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ギャル勇者推参!!

 

 少し長い白石の階段で地下へと降りた。

 そこに広がる光景は20年前と変わらない。

 橙色の照明が入り組んだ廊下を照らす。

 蟻の巣のように張り巡らされた迷路。

 その迷路を構成する岩壁のあちこちに、金庫の黒光りする鉄扉がドアのように埋め込まれている。

 この中のどこかに、雑貨屋の金庫がある。


「さあ、案内しろ」

「う、うむ……」


 火炎放射器を突きつけられ前を歩く。

 その後ろを、屈強なボスがついて来る。

 Uターンして逃げる道は絶たれたか。

 そもそもそれで逃げられると思わないが。

 仕方ないので、まずはまっすぐ進んでいく。


 さーて……どうしよう。

 強盗への介入はうまくいった。

 自分の身分を偽ることも成功した。

 人質も俺を除き全員解放できた。


 ここまでの作戦は、完璧だ。

 ここまではな。

 ここまでしか考えてなかったし。


 今日の運ははちゃめちゃに狂っている。

 偶然雑貨屋の金庫も見つけられるんじゃ?

 暗証番号も一発で解除できたり。

 ……なんだこの希望的すぎる観測は。

 そんな上手くいくわけないだろ。


「歩く速度が遅いぞ」

「床に座らせていたのはどこの誰だ?」

「……言うじゃねぇか」


 結果、俺に残された道は一つ。

 作戦名『牛歩戦術』。

 ——時間稼ぎだ。


 幸い地下はそれなりに広い迷路状だ。

 順路の選択肢はいくらでもある。

 ランダムに進路を変えれば時間は稼げる。

 その間に、作戦を建てるしかない。


 左、右、右、左、右、まっすぐ、右……。

 時折道を選択しつつ迷宮を彷徨う。


「やはり強盗は手慣れているのかね?」

「その質問に答える義理は無ぇ」

「そう言うな、私の知らない世界だ」

「フッ……まあそうだろうな」


 などと言って会話を交わしながら。

 勿論俺の告げた理由は嘘だ。

 銀行強盗の世界になんか興味はない。

 会話に集中させ、時間稼ぎを隠蔽する。

 そうでないとこれ以上違和感が隠せない。


「俺は銀行強盗が"生業"でな」

「仕事……という事かね?」

「ああ、銀行を襲う代わりに雇い主からこういう武器を提供してもらっていてな」


 そして以外にも、彼は会話に乗ってきた。

 俺に恐らく一生使わない知識がついた。

 最近の強盗はそんななのか……。

 妙に武装が豊富なのもそれが理由か。


 この街はまともだけど、物騒な世の中だ。

 犯罪がそこまで組織化しているなんて。

 平和はやっぱり大切だ……。

 毎日ありがとう、憲兵団の皆さん。

 良ければ俺も助けてくれると嬉しいです。


「まあ結局楽はできね……ん?」


 強盗の苦労話が始まった、と思った時。

 不意に彼は怪訝そうな声を出した。

 同時に背後の足音が止まる。

 すると、すぐに静寂は訪れた。


 背後のボスはどうやらよそ見をしている。

 今から走れば逃げられるかもしれない。

 幸い、階段までの道順は予想できる。


 バレないようにゆっくり距離を取る。

 少しずつだが離れていく俺とボスの感覚。

 ある程度離れたら走り出そう。

 火炎放射器の射程はわからない。

 だが、逃げられるならやるしかない。


「止まれ」


 しかし、俺の希望はすぐに砕かれた。


「ど、どうしたかね?」

「この道さっきも通ったよな」


 問いかけにボスは簡潔な返事をする。

 彼の言っている言葉の意味がわからない。

 なので俺は、一度後ろを振り返る。


 ……火炎放射器が俺に向けられている。

 ボスの表情は——笑いながら怒っている。


 咄嗟に俺は辺りを見回した。

 すると、そのボスの背後。

 確かに俺も見覚えのある通路があった。

 これはまあ、凡ミスというやつだな。

 命がけの状況でかましたドジだ。


 ……やっべ。


「やりやがったな?」


 彼の口許がニヤリと口角を上げる。

 しかしその目は完全にブチ切れている。

 子供なら一目で泣き出しそうな顔。

 流石犯罪を職業にされてらっしゃる。


 もうこれ以上騙すのは無理だ。

 彼の顔を見て愛想笑いを浮かべる。

 この笑顔に免じて許してくれないだろうか。

 そんな願いが当然彼に届く事はなく。

 彼は火炎放射器の引き金を引いた。


 吹き出される超火力の爆炎。

 しかし距離を開けていたのが幸いした。

 咄嗟に跳びのき巨大な炎を回避する。


 目の前まで迫った真っ赤な炎。

 それに触れたネクタイの先が少し焦げた。


 くそっ……お気に入りだったのに!


「いきなり撃つ奴がいるか!」

「金にならねぇお前に価値なんか無ぇ」


 俺は怒りに任せ抗議した。

 しかしボスはそんな事知る由もない。

 すぐさま再び爆炎をぶっ放つ。

 またもや俺はそれをなんとか回避した。


 完全に俺を殺す気でいる彼。

 その目は獲物を狙う獣の目だ。

 いかに殺そうか、それを定める目だ。


 ……しかし、残念だったな。

 俺を殺そうとするのは勝手だ。

 しかし俺も生きる為に必死に策を講じた。

 お陰で既に俺の策は発動している。

 それを示すため、俺はゆっくりと自分自身の腕を上げてボスへと見せつける。

 すると彼は、途端に表情を驚きへ変えた。


「腕の拘束は!?」

「ああ、それなら足元見てみ?」


 そう、俺の拘束は既に解けている。

 よそ見している間に抜けさせてもらった。

 手品師たるもの拘束は抜けて当然だ。

 俺の場合、特技で全身の関節が外せる。

 手首の関節を外せば脱出など余裕だ。


 あと、拘束の縄は再利用させてもらった。

 彼は足元を見て再び驚愕する。

 太い左足首をしっかり捉えた縄のわっか。

 その縄は、近場の金庫の取っ手に空いた空洞部分へがっちりと結びつけさせてもらった。


 うまく言ったのを確認し、俺は振り返る。

 同時に彼は怒号を上げて炎を放った。


「待てやァ!!」


 死に物狂いで走り出した俺。

 その背中に猛烈な熱の感覚が走る。

 ギリッギリで炎は回避できた。

 あとは階段に向かって走るだけだ。


 入り組んだ道を勘を頼りに走る。

 階段のある方向は覚えている。

 行きのルートとは違うが辿り着けるはず。

 そう思い、廊下をがむしゃらに曲がる。

 ここを曲がれば、階段が……!


「…………ないっ!?」


 そんなバカな、行き止まりだと!?

 確かにここを曲がれば階段に着くはず!

 何故……いや、わかった!


 階段から降りた直後はまっすぐだ!

 曲がれる道は少し歩いてから!

 くそっ……また凡ミスをやらかした!

 来た道を戻るため再び走り出す!


 ……しかし。


「運が悪かったな……」


 角を曲がると、そこには既にボスがいた。

 咄嗟に俺は袋小路へと後ずさっていく。

 その足元には焼き切れたロープの跡。

 焼いて脱出したって事か。

 本当に運が悪いな……くそっ。


「死ね……ん?」


 万事休すか、俺はそう思っていた。

 しかしボスは再び何かに気づき、攻撃しようとする手を止めた。

 再び静けさと無音が——戻ってこない。


 頭上で何かとてつもない音がしている。

 炸裂音に破砕音、そして男達の悲鳴。

 悲鳴が聞こえる度に激しさは減っていく。

 やがて静けさが騒音に勝った。

 と、思ったその時。


 ——ドッゴォォォオオ!!!!——


 正にそんな轟音と共に天井が抜けた。

 俺の背後に上で起きた何かが降ってくる。

 一体全体、何がどうなっている?

 俺もボスも今の心境は同じはずだ。

 振り返ると、土煙の中に全容はあった。


「ふぅ…………あれ?」


 天井が抜けて落ちてきたもの。

 それは、瓦礫だけではなかった。


 瓦礫の上に俺は協力した男が倒れている。

 その上に置かれた、何者かの足。

 艶のある靴と白いソックス。

 そしてスラリと伸びる細い足。


 徐々に視線を上げていく。

 白を基調としたチェックのスカート。

 たまに街で見かける学生の着るブレザー型の制服の、少し珍しい白い衣装。

 そして、腰に携えた巨大な剣。

 それを飾るアクセサリーが輝いている。


 この妙な格好の人間は、1人しかいない。


「あ、おっさん」

「よ、よう!」


 顔を合わせてそれを確認する。

 やはりあの時のギャルだ。

 しかし何故こんな所に?

 そして、何故こんな事になっている?


「誰だテメェは!!」

「『勇者』って言えばわかるかな?」

「ゆ、勇者だとぉ……!?」


 威勢良く問いただすボス。

 しかしその返答に、彼はすぐたじろいだ。

 そして俺の疑問も同時に解決する。


 『勇者』……それは最強の称号。

 世界に一握りだけ存在する精鋭戦士達。

 戦闘能力はまさに一騎当千。

 大犯罪を身一つで解決させてしまう猛者。

 俺でもそれくらいは話に聞いている。

 この子が、その勇者だというのか?


 彼女は辺りを見渡し、状況を把握する。

 すると彼女は何故か少し微笑んだ。

 そして、ボスを指差し宣言する。


「もう上の下っ端は全員ぶちのめした! ココもウチを雇った憲兵隊が囲ってる!!」

「くっ…………!」

「アンタもお縄につくっきゃないっしょ!」


 ……本物だ。

 確信できるような証拠はない。

 だが俺はそれを信じられる。

 彼女は確かに、本物の勇者なのだと。


 まさか再会がこんな形とは思わなかった。

 しかしおかげで救われた。

 本当に『勇者』なら、この男も……。


「こ、この男がどうなってもいいのか!?」

「へぇっ!?」


 間抜けな声が俺の口から漏れた。

 気づくと俺はボスの腕の中にいる。

 彼女の登場に、俺は完全に安心していた。

 もっと言えば油断しきっていた。


「離れろ! このオッサン殺すぞ!」


 頭に火炎放射器が突きつけられる。

 首を体ごとがっちり腕で締め上げられる。

 正に人質らしい人質だ。

 俺の命は、目前のギャル勇者に託された。


 彼女はまっすぐ俺の目を見ている。

 青い瞳が曇りなく俺の姿を映す。

 しかし、それは妙な状況だと理解できた。

 普通は強盗を見るんじゃないか?

 人質ではなく犯罪者のほうを。

 なのに何故、彼女は俺を……。


 ……いや、そうか。

 俺のやっていたことと同じだ。

 目と目が合えば意思疎通はできる。

 僅かではあるが信頼も結ぶことができる。


 わかった。信じていいんだな?

 お前の指示に従えばいいんだな!?

 そうすれば、上手くいくんだな!!?


「おっさん!」


 信じるぞ! お前の言葉!!


靴紐解けてるよ!!(・・・・・・・・・)

「————わかった!!!」


 その言葉を俺は超速で理解できた。

 靴紐が解けている。

 だから靴紐を結び直せ。

 つまり、答えは「しゃがめ」だ!


 瞬間、俺はぐいっと体をかがめる。

 するとボスも俺の行動に巻き込まれた。

 俺に引き寄せられ前のめりになる。

 そして一瞬、俺を拘束する腕も解けた。

 たったそれだけで、彼は無防備になった。


「なっ!?」

「喰らえぇぇっ!!」


 叫びと共に、少女は一瞬で距離を詰める。

 俺の頭上でひらめくスカート。

 恐ろしい衝撃圧で揺れる俺の鼓膜。

 ボスへと突き出される彼女の拳。


 その一撃で、彼は吹き飛ばされた。

 巨大な図体がまっすぐ背後へ飛んでいく。

 抵抗なんてできるはずもない。

 勢いよくふっ飛ばされ、壁に激突する。

 その音を聞いて俺は顔を上げた。


 彼は、白目を剥いて壁にめり込んでいた。



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