おいでませ、鉱山の街・マーユ!
「いいおじさん? 練習通りにね」
「任せとけって、演技は得意なんだ」
森の中を歩くこと1日弱。
開けた道に出た俺達は、そこからしばらく歩いて目的地である街の前へと辿り着いた。
だがここからが、ユウさん曰く"難所"だ。
街の入り口にずらりと並んだ行列。
その殆どがUターンで街から離れていく。
検問がキツいと聞いたけど、これ程とは。
通っている人は全体の3割程度だ。
もうこれは厳しいなんてもんじゃない。
前に住んでいた街と比べれば一目瞭然だ。
あの街にこんな検問は無かった。
となると、一体何のために?
「自衛ってやつ? たぶん」
「自衛……でも何のために?」
「ウチ等の上と少し仲が悪いみたいでさ、けんぺーさんとかそういうのが無いんだって」
なるほど、ちょっとわかった。
勇者を雇っているのは政府機関だ。
憲兵も治安維持が目的だから、勇者と同じ組織の下に置かれている。前に新聞でそんな事が書いてあった。
つまりその機関と仲が悪いと。
また珍しい事もあるんだなぁ……。
鉱山といえば一攫千金が狙える場所だ。
それを夢見る人々も多く集まる。
人が集まれば、治安も少し悪くなる。
しかし政府の力を借りたくない。
それ故にこの措置を取っているのだろう。
何も間違っているとは言えない。
街や国の政治に関われる立場じゃ無い。
だけど……正直これは面倒臭い。
いやまぁ仕方の無い事なんだけど。
俺達の番はもうすぐそこだ。
しかし俺の隣には"勇者"がいる。
この街とは仲の悪い組織傘下の人間だ。
だから俺達は一芝居打つことにした。
最初にユウさんと話していたのは、これから行う芝居についての最終チェックだ。
「止まれ」
遂に俺達の番が回ってきた。
目の前を阻む、鉄の甲冑を着込んだ男。
銀色の甲冑が俺達を映している。
傷はない。新品だろうか?
その輝きがまた物々しい雰囲気だ。
顔も特徴のない兜で隠れている。
この特徴の無さがまた不気味だ。
声色も低く、なかなか威圧感もあった。
恐らく検問にも慣れているだろう彼。
その彼の前を——俺達は黙って横切った。
「——いや止まれ、止まれって!」
一瞥もせず男の前を通った俺達。
この行動はどうやら彼も初体験らしい。
まさか検問を無視するとは。
まさか屈強な自分が無視されるとは。
彼の強気な声色は一瞬で崩れた。
兜の中から聞こえた声はかなり若い。
恐らく20代前半だろう。
彼は手を伸ばし俺の方を掴む。
金属の手甲が食い込み結構痛い。
だが、ここで怯んだらうまくいかない。
止められるのは作戦の内だ。
余裕を挫き、判断力を低下させる。
作戦の第一段階は上手くいっただろう。
さて、ここからは第2段階だ。
大切なのはスピード感とテンポ。
隣にいるユウさんと視線を合わせる。
彼女も準備万端だ。
よし……畳み掛けるぞ。
打ち合わせ通り、俺が最初に口を開く。
「おーっとこれは申し訳ない!」
「お前たち、一体何者——」
「私の名前はオズと言いまして、ええ! 細々とですが旅の絵描きをしているものでしてね! ええ!!」
「アタシはその助手のユウ! よろ!!」
「旅人が何故こんな辺鄙な村に——」
「それが深〜い理由があるの!」
質問させる暇も与えない。
全てこちらから語り尽くす。
交互に喋って相手の話す隙を見せない。
息継ぎや思考をする時間も必要だ。
だから、2人で畳み掛ける。
少しずつ顔も寄せて威圧感を生み出す。
彼の意識を俺達の勢いで丸め込む。
俺とユウさんで打ち合わせた通りだ。
小さな声で「は?」「え?」と呟く男。
大きな鎧の肩を萎縮させている。
さっきの威圧感が嘘のようだ。
さて——そろそろ頃合いだろう。
今の彼にはどんな話も通るはずだ。
そこに『それなりに深い理由』があれば。
幸い、俺達の理由は他の人々とは違う。
一攫千金を狙う夢追い人とは。
それを強調するように、俺は背負っためちゃくちゃ重たいオートマタの顔をちらつかせて告げる。
「この通り、私達にはオートマタの仲間がいたのですがね……つい先日、突然プツリと意識が途切れてしまったっきり目覚めないものでして……ええ」
「この街なら修理できないかなって」
突如仲間を失った旅の絵描き達。
その仲間を救う為、鉱山街に駆け込む。
ここで僅かに印象も変わって来るはずだ。
さっきの必死さは仲間を救う為だと。
だからこそ急ぐように告げてきたのだと。
物言わぬオートマタがそれを助長する。
首をカクリと傾け、動かない彼女。
その顔は、眠っているように美しい。
……どうだ、エモいだろう。
心が揺さぶられるだろう。
何とも言えぬ感傷に浸っちゃうだろう。
これぞ作戦名『エモエモ作戦』。
命名者はユウさんだ。
エモいという言葉もさっき初めて知った。
「……それは災難だったな」
「そうなんですよ……ええ……」
「しかし、この村に修理工房は」
「あー大丈夫! そこは安心して!」
彼の言葉が心配へと移り変わった。
あと一押し。それをユウさんが支援する。
彼女の上手いパスに、俺も乗る。
「修理自体は私にできますので! ええ!」
だから必要なものを買うだけでいい。
そう伝え、俺は最後に頭を下げた。
それはもう深々と。90°を僅かに超えて。
オートマタが落ちないよう耐えながら。
ここからは彼の気分次第だ。
彼の心を動かす手段は散々尽くした。
だが、決定打に至ったかはわからない。
全ては彼の意思に託されている。
俺達を不運な旅の絵描きと捉えるか。
それとも怪しい旅の2人と捉えるか。
後者になる可能性は非常にでかい。
何故なら、ユウさんはあのデコレーションされた剣を背負ったままなのだから。
……これはさっき初めて気がついた。
そういえば、明らかに設定ミスったなと。
作戦立案中に気づかなかった俺を恨む。
そして、今は奇跡を信じるしかない。
頭を下げ続けて数秒。
その数秒が、非常に長く感じた。
やがて男は溜息を吐き、小さく告げる。
「……用を終えたらすぐに出てけよ?」
「ええ! ええ!! そのように!」
「あり————っす!!!」
それはとても優しい声だった。
その言葉に俺たちは全力で甘えた。
頭を何度も下げ、横歩きで検問を抜けた。
抜ける間にも感謝の言葉は忘れない。
街の入り口を抜け、人ごみに紛れるまで俺とユウさんはこれでもかと姿勢を低くし続けた。
やがて検問は見えなくなった。
代わりにあるのは背の低い建物が並ぶ街。
ムキムキの男達が周囲を歩き回る。
女性にも体格がたくましい人が多い。
そんな彼等は全員泥や煤で汚れていた。
鉱山で働いてきたばかりなのだろう。
しかし彼等はみんな笑顔だ。
辺りには商店も酒場もある。
だが、一番多いのは酒場のようだ。
そこには性別も年齢も関係ない。
老若男女問わず呑んだくれている。
全員が酒に酔い、仲良く笑い合う。
まだ日没までには遠いのに。
一攫千金を狙う者達の集まる街。
その活気は、俺のいた街とはまた違う。
入る前はどんな街かと思ったが……。
……うん、素敵な街だ。
「潜入成功! ってね!」
「ユウさんのアシストで助かった!」
「へへ、そうっしょ?」
ハイタッチして互いを称え合う。
だが、俺の体はもう限界が近かった。
片手を離した為に重心が偏るオートマタ。
その重さに俺の体ももっていかれかける。
彼女の重さは恐らく俺の倍以上ある。
女性というより猛獣を背負うに近い感覚。
それを、俺の貧弱な体は1日近く耐えた。
……本当によく耐えてくれた。
しかしそれももう長くは続かない。
「おじさん、もうヤバい?」
「……おう、とっても」
「…………先に宿探そっか」
先に買い物の予定だが、もう無理だ。
頭の回転ももうギリギリに近い。
宿を見つけなければ安心できそうにない。
「俺、風呂のあるところがいいな……」
「それな」
風呂のあるいい感じの宿を見つける。
この大きな問題を先に済ませるため、俺は残り少ない体力を削る覚悟へと至った。