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おじさん無職になっちゃったよ……。

 

 窓のフチをなぞり、俺は呟く。


「結構ホコリも溜まってんな……」


 財政難で清掃員さんは呼べない。

 まあ勤める俺が言うのも何だが、当然だ。

 肝心の芸人が俺しかいないのだから。


 賑わう街の外れにある小さな劇場。

 白とワインレッドを基調とした小洒落た建物に、劇場のオーナーが揃えた家具がひしめき合う。

 赤いカーペットは20年前の最高級品。

 小さなシャンデリアもアンティーク物。

 この窓枠も、それなりの高値だ。


 事実、20年前は煌びやかだった。

 当時の俺はまだ19歳。

 俺が同じく若いオーナーと出会った頃だ。

それからずっと俺はここに勤めている。

 おかげで1つの流行りと廃りを経験した。


『魔法"使えない”オズ』


 それが20年前の俺のあだ名だ。

 蔑称ではないが的を射ていると思う。

 実際俺は魔術の類が使えない。

 世間のほぼ全員が使えるのに、だ。

 だが、それだけが理由ではない。


「本当に魔術が使えないのか?」

 なんて昔はよく言われていた。


 俺の芸——その名も"手品"。


 生活を支える魔術という技術。

 明かりも水も火も、今は全部が魔術由来。

 劇場のスポットライトも魔術の光だ。

 手品とは、魔術の外見的な模倣である。


 使うのは技術と口先の話術、あと表情。

 それらを用いた模倣の魔術ショーだ。


 例えば巨大な炎を出現させる。

 カードの柄を言い当てる。

 人を瞬間移動させる。

 まあこれらの中には、魔術としてはありえない現象もあるらしいが。


 かつては物珍しさで観客も多かった。

 だが流行りは廃れ、劇場は寂れ。

 仲間の芸人もお客さんもいなくなった。


 今日も客足の少ないショーをやり遂げ、窓の前でたそがれている。

 外は夜、どしゃぶりの大雨だ。

 昼間は晴天だったのに。


「傘、持ってきてないんだよなぁ」


 雨の中を走って帰るという手はある。

 しかし風邪を引いたら大変だ。

 ただでさえ少ない稼ぎが0になる。

 劇場に泊まるというのも無くはない。

 でも疲れは取れそうにない。


 悩みながら廊下の先を見る。

 そこにあるのはオーナーの執務室。

 普段彼が書類作業をしている部屋だ。


 ……そうだ、傘を借りればいいんだ。

 閃きと同時に俺はカーペットの敷かれた廊下を駆け、執務室の扉を開いた。


「お疲れ様ですオーナー、少し頼みが……」


 そこまで言って、言葉を失った。

 普段は書類が散乱した小汚い執務室。

 ……のはずだが、それらが一切ない。

 なんなら家具もない。


 代わりにいるのはガタイの良い男達。

 全員が黒い装束をまとっている。

 俺のスーツと違う、マントのような服。

 目深にかぶった漆黒のハット。

 まるででっかいコウモリのようだ。


 清掃員……ではないだろうな。

 顔つきが絵に描いたような悪人ヅラだ。


「オズ・ボウンだな」

「は、はい、そうですけど」


 声をかけられ、俺は返事をする。

 俺の名前を知っている?

 知り合いにこんな人物はいない。

 ファン……というわけでもなさそうだ。


 となると、オーナーの知り合いか?

 それにしては当の本人がいない。

 何かのイタズラなのか?

 オーナーは稀にそういう事をする人だ。


 だが、それとも空気が違う。

 まずドッキリの類ではなさそうだ。


「ある方から命を受け、我々は来た」

「それってオーナーですか?」

「……まぁ、半分は合っているな」


 そう言うと、彼は懐から一枚の紙を出す。

 受け取ったその紙は、何かの契約書。

 それに目を通しながら、男の話を聞いた。


「この劇場のオーナー、バナム・フリークスは賭博によって破産した。この劇場も担保に入っている」

「へ、へぇ〜……」

「劇場の管理権は我々の上司に移った」


 書類に目を通しつつ冷や汗をかく。

 汗は顎を滴り、書類のインクを滲ませた。

 文面は彼の話しているとおりだ。

 劇場の土地は第三者に委譲される。

 そして劇場自体は速やかに取り壊される。


 最後にオーナーのサインと実印。

 その下に、独特な筆記体で読むことのできない何者かの名前と印が押してある。

 この書類が正式なものである証だ。


 劇場が、なくなる?

 そうしたら俺の仕事はどうなるんだ?

 書類にその項目は記されていない。

 だが、代わりに男が語ってくれた。


「従業員は全員解雇しろとの要旨だ」

「……全員も何も、俺一人なんですけど」

「ああ、解雇だ」

「40手前の芸人ですよ?」

「知った事か」

「慈悲は?」

「無い」


 …………。


「一応聞きますけど、ドッキリとかでは」

「なんだそれは。どんな発想だ」


 なるほど、取りつく島もない。

 男はドライに受け答えするが、俺からすれば仕事がなくなる死活問題だ。

 しかし契約書の効力は絶対的だろう。

 それこそ、俺が口出しできないくらいに。


「……つまみ出せ」


 二人の男が俺の両脇を固める。

 俺は小さく愛想笑いを浮かべた。

 だが彼らは俺を全く見ていなかった。


 まって、心の準備ができてない。


 * * * * * * * * * *


「ぐへっ!」


 裏路地に投げられ変な声を上げる俺。

 そして、劇場の扉は閉められた。

 冷たい雨の降りしきる、暗闇の中。

一張羅では闇に溶けてしまいそうだ。

 せめて傘くらいくれても良くないか?


 痛む体を起こし、立ち上がる。

 残されたのは一張羅と少ない貯金。

 これでは生活もままならない。


「俺、無職になっちゃったよ……」


 再就職先……探さなきゃ。


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