JKが勇者になったワケ
その日の夜。
俺は自分の狭い借家へ戻っていた。
窓から望む夜の景色と月光。
これを眺めて、おしゃれを気取る。
それが俺の給料日の楽しみだ。
ボロボロのテーブルに好物を並べる。
高級店の粒チョコと、安い果実酒。
それを座り慣れた椅子について楽しむ。
いつもなら、これで自分の世界に入れた。
しかし、今日は少し気分が違う。
2つも妙な事件に巻き込まれた後だ。
片方は命まで奪われかけた。
こんな経験、もう今後ないだろう。
……いや、経験が全てではない。
俺の中で何かが変化している。
それを僅かながら実感していた。
夜空に浮かぶ満月を眺めながら、俺は"あの後"の事を少しずつ思い出す。
* * * * * * * * * *
「おつかれ、おっさん」
強盗事件が解決して数分後。
俺は憲兵団に保護されていた。
さっきまでなかった疲れが押し寄せる。
年甲斐もなく無理してしまったか。
憲兵団に帰らないよう言われた俺は、銀行の隅にある花壇の淵に座っていた。
そこに、俺の命の恩人は現れた。
両手に湯気の立つマグカップを持って。
「隣、座っていい?」
「いいよ、でもおっさんはやめてくれ」
そう断って、彼女は俺の隣に腰かけた。
彼女から手渡される白いマグカップ。
何の飾り気もない簡素な量産品だ。
憲兵の数名も同じものを持っている。
その場に残る俺より前に出た人質達も。
俺のマグカップにはコーヒーが。
彼女のには野菜のスープが注がれている。
配給されているのだろうか。
こういう配給品を飲むのは初めてだ。
味は……うん、普通だ。
苦味も香りも酸味も何の特徴がない。
本当にただのコーヒーだ。
ある意味、これのほうが落ち着く。
変に拘られると日常感が薄まってしまう。
今は、解放された日常を味わいたい。
だが日常は勝手に戻ってきた訳ではない。
というか何なら失いかけていた。
それを取り戻してくれたのは他でもない。
俺の隣に座る彼女だ。
彼女は俺の命の恩人だ。
しかし、その命の恩人の名前を知らない。
今の今まで聞きそびれてしまっていた。
俺が尋ねると、彼女は快く返してくれた。
「ユウ・ゲイル。かっこいいっしょ?」
自らの名前を"かっこいい"と誇る彼女。
そんな彼女に、自然と好感が持てる。
かっこいいかはわからないが。
ただ、彼女らしい名前だと思った。
勇者のユウ……音感がいい。
……っと、俺ばかり聞くのは失礼だ。
慌てて俺も自分の名を告げる。
オズ・ボウン——凡庸な名前だ。
「オズ……おじさんでいい? 音感近いし」
だがしかし、まさか俺の名前がこんな捉え方をさせるとは思わなかった。
確かにオズさんとおじさんは似てる。
そんな事、俺も今気づいた。
まあでもおっさんよりかはいいか。
おじさんのほうが少しマイルドだし……。
ってな訳で、俺の愛称は決定した。
そのまま俺とユウさんは別の会話へ移る。
互いにスープとコーヒーを飲みながら。
次の話題は、今回の事件についてだ。
「よくあんなコトできたよね、マジ尊敬」
「ユウさんカッコよかったって」
「へへ……それマジ……?」
「お、おう……ははは…………」
……恥ずかしいっ!
なんだこの、青春特有のむず痒さ!
俺もう学校卒業して20年以上だぞ!?
多分この子とも年齢差は一回り以上だ!
なのに、な、何だこの初々しい会話!
もう少し余裕を持て!!
劇場にいた頃はこんなこと無かったぞ!
コーヒーを一気飲みして落ち着きを保つ。
ふぅ……そうだ、何も恥じる事はない。
俺は今日、それだけ頑張った。
俺は憲兵団に当時の状況を伝えていた。
それが彼女にも伝えられたようだ。
彼女自身、今回の強盗団を追ってこの街へと訪れていたらしい。
通りで見ない服を着ていると思った。
この街で白い制服の学校など無い。
「白いブレザーって珍しいよな」
「そりゃウチしか着てないし」
「……と言うと?」
「この生地ね、勇者専用の特殊なヤツなの」
「特殊なヤツ……破れにくいとか?」
「そんな感じ。デザインしたのはアタシ」
へぇ、勇者の装備ってそんな感じなのか。
どうやら服はそれぞれ勇者の発注通りにオーダーメイドされるらしい。
それで彼女は慣れた制服を選んだという。
やはり現役で学生の年齢らしい。
俺目線だと、そんな彼女が異色に見えた。
現役学生で見たままギャルの勇者。
恐らく滅多に効かない経歴だ。
やはり苦労しているのだろうか。
「女勇者ってやっぱ珍しい?」
「えー!? おじさん遅れてる!!」
「な、何で!?」
「最近じゃケッコーいるんだよ? 女の子で勇者やってるってヤツ!!」
……時代も変わったなぁ。
10年前は勇者=男の仕事だったのに。
まあ勇者職の人口自体少ないけど。
そのまま彼女は親切に教えてくれた。
今や勇者の中で女性の人口は2割。
割合は少ないが、確実に人数はいる。
彼女もその中の1人らしい。
なったのはつい最近だと言うが。
でも、やっぱり不思議は残る。
女性の人口が増えているのはわかった。
だが今度は年齢が少し浮いている。
未成年の勇者なんて聞いたことがない。
性別ばかり気にして見落としていた。
そうなると、やはり気になってくる。
彼女が勇者になった理由が。
「ユウさんは何で勇者に?」
「あ、それ聞いちゃう?」
訪ねると、彼女は自慢げな顔をする。
本当に何でも教えてくれるな。
大丈夫なのか? 少し心配だ。
「最初はガッコでメチャクチャ成績良くてさ、それで勇者にならないかって誘われて……」
誘われるまま勇者になった……という、以外にテキトーな理由だった。
となると信念もあまり湧きづらい。
彼女も最初はそうだったらしい。
日々訪れる依頼を惰性でこなす日々。
楽しいことが見つからない。
孤独な旅にも飽きていたという。
その後も愚痴を次々に吐き続ける。
出るわ出るわ、嫌な過去が次々と。
しかし、それを語る彼女は笑顔だった。
辛い過去を笑い飛ばしていた。
懐かしい……良い思い出のように。
「でも、今は好きでやってる」
「そうなるきっかけでもあったのか?」
「うん。それがさ」
最後に俺はそう尋ねた。
今の彼女から、過去は全く想像できない。
彼女の語る過去とまるで別人のようだ。
その理由を俺は知りたかった。
いかにして、彼女が今にたどり着いたのか。
すると彼女は手に持ったスープを一気に飲み干し、清々しい表情を浮かべて答えてくれた。
「助けた人の笑顔見たら、嬉しくなった!」
そう言うと、彼女は少し頬を染めた。
* * * * * * * * * *
回想を終え、俺は視線を落とす。
グラスの酒はあまり減っていない。
チョコレートも2、3粒消費しただけだ。
いつもならお酒は2杯目に入っている。
でも、今日の俺は違っていた。
手品を生業にして20年。
今の俺はまるで、初めて手品に触れた頃のように潤いを取り戻そうとしていた。
笑顔を見ると嬉しくなる。
……何故こんな事を忘れていたのだろう。
幼女と会った時もそうだったじゃないか。
俺は、笑顔の為に手品師になったんだ。
俺は視線を落とす。
机のとなり、ベッドの下へと。
埃を被った荷物が押し込まれたベッド下。
かつて使った手品道具もそこにある。
手作りした大掛かりな種も。
たった一度だけ着た妙な衣装も。
そして、ベッドの端。
キャラメル色の旅行鞄が覗いている。
俺がこの街に来た時に持ってきた鞄だ。
他のどの荷物よりも埃を被ったそれ。
20年前から一度も使っていないのだ。
街の外に出てすらいない。
全てが街の中で事足りたから。
しかし、今は違う。
このトキメキをこの街は満たせない。
新たな職につくことはできた。
だが、そこは俺の居場所ではない。
『手品師/オズ・ボウン』の居場所では。
「俺も、行くか……!」
俺は完全にユウに触発されていた。
でもそんな事はどうでもいい。
動機なんて不純なくらいが丁度良い。
俺も旅に出よう。
新天地……新たな居場所を探す旅に。
思いつくままに、俺はベッドの下から旅行鞄を引っ張り出した。