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幕間1『40歳から始める冒険者生活。』

 

 街を抜け、俺達は歩き続けた。

 20年ぶりに見る街の外の光景。

 その感覚は……あまりに新鮮だった。


 街を出てすぐの草原すら空気が違う。

 太陽の光が優しく肌を照らす。

 草の香りが鼻の奥に満ちる。

 風すら少ししっとりとしている。

 こんな心地の良い風、初めて浴びた。

 あの街でこの感動は味わえない。


 そして今は黒々とした森の中。

 一転して、昼間でも全然日が差さない。

 薄暗がりに簡易的な道が通るだけ。

 少し怖いくらいの光景だ。

 そんな森の中で、俺達は数日歩いていた。


 日は沈み、辺りの光は完全に失う。

 ユウさんは手早く焚火を組み上げた。

 そこに俺がマッチ棒で火をつける。

 今日も今日とて野宿だ。


「ふーっ! 今日もお疲れ、おじさん!」

「ああ。お疲れ様」


 荷を下ろして焚火の明かりを2人で囲む。

 この明かり、俺はなかなか好きだ。

 魔術の照明とは温もりが違う。


「……おじさん変にこだわるよね」

「え、何が?」

「火起こしなら魔術使えばいーじゃん」


 そう言って彼女は可笑しそうに微笑む。


 ……やっぱ心苦しさは慣れないな。

 彼女は俺をまだ"魔法使い"と信じている。

 その誤解が気づきそうな真実を隠す。

 マッチの使用を"こだわり"だと信じる。

 でも俺からは言い出しづらい。

 早く気づいてくれないかなぁ……。


 と、ナイーブになっている暇はない。

 今日も一日を締めくくる。

 となると……アレ(・・)が待っている。


「よーし! じゃあ今日もー!!」

「………………」


 彼女は嬉しそうに言葉を溜める。

 でも俺はその逆。

 彼女のようには喜べない。

 これから起きる、旅の試練に。


「ディナーターイム!!!」

「おー」

「もっとテンション上げて!!」

「お、おー!!」


 拳を天高く突き上げるユウさん。

 それに急かされ、俺も拳を挙げる。

 テンションもなんとか彼女に合わせた。

 しかし内心は複雑だ。

 この冒険の唯一の不安(・・)点。

 そしてユウさんの楽しみの一つ。

 夕飯が、始まる。


 ……さぁ、覚悟を決めるぞ。


 * * * * * * * * * *


「かんせーー! いただきまーす!!」

「…………いただきます」


 調理自体はいとも簡単に終わった。

 言っても野宿中にできる料理だ。

 簡単な調理品が多い。

 それでも今日の献立は3つ。

 この状況ではかなり多いほうだろう。

 これもユウさんの冒険慣れの賜物だ。


 ……さて、じゃあその献立を見ていこう。


 1品目はメイン兼スープの『森ウサギと野草のトマトクリーム缶煮込み』。

 名前だけならそれなりに美味しそうだ。

 しかし俺は、『調理工程』を知っている。

 森ウサギはユウさんが捕獲したもの。

 血抜きから内臓なきまで全部見ている。

 その毛皮を剥ぎ、豪快に真っ二つ。

 それをトマトクリーム缶で煮たものだ。

 野草は肉の臭い消しである。


 2品目は付け合わせの『キノコソテー』。

 見た目だけなら一番マシだ。

 キノコを切ってバターで炒めただけだ。

 このキノコも昼間収穫したものだ。

 ……赤や緑、鮮やかな傘の色をした明らかに"ヤバイ"見た目のキノコを。

 彼女曰く「おいしい」らしい。

 本当だろうか。

 ……信じていいのだろうか。


 3品目は『蛇の丸焼き』。

 下処理した蛇の丸焼きだ。

 これは……説明もいらないだろう。


 それに加えて主食の固いパンとお茶。

 これらだけが、俺は安心して食べられる。


 俺はこれを『飯テロ』と名付けた。

 見た目や過程が食欲をゴリゴリ削ってくる。

 でも食べないと明日が応える。

 初日に夕食を抜いたおかげで知っていた。

 それでも、一回は尋ねる。


「……本当に食べれるのか、これ?」

「見た目に慣れたらイケるし」

「慣れ、か……ゴクリ」


 木皿に盛られた三品を見つめる。

 見た目はどれも"ヤバイ"。

 口に運ぶには相当勇気のいる三品だ。

 しかし食べないと明日の旅にガタが出る。

 ユウさんに苦労させるのは嫌だ。

 俺は意を決し、ソテーから口に運んだ。


 …………美味いなぁ!

 噛みしめる度にキノコの旨味が滲み出る!

 まろやかなバターとの相性も最高だ!

 味付けもシンプルに塩だけ……!

 これがまたキノコの本領を引き立てる!

 キノコの味を、芳しい香りを盛り上げる!

 こんなに危ない見た目のキノコなのに!


 そう……食べれば全部美味しいのだ。

 俺も3品全ての調理を手伝った。

 その過程に不味くなる要素は一つもない。

 調理中の香りは食欲をそそる。

 ただ、完成品の見た目が悪いだけで。


 蛇もウサギのトマトクリーム煮も美味い。

 明日への活力がモリモリ湧く味だ。

 これでまた元気に旅ができる。


 しかし皿を見てはいけない。

 見ると精神的な何かが持っていかれる。

 だから少しずつ食べるしかない。

 冷めないうちに、それでも少しずつ。


「そういえば、旅はどう? 慣れた?」


 そんな悪戦苦闘の中、彼女は尋ねてきた。

 食事に慣れろという会話からの続きだ。

 確かに彼女も気になるだろう。

 旅を初めてそれなりに日を跨いだ。

 俺はこの歳で初めての冒険。

 そろそろ無理が来てもおかしくない。


 だが、意外にも俺は余裕だった。

 今のところ初日に夕飯を抜いた時くらいしか体に無理がきた事はない。

 疲れも少しずつ少なくなってきた。

 体力がついてきたのだろうか。

 理由はどうあれ、まだいけている。


 これを慣れというなら、答えはイエスだ。

 その答えを彼女に告げた。


「ならオッケィ!」

「でもこのご飯はなぁ……」

「すぐ好きになるって……ひひひ」


 そう言うと彼女は夕飯を平らげた。

 量もそこそこあったのだが……早い。

 俺はもう少し時間がかかりそうだ。


 彼女は食べ終えると自身の旅行鞄を漁る。

 かなり大容量なベージュ色のリュック。

 旅の道具が全て詰まった最強のお供だ。

 そこから彼女は、地図と方位磁針を出す。

 更にコンパスと筆記用具、定規もだ。

 これらを使って今日歩いた距離を地図に書き入れ、明日の移動距離や場所を算出する。

 食後の彼女の日課らしい。


 地図にカリカリと印を書き込む。

 今日はそこそこ距離を歩いた。

 しかし"目的地"には遠い。

 彼女と俺の目指す共通の目的地には。


 そう、俺が乗り遅れた列車の行く先と彼女の目的地は同じだったのだ。

 その名も"娯楽の街・ヴェガス"。

 一晩中眠らないカジノの街だ。

 そこにショー劇場もひしめき合っている。

 俺はそこで再起を図ろうとしていた。

 彼女の目的は、まだ聞いていない。


「どっかで備蓄買い足さなきゃ」


 列車で一週間かかる距離を歩く。

 最短距離でも相当な道のりだ。

 備蓄の補給無しではさすがに無理がある。

 彼女もそれを計算に入れていた。

 その計算は非常に手慣れたものだ。

 口調は軽いが、地頭はいい。

 俺の彼女への印象はそう変わっていた。

 俺の正体には気づいてくれないが……。


「ふぅ、ご馳走さま」

「遅いなー……でもイケるっしょ?」


 食べ終わるとユウさんは茶化してきた。

 確かに食べ終えてみればなんてこと無い。

 ただ、まだあの前置きは続きそうだ。

 献立が2巡くらいするまでは。


 俺も食後は彼女と同じく鞄を漁る。

 キャラメル色の大きな手提げ鞄。

 その中から、チョコとお酒を取り出す。

 旅行の3日前に給料で買ったアレだ。

 それらをつまみ、彼女の作業を手伝い、夜空と自然のコントラストを楽しむ。


「あ、おじさんばっかずるーい」

「……いる?」

「うん!」


 たまに彼女にもチョコをあげながら。


 40歳から始めた冒険者生活。

 不安はあるが、今のところ順調だ。


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