アラフォーとロリとギャル勇者。
半年後の今日。俺は無事40歳になった。
その間になんとかオートマタの修理工房に再就職したり、劇場が更地になったりした。
まあ色々思うところもあったりする。
だが今、それはさっぱり関係ない。
青空の下、俺は彼女を見て立ち止まった。
「う゛え゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛え゛ん゛!゛!゛」
幼女が、大通りの中心で泣いていた。
この広い街に響き渡りそうな絶叫だ。
現に大通りじゅうに声はこだましていた。
露店の主が彼女を怪訝な顔で見ている。
街行く多くの通行人も同じである。
ただ、誰も彼女に構おうとしなかった。
いつから人は冷たく……やめよう。
確かに関わりたくない気持ちもわかるよ?
泣いている幼女の格好を見れば尚更だ。
彼女の服装、どう見ても一般人ではない。
子供用ドレスにティアラ、高そうな靴。
身なりの過剰な清潔感。
明らかに良いところのお嬢さんだ。
「あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぅ゛う゛う゛!゛」
金持ちの子供が1人で泣いている。
いかにも裏がありそうな光景。
面倒ごとに巻き込まれるかもしれない。
それを予感し、避けているのだろう。
それでも相手は子供だ。
泣き顔も演技とは思えない。
助けてあげるのが普通じゃないか。
しかし誰も立ち止まらない訳ではない。
冷たい人々の中にも良心はある。
幼女の前にしゃがみ、あやす女の子。
「ねーねー、一緒にママ探そ?」
「お゛お゛お゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!゛」
「どうしよう……マジつらたにえん……」
……彼女もかなり特徴的だが。
今、何語を喋った?
これが俺の最初の感想であった。
容姿もかなり目を引く。
幼女の顔を覗く曇りない青い瞳。
細く血色が良い指が涙を拭う。
金髪ポニーテールも可愛らしい。
困り顔の口元に覗く八重歯もキュートだ。
めちゃくちゃ美少女だ。
化粧で大人っぽいが、10代後半だろう。
最初に聞いて少し混乱した妙な言葉回しも、いわゆる"若者言葉"というヤツに違いない。
おじさんがわからないワケだ。
実際、今も言葉の意味は不明だ。
服装は着崩された白いブレザーの学生服。
それと、可愛いアクセ付きのでっかい剣。
そんなものを何故か背中に担いでいる。
容姿と比較して明らかに異質だ。
「ママがどんな見た目とかわかる?」
「ひ゛ゃ゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛!゛!゛」
凶器を持った謎の美少女ギャル。
彼女は途方に暮れつつもめげていない。
幼女が迷子という事はわかったようだ。
だが、そこから先がつかめないと。
——俺の腕の見せどころだな。
銀行に給料を貰いに行くところなのだが。
まだ窓口が閉まるまでには時間もある。
この通りからは少し遠いけど。
でも、困っている子供を見捨てられない。
「どうしたんだいお嬢さん?」
「ひ゛え゛ぇ゛ぇ゛………………ぇ?」
優しい声色を作って話しかける。
目線はギャルと同じく幼女に合わせた。
表情は柔らかな笑み。
余裕を持って接してあげるのがコツだ。
そうすると、相手も心を委ねてくれる。
目を真っ赤にして泣いていた少女。
だが、これを心がけただけでこの通り。
泣き声を潜め、目を合わせてくれる。
呼吸も少しずつ整ってきた。
もちろん他にも細かいコツはある。
何せこれは劇場での経験則。
子供をあやすのも芸の1つだ。
「ウソ、泣き止んだ!? ひょっとしてお父さ——!」
「違う違う!」
隣のギャルが驚いている。
確かにこれくらいの子どもがいてもおかしくない年齢ではあるけども。
……いけない、続きだ。
まだ不安げな幼女に、再び語りかける。
「コホン。さぁお嬢さん」
「ぅ、なに……?」
「お手を借りてもいいかな?」
そう言って幼女の手を握る。
すると彼女は、小さくコクリと頷いた。
ここからが俺の本領だ。
今、彼女の集中は手に注がれている。
その直前、俺はタネは仕込んでいた。
後はそれに気付かせるだけだ。
「……あれ? 手の中に何かない?」
「ホントだ……なんだろう」
俺と同時に、彼女は小さな手を開く
その中にあるのは……?
「キャンディだ!!」
「泣き止んでくれた褒美だ」
「すごい! どんな魔法なの!?」
幼女は笑みを浮かべてはしゃぐ。
飛び跳ね、走り回る姿はいかにも子供。
これで涙も吹き飛んだだろう。
おじさんも頑張った甲斐があった。
まあ、魔術でも魔法でもないけれど。
それでも喜んでくれて嬉しいよ。
そう思いつつ顔を上げて、気づいた。
知らぬ間に小さな人だかりができている。
少し目立ちすぎたか。
しかしそれが良かった。
「あ! お母さん!!」
そう言って俺の横をかけていく幼女。
彼女を追って振り返ると、そこには涙を浮かべたご婦人の姿があった。
俺たちの行動が人々を集めた。
それが偶然ご婦人の目に留まった。
結果、二人は再会したのである。
この光景は、思わず俺の口元も綻ぶ。
「ありがとうございます! このご恩は必ず!」
頭をペコペコ下げつつ去っていくご婦人。
かなり大袈裟な言い回しだ。
相当律儀か、それだけ心配していたのか。
どちらにしろ再会できてよかった。
人だかりはいつの間にか散っていた。
あの人たちが劇場に来てくれてたら……。
そう思ったのはナイショだ。
一安心して遠くの時計塔を見た。
街のシンボルでもある時計塔。
この街ならいつでもこれで時間が見れる。
その針は既に夕刻を指していた。
マズい、窓口が閉まる時間だ。
急いで銀行に向かわなければ……。
そう思って駆け出そうとした瞬間。
「おじさんSUGEEEEEEE!!!!」
俺の横で誰かが叫ぶ。
おかげで左耳の鼓膜が飛びかけた。
一体何だ? そう思い横を見る。
そこにいたのは……あの女の子だ。
俺より先にいたあの子が目を輝かていた。
「何あの魔術!? 魔力の流れも五大元素も使ってないじゃん!! ありえないんですケド !! これじゃあ魔術、成立しないはずなんですケド!!!」
「え、えっと……」
「仕組みは!? あれどうやったの!!?」
畳み掛けられる質問の数々。
魔力の流れ? 五大元素?
恐らく魔術用語だろう。
だが、細かく思い出せない。
魔術を使えない弊害だ。
それに、どうやったのと言われても困る。
手品にはタネも仕掛けもある。
しかしそれを教えることはできない。
理由はないが、俺のポリシーだ。
でも、その意思も揺らぎかける。
結びついた視線に運命を感じる。
その瞳に吸い込まれそうになる。
この出会いが必然かのような……。
——落ち着け、平常心。
俺の目的は何だ?
そう、銀行に行くことだ。
給料を受け取って少し贅沢する。
お酒とチョコを買ってのんびりするのだ。
「ゴメン! 急いでるんだ!」
「ちょ、待ってよおじさん!!」
惜しい気持ちを噛み締めて走り出す。
もし運命なら、また会えるはずだ。
そう信じ、俺は彼女の制止を振り払った。