例えば銀行強盗に出くわすような日々。
「動くなァ! 大人しくしろォ!!」
神様ってめちゃくちゃ理不尽だなぁ。
俺は後ろ手に縛られながら思った。
銀行の床に座らせられる。
ひんやりした石床の感覚が膝に伝わる。
今日は妙な状況に出くわす1日なのか。
他のお客さんも俺と同じ状況だ。
銀行員も体を拘束されている。
手が空いている人間は数名。
1人を除き全員が武装をしている。
やけに使い込まれたコンバットナイフ。
現代では珍しい拳銃という射出器。
魔力で駆動する殺傷能力のある魔道具。
ともかく日常で見ないものばかりだ。
こんな格好で普通の客は銀行に来ない。
俺は、銀行強盗に巻き込まれていた。
「早くしろ、死にてぇのか?」
「は、はいぃ!!」
男の1人が銀行員を脅す。
その男が持つ道具に、男は怯えていた。
手に握られた禍々しい魔道具。
一目では拳銃と近いが、タンクがある。
確かあれは……なんだっけ。
十代の頃に見たことがある。
何なら触ったこともあった気がする。
結局動かなかったが、滅茶苦茶怒られた。
その記憶は残ってる。
20年以上前にあった、あの形の……。
「あ、あれだ」
「あァ!?」
「…………ごめんなさい、つい」
思い出した衝撃でつい声が出た。
そうだ、あれは"火炎放射器"だ。
魔力を炎に変える補助をする魔道具。
より簡単に言えば、戦争の遺物。
あれが人に放たれたら一瞬で丸焦げだ。
丸腰の一般人に勝てるわけがない。
この状況では流石に誰も逆らえない。
唯一手の空いた脅されている銀行員も。
彼は必死になって金庫を弄っている。
しかし開けられないらしい。
おいおい大丈夫か。
というか何で彼を選んだ。
確かに銀行員の中で一番弱そうだけど。
「どうしますボス?」
「銀行員が金庫を開けられない訳がない」
「でもコイツ」
「どうせ焦ってるんだろ」
……いやぁ? 俺はそうは思わんぞ?
明らかに番号を試している手つきだ。
それで何度も外している。
彼にとって荷が重いのではない。
そもそも役不足なんだと思う。
ボスと呼ばれた火炎放射器を持つ男。
確かに他の強盗に比べても屈強だ。
体格だけで俺の三倍はある。
とても立ち向かえる訳がない。
それに比べて……。
「あァ? 何だァオッサン!!」
今、俺を罵倒した隣にいるコイツ。
彼だけ明らかに弱々しい図体だ。
手に拳銃こそ持ってはいるが。
「な、何だっつってんだよォ!」
「いや……何でも」
拘束した相手と武器を持って話しているのに、その言葉と表情には緊張が見える。
そしてそれを無意識内の威勢で隠す。
俺は確信した。彼は確実に素人だ。
そんな相手が俺の隣にいる。
置かれた状況はかなり特殊だ。
上手くやればこの状況を変えられる。
問題は"やる必要があるか"だ。
この街の治安はそれなりに良い。
俺が動かずとも解決するかもしれない。
それでも動くとすれば、それは自ら命を危険に晒すような行為だ。
だとしたら、俺はどう動くか。
「…………キミ」
「あァ!?」
「少し話をしないか?」
危険を承知で強盗に話しかける。
これが俺の選んだ方えだ。
自ら動く決断をした。
俺自身、その理由の説明もできた。
今の俺は"調子に乗っている"。
女の子を助けて良い気になっている。
強盗くらい何とかできそうな気がした。
そう決心がつけばあとは早い。
咄嗟ではあるものの算段も立っていた。
まずは警戒する男の瞳を見つめる。
できる限り、威厳を醸しながら。
こういう人相を変える行為は得意だ。
「キミ、強盗の経験はあるかね?」
「な、何でそんなっ!」
ある程度見つめてから話しかける。
彼の中に俺への印象もついただろう。
しかし、これで警戒が解ける訳ではない。
物事には落としどころがある。
まずはそこまでの誘導だ。
……しかしなんだ、この男の反応は。
声は裏返り体を細くして警戒している。
お前は乙女か。
(……初めてだ)
一しきり黙って、小さな声で呟く。
答えかたまで乙女かお前は。
だがこれは俺にとっても都合が良い。
周囲はまだ混乱で騒がしいが、これ以上大声で話し合うのは危ないだろう。
可能な限り小声で会話を続ける。
(この街の憲兵は練度が高いぞ?)
(知ってる……俺もここに住んでんだ)
彼の口から意外なワードが出た。
まさか、この街に住んでいるとは。
なのにこんな大犯罪に手を染めたのか。
逃げる方法とか考えているのか?
何というか……馬鹿なヤツだ。
しかし、良いことを聞いた。
彼の情報は利用できる。
俺の作戦もかなり強化ができる。
それを踏まえて次の一手だ。
(大通りの雑貨屋、知っているだろう?)
(あのデカい雑貨屋か?)
(ああ、実は私はそこの経営者でね)
(マ、マジか!?)
やっぱり食いついた。
街の住民なら誰もが知る大通りの雑貨屋。
この街では最大の店舗面積。
大きさは劇場のだいたい8つぶん。
時計塔の次にでかい建物だ。
そこの経営者といえば彼も顔色が変わる。
つまりは街の超大金持ち。
当然この肩書きは嘘である。
それでも彼は疑うことなく飲み込んだ。
ちなみに俺は、その経営者と面識がある。
再就職してから一度だけ仕事で会った。
見た目は意外と普通のおじさんだ。
(この銀行、地下に個人金庫がある)
(聞いたことあんな……)
(私もそこに預けていてね)
銀行地下の個人金庫。
これは俺達庶民には都市伝説に近い話だ。
しかし実際、この地下にそれはある。
事実地下に降りる階段はあるのだ。
そこにある金庫を、俺は一度だけ見た。
……20年前、オーナーと一緒に。
さて、ここまで印象は積み上げられた。
ここからは一気に落としていく。
必要な会話は、たった一つだ。
(私の言うことを聞いてくれれば、お礼にキミの逃走を手伝ってやろう)
「は、ハァ!?」
驚きすぎて一瞬大声を出す男。
そのせいで他の強盗から視線を浴びる。
しかしそれを男は何とか誤魔化した。
……よし、彼は俺を信頼している。
今の行動でそれが理解できた。
信頼が無いとこうはいかない。
彼と俺の間には秘密が成立している。
隠すという行為はそういう事だ。
その秘密の上に、俺達の信頼がある。
(……マジだな?)
(私は嘘はつかない)
親しげに俺に訪ねてくる男。
その顔は僅かに浮き足立っていた。
これで俺の協力者は構築完了だ。
(ボスと話がしたい)
(わ、わかった!)
早速彼に指示を出す。
その際、俺は補足をひとつ加える。
"秘密以外の俺の素性は伝えること"。
これで俺の存在をボスにも認知させる。
彼もきっと俺を無視できないはずだ。
ボスの耳元で男がヒソヒソと話す。
その顔色はここからは見えない。
ここで失敗すれば終わりだ。
ついでに俺の命も奪われるだろう。
「そこの男、こっちに来い」
——まあ、失敗するとは思っていないが。
ここまでは成功する自信があった。
問題はここから。
かなり危ない橋を渡ることになる。
男の誘導でボスの前に連れて来られる。
筋骨隆々な体に傷だらけの簡易な黒い鎧。
右手には火炎放射器が握られている。
そしてその顔は、意外にも端正だ。
締まった顔から利口さが覗ける。
頭も他の強盗以上にはキレそうだ。
正直、さすがに怖い。
戦いになれば俺は絶対負ける。
ボコボコにされて炎で焼かれる。
その絵があまりにもたやすく浮かぶ。
しかし彼は、予想通り慎重だった。
すぐに暴力は振るわず、語りかけてくる。
「この話、オレにどう信頼させる?」
一度拘束を解かれ、尋ねるボス。
俺の素性を信じきれないのだろう。
自分の素性を示すものを求められる。
俺が雑貨店の経営者と示すものを。
当然俺はそんなものを持っていない。
俺は元手品師、現オートマタ技師。
それ以上でも以下でもない。
だが俺は、彼にあるものを提出する。
一枚の何の変哲も無いカード。
それを見て、彼は小さく笑む。
そして俺に視線を上げて呟いた。
「なるほど、名士さんが何が目的だ」
彼は、俺の嘘を信じた。
たった一枚のカードだけで。
このカードが、今回のタネだ。
俺は以前、雑貨店の経営者と会った。
その際に俺はこのカードを貰ったのだ。
彼の連絡先と肩書きが書かれた紙。
つまり、『名刺』だ。
これは決して彼の求めたものでは無い。
しかしこれだけで疑いは消え去る。
経営者を名乗る者が名刺を渡したのだ。
まさか他人の名刺を渡すと思うまい。
それだけで、俺への疑いは下がる。
これでボスとの交渉が可能になった。
彼の言う通り、俺は目的を告げる。
「私以外の人質を解放しろ」
「……理由は?」
「私1人で人質の価値は十分にある」
最もらしい理由を並べる。
彼らは銀行の金は手に入らない。
その代わりに俺……正確には雑貨店の経営者の金をやると交換条件を出す。
彼らの目的は結局大金だ。
十分収穫になるだろう。
腕を組んで頭を下げるボス、
俺の提案を考えているのだろう。
目的は狂うが、悪い提案では無い。
そう考えたかは定かではない。
しかし、彼は顔を上げて語る。
「名士様のお望みだ。解放してやれ」
ボスの指示で他の強盗が動き出す。
一人一人拘束を解き、逃げていく人々。
一斉に解かないのも手馴れている。
反撃されないような対策だ。
すると俺は再度拘束された。
再び人質になった俺。
代わりに残りは全て解放された。
全ては算段通り。
知能勝負は俺の勝ちだ。
さて、あとはどうしたものか。
火炎放射器を突きつけられ、考える。
「地下には俺が直々に同行しよう」
「ああ、構わない」
そうは言うものの……困ったな。
ここからは何も考えてないぞ。
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