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おじさん、魔法使いで食っていこうと思うんだ……。

 

「はぁ〜……」


 三日後の朝。

 俺は街の駅にあるベンチで項垂れていた。

 朝という事で、構内は霧で曇っている。

 人の熱気と列車の蒸気が生み出す霧。

 街の流通や交通を一手に担う駅であるため、利用客も駅自体の大きさもかなりの規模だ。

 その中には、東山人々の生活もある。


 眠い目を擦る子供を連れた1組の夫婦。

 たぶん家族水入らずの旅行だろう。

 子供は早起きに慣れていないのだろうか。

 少し足元もおぼついていない。


 別のホームでは客車に荷物を積む男たち。

 巨大な木箱を軽々と投げ入れている。

 そんな雑でいいのか? 一応品物だろうに。


 俺もまた、そのドラマの一員だ。

 役柄で言えば……そう。


 "意気揚々と3日もかけて旅の準備をしたはいいものの、月に2回しか来ない肝心の長距離列車に出発時刻を間違えて乗り遅れたおじさん"


 ……かな。


「はぁ〜〜…………」


 全て自業自得だ。でもため息を吐く。

 20年も駅を利用しなかったボロが出た。

 駅の構造をさっぱり忘れていた。


 ただ、乗り遅れたのにも理由がある。

 連絡通路と階段で入り組んだ経路。

 アバウトな案内図。

 そのくせ整備された景観。

 目印も景色に溶けてしまっているのだ。

 そう、この駅は滅茶苦茶入り組んでいる。

 おかげで30分近く駅を彷徨った。

 迷子になった末の乗り遅れだ。


 折角荷造りした鞄が俺の足と並んでいる。

 彼の役目も無駄にしてしまった。

 20年ぶりの旅なのに、申し訳ない……。

 『ならすぐに帰ればいいじゃん』

 と、それすらできないのだ。


 旅立つことを決めて3日。

 賃貸の契約を解除してしまった。

 勤め先の工房も退職した。

 何なら盛大に旅の幸運を祝ってもらった。

 工房長から餞別の品ももらった。

 それで今更戻るなんて、かっこ悪すぎる。


 でもどうすればいいんだ。

 この街の宿はそこそこ高い。

 次に目的の列車が来るまで約半月。

 その間に前の同僚に見つかりでもしたら……俺は恥ずかしさで死ねる。


 だけど他に案も浮かばないしなぁ……。

 目的地以外だと行きたい場所無いし。


 旅に慣れた知り合いでもいれば…………。


「あ、いたいた! おじさーん!!」


 遠くで少女が叫んでいる。

 だが、叫び声など珍しくはない。

 誰かを呼ぶなら大声が最適だ。

 何よりこんなに騒がしいのだから。


 彼女の呼ぶ名は"おじさん"。

 その声はどこかで聞いたことがある。

 3日くらい前に、俺は同じ声を聞いた。

 同じ声で、俺はおじさんと呼ばれた。


 ……あれ?


「おじさーーーん!!」

「ゆ、ユウさん!?」


 間違いない、この声はユウさんの声だ。

 俺は顔を上げて声の主を探す。

 駅を利用する人々の群れ。

 そこに彼女の姿が見つからない。

 大人の身長に彼女が隠れてしまっている。

 それでも俺は探し続けた。

 そして……見つけた。


 手を振りながらこっちに走り寄る少女。

 白いブレザー姿を見間違う事もない。

 背中の大剣も健在だ。


 そしてすぐに俺の元へ辿り着く。

 息を切らし、自らの膝に手を置く彼女。

 運動神経が良い彼女か呼吸を乱すなんて。

 どれだけ急いで来たんだ……?


 だが俺の心配なんて御構い無し。

 彼女はすぐに顔を上げて喋り出す。


「良かった! ギリ間に合った!!!」

「え、な、何でここに!?」

「いろんな人に聞いて回った! おじさん、旅に出るんだよね!?」

「ま、まあそうだけど」

「ならさ! 提案があるの!!」


 畳み掛けるように目的を告げる彼女。

 それをたじろぎながら聞く俺。

 当然俺たちに周囲の視線が刺さる。

 俺はそれに気づき、周りへ頭を下げた。

 そんな中、彼女は繰り返し告げた。

 彼女の抱く提案の内容を。


「ウチとパーティ組まない!?」

「パーティ……?」

「一緒に旅しないってこと!!!」


 俺が聞くと彼女は簡潔に答えた。

 しかし俺は言葉の意味を知っている。

 パーティ……それは冒険者の集団。

 旅する戦士達をくくる名前だ。


 だが勇者のパーティは少し意味が違う。

 勇者とは政府直属の精鋭戦士だ。

 その仲間となれば、全員屈強揃い。

 危険に身を投じるのもものともしない。

 勇者を支える心強い仲間の事だ。

 当然、それだけ名誉もある。

 代わりに危険はつきものだが。


 ユウさんは俺にそれを頼んできた。

 しかし俺には見当がつかない。

 確かに数日前は危険に身を投じたが。

 でも、結局彼女に助けてもらった。

 当然そんなに強くもない。


 なのに、なんで俺?

 それを聞く前に、彼女は疑問に答えた。


「だっておじさん、魔法使いでしょ?」

「……え?」

「めっちゃ勇敢な魔法使い! ちょっと年は離れてるけど、おじさんとなら息が合いそうだなって!!」


 …………え?(2度目)

 嬉しいけど、な、何だこの勘違い。

 何で俺を魔法使いだと思い込んでいる?


「あの子の前で使った魔術! どーやったか、教えてくれてないじゃん」


 あー、なるほど。

 言われて俺も思い出した。

 そういえば初めて会った時に言ってたな。

 俺の手品の仕掛けがわからないって。

 でも俺はタネを教えなかった。

 聞かれてもタネは絶対教えない。

 それが俺の流儀。

 手品を楽しむためのルールだ。


 でもまさか魔術と勘違いされるとは。

 嬉しいけど、それは誤解だ。

 ならまずはその誤解を解かないと。


「あれは手品で」

「て、じ……何それ知らない」


 ……まぁそれもそうか。

 この年代の子が知ってる訳がない。

 20年前ですら認知数少なかったし。

 となると説明も難しいな。

 他には…………。


 あっ、そうだ。

 手品には別の呼び方もある。

 当時はそっちの方が使われていたはず。

 そっちなら知っているかもしれない。


「"マジック"ってわかる?」

「知ってる、当たり前じゃん」


 ビンゴ、大当たりだ。

 この名前なら知っていたか。

 なら説明も早い。俺が使ったのは手品(マジック)だったのだと、彼女に教えれば……。


「魔術の別名でしょ? "マジック"」


 おっと違う!

 そうか、今の子はマジック=(イコール)魔術か!

 昔はあんまり使われてない方の名前(マジック)を借りてたから魔術と少しだけ区別されてたけど!

 手品絶滅寸前の今、使い分けも無い!


「やっぱおじさん魔法使いじゃん!」


 全然誤解が解けないじゃないか……。

 こうなると説明も難しい。

 多分彼女は手品を認識できない。

 となるとやはりタネを明かすしかない。

 でもそれは俺の流儀と異なる。

 まずい、プライドと誤解の板挟みだ。


 もっと早く駅を出ればよかった。

そうすれば彼女とも会わずに済んだ。

 俺と再び会わなければ、彼女が描く俺の理想像も綺麗なままで終われたのに……。


 だが俺は駅を出られなかった。

 出ても金とプライドがすり減ってしまう。

 クソッ! どっちにしろプライドかよ!

 こんなものに振り回されて嫌になる……。

 大の大人だってのに…………。

 情けなさで、俺は再び項垂れた。


「……どうしたの、おじさん?」


 ユウが俺に心配の言葉をかける。

 一回り以上年下の子から心配される、か。

 とことん情けないな、俺。


 でも……もういっか。情けないついでだ。

 ここまでの経緯を全部話してしまおう。


「実は俺、列車に乗り遅れちゃって」

「え……マジ?」

「それに家も解約しちゃってさ……」


 年下のギャルに愚痴を言う。

 そんなくたびれたおっさんが、今の俺だ。

 全部自業自得が招いた結果なのに。

 それを他人事のように語った。


 俺は魔法使いなんかじゃない。

 ダメダメなおじさんだ。

 だから、他を当たってくれ。

 俺は暗にそう伝えたかったのだ。

 直接言うのは、心苦しかったから。


 ……なのに、彼女は。


「アハハ! それなら頼ってよ!」


 そう言って俺に手を差し出した。


「アタシはおじさんの力を借りたいし、おじさんもめっちゃ困ってるんでしょ?」


 ……クソッ、本当にダメだな。俺。

 隠し事をする癖が付いている。

 おかげで彼女の誤解を何一つ解けない。

 なのに彼女に心配させてしまった。

 同情までさせてしまった。

 俺の狙い通りに全然行ってくれない。

 幼女を助けて強盗を倒したあの日。

 あの日の俺なら、何とかできたのに……。


「ならさ、助け合おうよ」

「………………」

「ね?」


 助け合おう……やはり何も気づいてない。

 俺はユウさんを助けられない。

 救われるのは俺だけだ。

 勘違いを良いことに力を借りる。

 彼女の手を取るとは、そういう事だ。

 そんなの詐欺と何も変わりがない。


 それでも俺は手を取るのか?

 彼女を騙して、助けてもらうのか?

 俺は……。

 俺は…………!!


「……後悔させないぜ?」

「…………ひひっ、その台詞も古すぎ」


 俺は顔を上げ、彼女の手を取った。


 嘘はいずれ絶対にバレる。

 何なら俺がタネを明かせばバレる。

 でも今は、気づかれていない。

 彼女の中の俺は"魔法使いのオズ"。

 不思議な魔術を使う魔法使いだ。


 ならば、俺は彼女の理想像を借りよう。

 彼女の期待に全力で答えよう。

 嘘をつくのは得意だ。

 隠し事は仕事の一部だ。

 演技もそれなりに得意だ。

 何せ、俺は手品師。

 嘘偽りで魔術の模倣をする芸人だからな。


 その一芸を、ユウさんに捧げる。

 1人の魔法使いとして。

 彼女の旅の仲間として。


「行こ、おじさん!」


 ベンチから立ち上がり、前を見据える。

 そこにいたのは笑顔を浮かべるユウさん。

 俺の危機を2度も助けてくれた少女。

 ギャルで勇者で、俺の旅の仲間。

 彼女と共に俺は旅立つのだ。


 喧騒の中に俺達は馴染んでいく。

 煉瓦造りの床を歩く2つの足音。

 それがいくつもの足音の中に消えていく。

 乗客や駅で働く者達の中に解けていく。

 駅の賑やかさが俺たちを隠す。

 賑やかな駅で起きるドラマの一役者。

 俺の役が、少しだけ変わった。

 もう情けないおじさんではいられない。

 これからは、勇者パーティの魔法使いだ。


 やがて俺達は、駅の外に出た。

 そこに広がるのは街の景色と青空……ん?


「あれ、列車じゃ無いの?」

「うん。歩きだけど」

「…………マジ?」


 彼女は大通りを指さして言う。

 確かにあの先にも街の外に続く道はある。

 歩きで街に来る旅人もいる。

 でも俺は、年齢が年齢だ。

 ユウさんのように旅に慣れてもいない。

 長距離歩いた経験も少ない。

 いつ腰やら足がぎっくりと言うか。


 そんな心配していると、ユウさんはおれに微笑みかけながらら自らの背中を親指で差した。


「いざとなったら背負(おぶ)ってあげるって」

「……いや、頑張る」


 泣き言を言っていられるか。

 やるぞ俺は。

 おじさんの底力、見せてやる。 


 こうして、俺とユウさんの旅は始まった。

 旅の終点は……まだ決めていない。


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