一巡したかなというころ、少年は黒曜に似た瞳に世界を認識した。
色が溢れていた。
赤に白に青に緑に、様々な色合いが忙しない市の真ん中だ。
怒号染みた豪快な笑い声が聞こえる。
親の手に縋り付きながらそれでも好奇心を抑えきれない小さな頭があっちへこっちへ回っている。
忙しない世界。
色とりどりな世界。
目まぐるしい情報の渦中。
あまりにも無限な世界。
そこにぽつんと、少年は置かれていた。
「ねえ、どうして?」
ほとんど口の中だけで言っていた。
つーと、頬から顎まで滴が流れる。
何も無かった。
少年には何も無かった、たったの一つだって無かった。
失っていた、喪失していた。
全部だ、本当に少年は持っていた全部をなくしていた。
「どうして、置いていったの?」
そう、置いてかれた。
全部を上げたのに、それなのに最後にはこっちに置いてかれたのだ。
胸を穿ったような、闇をすっかり呑み込んでしまったみたいに、ただただ、虚無感と喪失感だけが、覚えているものだった。
だから、嗚咽したのだ。
「ああっ!」
偉丈夫とは言えない、ともすれば少女とさえ見まごう矮躯を抱き締めて、少年はその場に膝を着いて、泣き喚いたのである。
「うあああああああああ!!」
どうして
どうして!
どうしてっ!!
その感情の矛先を、理解していなかった。
かけがえのないものを失ったのだと思い知っていた。
やがて、道行く人たちが足を止め、取り囲んだ。
それでも滂沱はとまらない。
まるで迷子の子供だ。
どうしていいのか分からなくなって親を呼ぶように泣き喚く幼子だ。
実際、そういう子供たちとほとんど違い無かっただろう。
自分が何者であるかとか、どこから来たのかだとか、なぜここにこうして一人で居るのかだとか、彼は何一つとして持ち合わせていなかったのだから。
ただ、
(どうして僕を一人にしたんだ!)
そんな誰に向けているのかさえ判らない困惑と悲しみを吐き出し続けた。それでも、その誰かは彼の手を引いてくれることはなかった。
どこまでもどこまでも彼は孤独でしかなかった。
「僕を、一人にしないでっ!」
石タイルにぽつぽつと涙のシミが広がる。
何も無い、何一つ無い、一人っきりだ。
これが、妖精の訪れる国『ミストエーラ』で生きる彼、『エトル』の持っている一番最初の記憶だった。