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守護竜と憎しみの少女

作者: セレンUK

2019年バレンタインSS「守護竜と少女のバレンタイン ~チートスキルでものづくり~」https://ncode.syosetu.com/n9079fh/ も公開中です!

 これは死ぬな。

 僕はそう思った。

 なぜなら僕の目の前には凶悪なドラゴンがいて、すでに目の前にドラゴンが吐いた炎が迫っているからだ。


 後ろの方で仲間たちが叫びながら逃げていく声が聞こえる。

 仲間だと思っていたのに。

 僕は囮にされたのだ。彼らが逃げる時間を稼ぐために。



 始まりは一つの噂話からだった。

 大森林の奥深くにとてつもない秘宝が隠された神殿があり、そこには凶悪なドラゴンがいてそれを守っている。

 よくあるような噂話だ。

 だがその噂を振りまいていた男の話しは妙にリアルで信憑性が高いと感じるものだった。

 そこで仲間内で挑戦しようということになり、そのパーティーに僕が誘われたというわけだ。

 そもそも僕は乗り気ではなかった。

 それでも仲間だちの説得に断り切れずに参加したというわけだ。


 そして今、噂は本当だったことを確認したところだ。

 これは僕の走馬灯。

 迫る炎が僕を焼き尽くすまで数秒もかからないだろう。

 父さん母さん、先立つ不孝をお許しください……


 ・

 ・

 ・

 ・


 はっ……

 どうやら眠っていたようだ。

 視界がすっきりしない。まだ寝足りないのだろうか。

 それにしても嫌な夢を見た。もちろん見ていたのは自分が死ぬ夢だ。

 人によるかもしれないが、僕は大体自分が死んだところで目が覚めることが多い。


 あくびが出る。

 それにしても、ここは一体。

 昨日は確か……

 大森林に入って神殿とドラゴンを探してたはずだ。

 なるほど、ここは大森林だ。

 目を開くと茂った木々が映る。


 とりあえず用を足すとするか。

 起き上がろうとするけど、なんだか体が重い。

 昨日はそんなに歩いたかな。

 鍛えてるほうじゃないけど、体力が無いほうでもないんだけど。


 よっこら、せっと!

 両手を地面について体勢を起こす。

 やれやれ。これは本格的に疲れているな。


 ん? 魔物の腕!

 びっしりと白い鱗に覆われた魔物の前足が近くにあったので、驚いて自分の手をひっこめた。


 ……。

 手をぶらぶらしてみる。

 んん、もしかしてこれ、自分の手?

 もう片方の手も、鱗が生えている。


 って、魔物になってるー!


 顔を自分の体に向けても、目に入ってくるのは鱗、鱗、鱗。

 どう見ても完全に魔物です。


 そしてこれは恐らく……

 そう。この鱗の色は見覚えがある。夢の中で見たあの光景。


 秘宝を守護するというドラゴン。

 僕を炎で焼き尽くしたドラゴンの姿にそっくりだ。

 残念ながら鏡が無いので顔は見えないけど、手というか前足で顔のあたりをこすってみたけど、人間の肌じゃないのはわかった。

 それにしても、ドラゴンの前足って使いにくい。


 どこまでが夢でどこからが現実なのかわからないけれど、今は僕はドラゴンのようです。


『はじめまして。私の名はブレンダン。今はこの場にはいない。この声は刻み込まれたプログラムによるものだ』


 突如頭の中で声が響いた。


『もうお分かりだと思うが、今の君は竜だ。そう、秘宝を守る守護竜となったのだよ。これから君はその竜の力を存分に振るって秘宝を狙う輩を撃退してもらうことになる。それでは私のために働いてくれたまえ。健闘を祈る』


 そこで声が途切れた。


 信じられないが、どうやら今の僕は竜のようだ。

 それに秘宝を守らなくてはいけないようだ。

 秘宝というのが何かはわからないが、それをどうしても守らなくてはならないという思いが沸き上がって来る。


『君には秘宝を守る以外にも必要な役目がある』

 声が続きを語り始めた。さっきので終わりじゃなかったんだ。


『それは、生物を殺すことだ。君の役目の二つ目は最強の生物になることだ。君は生物を殺すことでその個体が持つ力を自分のものとすることができる。君にも覚えがあるだろう。今の君の姿のドラゴンに殺された覚えが』


 ああ、やっぱり殺されてたのか。

 まあ今更あれこれ言っても仕方がない。


『おそらく君とは短い付き合いとなるだろう。君が生物を殺した時点で、君という存在は消える。そのあとは君が殺した生物が新たな守護竜となるのだ。そうやって守護竜は最強へと近づいていく仕組みなのだ。それでは今度こそ健闘を祈る。』


 どうやら僕の役目は秘宝を守りながら襲い来る冒険者を撃退、いや殺害することのようだ。


 でも簡単に言ってくれる。

 人を殺せなんて。

 言っておくが、僕は気の弱い善人タイプだ。

 相手を傷つけるなんてもってのほかだ。


 とりあえず秘宝を守護するのは受け入れよう。でも人殺しは絶対にしない。

 そう思っていても、今僕はドラゴンだ。

 僕も一瞬で焼き殺されたけど、普通に腕を振るっただけで人間は死んでしまうに違いない。


『チュートリアルの続きだ。君はドラゴンではあるが、もし君が一番最初に出会う生物が君以上の強者である場合もあるかもしれない。そのため君には力の使い方を教えておこう』


 ……案外心配性なんだな。

 でもそれもそうか。

 人格、というのはおかしいのか、毎回竜の人格が交代することでより強い生物になる仕組みなんだろうけど、その人格が力を使いこなせるとは限らないわけだ。

 そこがこの守護竜システムの欠点でもある。


『君は自身の力を認識できる文字として確認することができる。それは難しい事ではない。ただ頭で念じてみるだけだ。試しに見てみると言い。私は今の君の力を知らない。だが相当に強くなっていることを期待している。』


 頭で念じてみる。

 自分の強さを見たい。見たい。こうかな。

 すると、頭の中で文字が浮かび上がってきた。

 なになに、攻撃力、防御力。ふむふむ、スキル。

 さすがにドラゴンだ。基本ステータスは僕が人間のころの20倍はある。

 それにスキルの数も膨大だ。

 全属性防御Lv10、物理攻撃耐性Lv10、とか、隕石魔法Lv10とか。

 そんな見たこともないようなスキルが並んでいる。

 これは人間が逆立ちしても勝てないよ。

 ということは、自分の命の危険はほぼ無いと言ってもいいな。


『チュートリアルはこれで終わりだ。ちなみに、君がどうしようもない低能な場合を想定して今までの話は後で聞きなおすことができるようにしている。それでは短い付き合いだったが健闘を祈る』

 僕は低能とまではいかないけど、今までの話を今後も聞けるのはありがたいな。


 それじゃあ何が出来るのか試してみるか。


 ・

 ・

 ・


 出来ることを一通り試してみた。

 案の定、守護竜の力というのはとんでもない。

 これじゃあ人間が襲ってきた所で、一瞬で消し炭になってしまう。

 だけど、膨大なスキルの中には攻撃系ではないものも沢山あったので、それらを使えば無力化するには十分だろう。


 他にわかったことと言えば、この体、寝る必要も食べる必要も無いということ。

 それと、とても大事なことなんだけど。

 僕の後ろには神殿が建っている。

 その中に秘宝があってそれを守護するのがこの僕、守護竜の役目なんだけど。

 どうやら、この神殿から離れることはできないようだ。

 一定の距離、だいたい30mくらい離れたところで、神殿から鎖が現れて僕の体を拘束したため、それ以上先に進むことはできなかった。

 自分の体長が15mくらいだから、この行動範囲は非常に狭い。

 それも神殿の前方にのみだ。

 横方向に移動することはできない。できないというか、心がそれを拒んでいるのだ。

 そういうわけで、僕の行動範囲は神殿の前方のごく限られた範囲。

 目で見る景色もずっと同じものだ。


 ・

 ・

 ・


 ブレンダンのチュートリアルを聞いてから何日たったのだろうか。

 寝る必要も無いから時間の感覚もあいまいになってくる。

 スキルの確認もあらかた済んだので、何もやることが無い。

 とてつもなく暇だ。


 そして、一番問題なのは「寂しい」ということだ。


 周囲に生き物の気配は無い。大森林と言えば魔物の巣窟のはずだ。

 それなのに気配探知スキルを使ってもその気配を拾うことはできない。

 守護竜であるドラゴンの恐ろしさを知っているのかもしれない。

 となると、やって来るのは宝に目がくらんだ人間しかいないということだ。

 誰でもいいから来てくれないかな……。


 ・

 ・

 ・

 ・


 さらに数日が過ぎた。

 僕はにわかに喜んでいた。

 張り巡らせていた気配探知スキルに何者かが引っかかったのだ。


 このスキルでは相手が何者なのか、詳しいことはわからない。

 漠然と何者かがいると感じるだけだ。

 その数は4つ。大森林の魔物で複数で行動する魔物はいないはずなので、きっと人間の冒険者に違いない。

 今はまだ遠いところにいるが、今日中にはお目にかかることができるはずだ。


 そしてこれが僕の初仕事になるわけだ。

 それはそれで心躍るんだけど、それ以上にこの「寂しさ」を紛らわせてくれる存在が嬉しいのだ。


 第一声はどうしようか、起きていたら身構えられるかもしれないから寝ているふりをしようか。

 そんなことをいろいろ考えながら、ピクニックに行く前の日の子供のように心の中ではしゃいでいた。


 ・

 ・


 そしてとうとうその時がやってきた。


「本当にいたぞ、ドラゴンだ。音を立てるなよ」

 男の声が聞こえる。小声で仲間とコミュニケーションを取っているようだ。


 僕は寝たふりをしている。

 ファーストコンタクトは寝ている状態で行うことに決めたのだ。

 だから彼らはドラゴンは寝ていると認識しているというわけだ。


 目を閉じているため4人がどんな人間なのかはわからない。

 やっぱり、最初から起きて動向を伺えば良かったかな。


「どうするのよ、あんなドラゴン私たちで倒せないわよ」

「そ、そうだよ、いったん引き返そうよ」

 女の声と、最初の男とは別の男の声だ。


「馬鹿、運よく寝てるんだぞ。寝てる間に一気に倒すんだよ」

 あの、もう少し声を落とさないとドラゴン起きちゃうよ?


「あんたはどう思うのよ、あんなのに勝てると思うの?」

「それがしはリーダーの指示に従うまでのこと」

 最後の4人目も男。このパーティーは男3人女1人のパーティーだ。


「意見が分かれたな、ここはリーダーの俺の判断に従ってもらうぞ」

「ちょっと、まさか戦うっていうんじゃないでしょうね。だったら私は抜けさせてもらうよ」

「そうだよ、命あっての物種ですよ。引き返しましょう」


 なんか雲行きが怪しくなってきた。

 このまま帰られたら……

 それはそれで僕の役目としては防衛成功で問題ないわけだけど。

 このワクワク感と期待を裏切ってもらっては困る。


 ちょっと早い気もするが、目を覚ましたことにしよう。

 地面に寝そべっていた体を、わざと音をたてながら起こしていった。


「お、おまえらの声が大きいからだぞ」

 見てる見てる。

 4人ともがこっちを見てるぞ。


 ちょっとだけ脅かしてみよう。

 僕は軽く咆哮してみせた。


「ひいっ」

 気の弱そうな発言をしていた男が地面にへたり込む。


 やっぱり僕はドラゴンなんだ。

 そう、神殿を守る守護竜なんだよ。


『……ろせ』

 ん?

 頭の中で何か聞こえた気が。


『……コロセ』

 え、殺せ?


『コロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセ』

 うう、頭の中で殺せという言葉が響き渡る。

 頭が痛い。

 嫌だ……人殺しなんかするものか……。


「な、なんだ? 動きが止まったぞ」

「今がチャンスだよ、逃げようよ」


『コロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセコロセ』

 も……もしかしてこれは、守護竜が最強になるために生き物を殺させようとするプログラムなのか?


 こんなものに負けない……


 頭が割れるような頭痛。

 だけど徐々に痛みが和らいて行き、それと入れ替わるように心が殺意に満ちていく。


 殺す。あいつらを殺す!

 隕石魔法を受けるがいい。


 って、まって、殺さない。

 痛みで心の隙を着かれた瞬間に隕石魔法が発動してしまった。


 異空間から呼び寄せられた隕石が頭上に現れる。

 あ、あんなの落ちたら4人とも死んでしまう、うう……


 頭の中ではずっと殺せコールが響いている。

 あの隕石を止めないと。

 使えるスキル使えるスキル……

 沸き起こる殺意と戦いながらスキル一覧を流し読みしていく。


 あった、これだ、間に合え!


 轟音を立てながら巨大な体積を誇る隕石が落下し、僕の眼前の一帯を押しつぶした。


 ・

 ・


「な、なんだこれ、おいお前ら無事か?」

 リーダーの声が聞こえる。

 どうやら無事のようだ。よかった。


 僕は大地操作のスキルで、彼らの一人一人の足元の地面を地中深くまで掘り下げたのだ。


「何が起こったでござるか。この深い穴はなんでござるか」

「無事無事ー、下に柔らかな土があって助かったわ」

「ですね。なければ穴の底で死んでいました」


 隕石魔法はかなりの威力があり、浅い穴では地面ごと吹っ飛んでしまう。

 そのため、かなり深い穴を掘り、その穴に落下する衝撃を吸収するため穴底に柔らかな土を置いたのだ。


 4人の命はなんとか守られたけど、目下の問題はこの殺せという声だ。

 酷い頭痛に加え、気を抜くと心にどす黒いものが満ちてくる。

 いつまで耐えていられるかはわからない。

 だけど、人殺しをするなんてできない。


 この体に刻み込まれたシステムだとしても、受け入れることなんてできないよ!


『称号:小さな勇気 を取得しました。』

『スキル:耳栓 と 称号:小さな勇気 から派生するスキル:精神操作防御Lv1を取得しました。』


 なんだ、こんなタイミングで新しい称号とスキルを覚えたぞ。


 耳栓というのは僕が人間の時にも覚えていたスキルだ。

 耳から入る音をシャットアウトするスキルなんだけど、魔力も消費し続けるし寝るときしか役に立たないスキルだったのを覚えている。


 そして。ぱんぱかぱーん!

 精神操作防御のスキルだ。これで殺せコールを軽減できる。


『スキル:精神操作防御のレベルが2になりました』

 スキルのレベルが上がった。速い。


 スキルレベルが上がったことによって、殺せコールは完全に聞こえなくなった。

 つまり僕は守護竜システムを克服したってことだ!


 どっと疲れた僕は地面に伏せる。

 さてと、4人とご対面しよう。


 大地操作で穴の下から土を盛り上げていく。


「うわーっ、なんだ?」


 間を置かず、4人が穴の中から勢いよく飛び出してきた。

 もちろん落下の衝撃を吸収するため、地面には柔らかい土を用意するのを忘れない。


 さて、これで振り出しに戻るだ。


 やあやあ、僕は悪いドラゴンじゃないよ。仲よくしよう。

 残念ながら言葉を発することはできないので、笑顔を作って友好的なアピールをする。


「ひぃぃぃ、牙を剥いてる。みんな食われて死ぬんだ」


 え? 鏡が無いからわからないけど。

 口角を吊り上げてみる。


「あわわわわ、逃げろー!!」


 4人が一目散に走りだしてしまった。

 ちょ、ちょっと待って。


 彼らを追いかけようとする僕の体に背後の神殿から伸びた鎖が絡まり、僕を拘束した。


 こうして初の防衛は成功したものの、友好計画は失敗に終わったのだった。


 ・

 ・

 ・

 ・


 4人の冒険者が逃げ去ってから何日もたった。

 それ以降、誰一人として来ない。

 もちろん気配探知に引っかかる魔物もいない。


 前にも言ったけど、とても暇で、とても寂しい。

 寂しさを紛らわせるために分身を作るスキルで自分の分身を出してみたが、自律しているわけではなく自分で操作する必要があったため、一人漫才みたいになってしまったので虚しかった。


 次に冒険者が来たら何が何でも仲良くならなくては。

 そう思って、笑顔の練習も欠かさずしている。

 だけど、ドラゴンの顔というのはそもそも笑うように出来てはいないので、いつも牙を剥いたようになってしまう。


 そうだ、贈り物をして仲良くなる方法があるんじゃないのかな。

 もちろん秘宝は渡せないけど、僕にはこれがある。

 鱗だ!

 ドラゴンの鱗は高価で取引されてるしね。

 剥ぐとき痛いのかな……


 などと考えていた時、待ちに待った獲物が気配察知に引っかかった。


 今回は気配が3つ。例に違わず人間の冒険者だろう。

 今度はどんな人が来てくれるかな。

 この前の冒険者達が噂を振りまいているだろうから、相当の手練れが来るんじゃないかな。


 話が通じる人だといいな。僕はしゃべれないけど。


 などとワクワクしながら待つこと半日。


「居たわねこの巨大トカゲ。今まで生きていてくれてありがとう。早速だけど死ね!」


 えっと、第一声がこれです。


 現れたのは女三人組。

 一人が今しゃべった子。

 若い娘さんだ。軽鎧と剣を身に着けている。装備の装飾が立派なためお金持ちの娘に違いない。

 その後ろに二人の女性。こちらは娘さんよりは年上で大人の女性だ。メイド服に軽鎧を着こんだ変わった格好をしている。


「でも楽には殺さないから。鱗全部ひん剥いて日干しにしてやる!」


 あの、すごく睨まれてるんですが。

 正直怖い……

 蛇に睨まれた蛙って感じ。

 いや僕はドラゴンなんですけどね。


「お、お嬢様、あまり刺激しないほうが……」

 こちらは後ろの二人。

 向かい合って震えながら手を握り合っている。


 事情はよく分からないけど、良家の娘が反対を押し切って無理矢理やってきたってとこかな。

 一人で行かせるわけにもいかず使用人が二人ついてきたと。



 睨む子が怖いからといって逃げ出すわけにもいかない。

 とりあえずはご挨拶からだ。


 僕は軽く咆哮する。


 娘さんはというと、軽く身じろぎしたものの、そのキツイ目つきは少しも緩まない。


「ひぃぃぃぃぃ」

 使用人の二人は恐怖のあまり逃げていってしまった。

 主人を置いて逃げるのは良くないけど、仕方ないよね。


 そんな様子も意に介さない娘さん。

 いったい何が彼女をそうさせるんだろう。


 そう思っていると、彼女は剣を抜き放った。

 豪華な装飾が施された剣だ。儀式用のものかはわからないが魔力が込められた魔剣というわけではないだろう。

 なんの魔力も無いただの剣で切りかかってくるのだろうか。本当にドラゴンにそれが通用すると思っているのだろうか。

 挑んでくるからにはそれなりの勝機があるに違いないけど。


 僕と彼女の距離は30m程。

 お互い攻撃するには少々遠い。


 出方をうかがっていると彼女が剣を構えて疾走し始めた。

 小柄なので速い。

 すぐにでも彼女の攻撃範囲に入るだろう。


 僕は守護竜で彼女は殺意むき出しの冒険者。

 みすみすやられるわけにはいかない。

 口の中に魔力を貯める。大きく息を吸い込むようなイメージだ。

 そして、貯めた魔力を炎に変えて吐き出す。


 迫る彼女に向けて炎の息を吹きかけたのだ。


 これで直進はできないだろう。横にかわすか、後ろに戻るか。

 どちらにしても勢いは落とせる。


 んなっ?

 残念ながら彼女は僕の予想の上を言った。

 直進しながら剣で炎をいなしたのだ。


「死ねぇぇぇぇ!」

 予想外のことに驚いたのと、ブレス後の硬直のため、僕は懐まで彼女の侵入を許してしまった。

 彼女は剣を両手でしっかり持ち、剣先をまっすぐにこちらに向けている。


 間を置かず、突進の勢いと体重を乗せた彼女の一撃が僕の胸に突き刺さる。


 が、僕の鱗に剣は弾かれた。

 それも織り込み済みだったのか、彼女はつんのめる体の勢いを利用し僕の側面に回り込むと、大きく跳びあがった。

 普通の人間のジャンプでは到底そこまで到達することはできない。

 何らかのスキルであることは間違いない。


「お兄様のかたきぃぃぃぃぃっ!」

 上方からの落下の勢いをつけた一撃が僕の背中を狙う。

 このタイミングでは守りようが無い。


 硬い鱗と剣が交差する鈍い音が響く。


 おそらく全力を込めた彼女の渾身の一撃も、僕の鱗を抜くには至らなかった。


「こんのぉぉぉ、お前の体は鉄かなんかか!」

 背中に飛び乗った彼女は力任せに僕の背中に剣を叩きつけている。


 彼女の最強と思われる技を防いだんだよ?

 並みの人ならそこで戦意を喪失するよね。


 もう諦めてよ。

 君じゃあ僕には勝てないよ。


 何時までも背中に押せておくわけにもいかないため、僕は大きく体を揺すった。


 バランスを崩した彼女は、僕の背中から滑り落ちて地面に落下した。

 どうやら尻を打ったらしい。

 怪我をしてなければいいけど。


 と思ったのもつかの間。

 がっつりこっちを睨んでいる……


「まだまだぁぁぁぁぁ!」

 すかさず体勢を立て直し一直線にこちらに向かってくる。


 僕は右足で彼女の体を薙ぎ払おうとするが、巧みにそれを交わした彼女は再び僕の胸元に飛びこんだ。


「お兄様を返せ、返せ、返せ!」

 呪文のように呟きながら剣を振り続ける彼女。

 背中への攻撃の時と同じく、剣を力任せに振っているに過ぎない。


 鈍い音がした。

 僕の鱗との戦いに負けた剣がぽっきりと折れたようだ。


「うわぁぁぁっ!」

 一際高く叫んだかと思うと彼女は折れた剣を捨て、素手で殴りかかってきた。


 もちろんそれは鉄板を殴り続けるようなものだ。

 かなりの痛みもあるはずだ。それでも彼女は僕を殴り続ける。


 その拳から血が流れ始める。

 もうだめだ、これ以上は彼女が……


 僕は彼女の足元に空間転移門を作り出す。


「あぁぁぁぁぁぁぁ」

 急に足場を失った彼女は声と共に空間転移門に落ちて行った。


 空間転移門が閉じ、辺りに静けさが戻る。

 どっと疲れた僕は地面にへたり込んだ。


 彼女の置いていった折れた剣が目に映る。


 秘宝の防衛には成功したけど、心にしこりを残す結果となった。


 ・

 ・

 ・

 ・


「この前はよくもやってくれたわね!」

 腰に手を当てて僕を指さしている少女。

 もちろんこの前丁重にお帰り頂いたあの娘だ。


 お帰り頂いてからまだ数日しか経っていない。

 あれだけ無力感を味わわせたのだ。もう来ないか、もし来る勇気が湧くとしてももっと後だと思っていた。

 それに今日は一人だ。この前の使用人二人は着いてきていない。


「この前あんたにコテンパンにやられて思い知ったわ。この屈辱も上乗せしてあんたに返してやりたいってね!」


 ああ、この娘はすごく前向きなんだ。

 それはいいことなんだけど、事、僕にそれを向けるのをやめてほしい。


「ふふふ、これを見なさい」

 彼女は腰に下げた剣を抜くと、よく見えるように高く掲げた。

 その剣はこの前の装飾が施されただけの剣とは異なり、装飾こそ少ないが細い刀身からは密度の濃い魔力を感じる。


「この剣は我が家に代々伝わる宝剣よ。ドラゴンの鱗だってバターのように切り裂くんだから」

 自慢気に語る彼女。

 確かにその剣なら僕の鱗もやすやすと貫いて来るかもしれない。


 それにしてもどうして話しかけてくるんだろう。

 ドラゴンに人間の言葉が解ると思っているのかな?

 いや、僕は人間だったから解るけど。


「ふふふふ、この剣であんたの鱗を全部はぎ取って殺した後、お兄様の墓前に供えてやるわ。覚悟しなさい!」


 まってまって、そんなことしてもお兄様喜ばないと思うよ。

 そもそも僕は君のお兄様を殺したりなんかしていないよ。


 彼女の目つきが鋭くなる。

 これは前回と同じだ。僕に憎しみを向けるこの目は。


 言われの無い憎しみの誤解を解きたいが、話を聞いてくれる雰囲気では無い。

 そもそも僕は話すことができないので、まずは無力化して、それから体を使って理解してもらうしかない。


「天国のお兄様、私に力をお貸しください!」

 そう呟くと彼女は前回と同じように僕に向かって走りこんで来た。


 確かに前回は油断して何度も懐に入られたよ。

 でも今回は油断している場合じゃない。あの剣は僕に届き得る。

 絶対に近づけてはいけない。


 僕は彼女を拘束するためにいくつか思い当たるスキルの中の一つを使うことにした。

 スキル縛鎖陣だ。


 彼女を中心として上下左右から魔力で編まれた鎖が彼女に襲い掛かる。


「こんな子供騙し、甘く見られたものね!」

 絶え間なく襲い掛かる鎖の嵐を彼女はその剣で切り裂き、いなししていく。


 かなりの強度のある鎖がやすやすと切り裂かれている。

 剣の切れ味も凄いが、彼女も冒険者としてはかなりの腕前だ。

 この調子では、じきに防ぎきるだろう。

 僕は次を思案する。


 縛鎖陣を攻略した彼女がさらに僕との距離を詰めてくる。

 そう簡単にはやらせないよ。


 僕は大地操作で彼女の周囲に土の壁を生み出す。

 ぐるりを壁で囲んでしまったので彼女の姿が見えなくなってしまった。

 そのため気配察知で姿を追う。


「無駄よ、無駄無駄!」

 壁の中から声が聞こえたかと思うと、彼女は跳躍でその壁の高さを越えてきたのだ。


「この壁利用させてもらうわ!」

 そびえたつ壁の上に着地した彼女は、それを踏み台にしてさらに高く跳躍した。

 これはこの前のスキルの動作と同じだ。

 表情に出ていたかはわからないが、僕は内心ニヤリとした。


「えっ、何?」


 スキルの動作に入っていた彼女の体が空中でピタッと静止する。


 その仕業の犯人は僕だ。

 スキル念動を使ったのだ。このスキルは不可視で指向性の力を対象に放ち、固定や移動など対象を物理的に操作するスキルだ。

 指向性の力のため、効果を出すためにはきちんと相手に当てる必要があり、彼女のように素早い対象には向いていない。

 だけどあえて土壁で前方を塞ぎ、彼女を空へとおびき出すことで力の方向を定めやすくしたというわけだ。

 縛鎖陣を防ぎきる流石の彼女も、見えないスキルまではかわせなかった。


「ちょっと、あんたの仕業ね。放せ、放しなさいよ!」

 体に力を入れて脱出を試みているようだが、微塵も動きはしない。


 今のうちにこれは預からせてもらうよ。

 念動の力を彼女の剣を持つ右手に集める。


「このっ、負けないわよ」

 念動に対抗して手に握る力を強めたようだが、無駄な抵抗だった。

 剣は彼女の手を離れると、弧を描きながら飛んでいき地面に突き刺さった。

 回収するつもりだったが、思いのほか念動の使い方が難しかった。


 さてそれじゃあ、脅威も排除したし体を使って彼女の説得に当たろう。


「この馬鹿、変態、スケベトカゲ、私の体が目当てなのね。死ね、死ね!」


 ちょっと、なんてことを言い出すのこの娘は。

 あ、しまった。


「きゃぁぁぁぁぁぁ」

 念動に割いてる意識が彼女の罵声に持っていかれたため、かかりが甘くなった。

 空中から落下する彼女。まだ念動の力は残っているようで、彼女は動けないままだ。

 やばい。焦れば焦るほど落下する彼女に念動を当てることができない。

 やばいやばい、落ちる。

 大地操作間に合うか!?


 彼女の体が地面と接触した音がする。

 土煙が上がっており姿を確認することはできない。

 だけど土煙が上がるってことは、咄嗟の大地操作で下に土を作り出すことに成功したと信じたいんだけど。


 僕は魔力で風を起こし、土煙を払った。

 そこには地面に倒れて動かない彼女の姿があった。

 大丈夫なんだろうか、大けがしていないだろうか。

 すぐにスキルで彼女の状態を調べてみる。


 大丈夫のようだ。大きな怪我は無い。

 落下時に打ちどころが悪かったのか気絶しているだけのようだ。


 さてどうしようか。

 僕は彼女にスケベドラゴンの印象を持たれてしまったようだ。

 兄殺しの疑惑を解くだけでも大変に違いないのに、その上スケベではないという説明もしなくてはならない。


 今日この場で誤解を解く、というのは難しいだろうな。

 今回はお帰り頂いて、きっと次も来るだろうからその時までに傾向と対策を練るとするか。


 そう決まったので、お帰り頂くわけだけど。

 気絶したまま空間転移門に放り込むと、転移先で何が起こるかわからない。奴隷商人に攫われたり、魔獣の巣の中に転移して命を落とすかもしれない。

 なので、彼女を起こす必要がある。


 そうだ。

 僕は念動で彼女の体を傍まで移動させる。

 ぐったりとしている彼女。そういえばゆっくりと姿を見たことは無かった。

 小柄な体型に、細い足と腕。この体のどこにあれほどの力を内包しているというのだろうか。


 じっくり見ていてもしかたないので、僕は思いついた案を実行に移す。

 彼女に顔を近づけ、舌を伸ばすと彼女の顔を舐め始める。

 犬や猫が良くやるあれだ。

 細長い舌を駆使してみるが、なかなかうまく舐めることができない。

 そもそも細長いと言っても犬や猫と違ってサイズが大きいので、唾液で彼女の顔がねっとりしてしまった。

 結構舐めるのって難しいね。


 パチリと彼女の目が空いた。

「……」

 無言で僕と目を合わす彼女。


 どうやら顔がべとべとなのに気が付いたようだ。手で顔をぬぐってそれを見ている。

 そして僕の舌をまじまじと見ている。


「いっやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

 瞬間、ひときわ高い悲鳴を上げた。

 耳が、耳が痛い。

 転送、転送だ!


 僕は彼女の足元に時空転移門を開き、彼女を丁重に送り返したのだった。




☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


「お兄様、ねえお兄様、どこに行くの、置いていかないで、私を置いていかないでっ!」


 ……っ!

 夢ね。お兄様が死んでしまってからよく見る夢。

 私はいつの間にか涙で濡れてしまっている顔を手で拭う。


 お兄様は強くて優しくて、私の唯一の味方だった。

 だから私はお兄様さえいれば他の何も必要無かった。


 ドアをノックする音が聞こえる。

「起きているわ」

 失礼します、とメイドが部屋に入ってくる。


 事務的に本日の予定を伝えてくるメイド。

 いけ好かない。誰も彼もいけ好かない。

 大臣の息子のパーティーだのなんだのって理由をつけてお見合いさせる気なんでしょ。

 昔からそうだ、この家は。


 上流貴族であるヴァーディーン家は父、母、大好きなお兄様、そして私の4人家族、だった。

 お兄様は幼いころから優秀で優しくて神童と呼ばれていたわ。

 お兄様がいれば今後もヴァーディーン家は安泰。

 そう皆が思っていたため、私は幼いころから政略結婚の道具として育てられてきた。

 両親はおろか使用人達からもそんな目で見続けられてきた。それが嫌で嫌でたまらなかった。

 淑女になるための稽古ばかりの日々に反抗し、不良のような行動を行うことも何度もあった。

 もちろんひどい折檻が待っていたのは言うまでもない。

 それでもお兄様はいつでも私の味方だった。


 数年前、両親共に病気で死んだ。お兄様は若くして家督を継いだけど、持ち前の手腕で家はますます発展していったわ。

 もう政略結婚は必要ないとお兄様はおっしゃってくれた。

 だけどお兄様以外から見られるあの目、長年続いた政略結婚の道具という見られ方は変わることなく続いた。


 私は冒険者になることにした。破天荒な冒険者娘など嫁に欲しいというもの好きはいないだろうと思ったからだ。

 もちろん優しいお兄様は私を応援してくれた。

 私は冒険者としての才能があったのだろう、メキメキと力をつけて行った。

 お兄様は応援してくれるもののやはり心配なのか、私が家に戻ってくると前にも増してべったりと甘えさせてくれる。

 家にいる時は四六時中お兄様と一緒。お兄様には心配をかけるけど冒険者になって良かった。


 でもそんなお兄様との幸せな生活は長くは続かなかった。

 騎士でもあるお兄様は大森林の調査任務で帰らぬ人となったのだ。

 途方もない悲しみと喪失感がいつまでも続いた。

 しばらくして兄様を殺した守護竜の存在を聞いた。

 深い悲しみと喪失感がすべて憎しみに転嫁された瞬間だった。

 私の手で直接殺してやりたい!

 お兄様に与えた苦しみを万倍にもして返してやりたい!

 そう思う日々が続いた。以前の私ならすぐにでも守護竜討伐に向かったであろうがそうはいかなかった。

 お兄様を失ったヴァーディーン家は私を当主に据えざるを得なかったからだ。

 破天荒な娘が家督を継いだため、使用人も含めて見限る者が多くいた。

 無論そうそう割り切れる人ばかりではない。残った関係者からは以前にも増して政略結婚の道具として見られるようになった。

 お兄様のいないこの家のことなどどうなろうとも構わないが、お兄様が守った家を潰すのかと言われると、心が痛んだ。


 そんなすさんだ毎日。日々お兄様のことを思いながらなんとか乗り切ってきた。

 その思いが限界にきた時、反対を振り切って私はとうとう大森林に赴いた。


 そして真っ白なドラゴンを目にした時、抑えが効かなくなった。

 この時をずっと夢見ていたのだ。お兄様の仇を取るこの時を!


 冒険者としての腕前に自信はあった。

 でも相手にもならなかった。

 死は覚悟していた。

 それでも死の瞬間まで少しでもお兄様の無念をあいつに刻み付けてやりたかった。


 だけど私は殺されなかった。

 怒り狂う凶暴なドラゴンだと聞いていたのに、理解できない。


 だけど、失うと思っていた命がまだあるのだ。

 まだあいつに復讐する機会があるのだ。

 私を見逃したことを後悔させてやる。そう誓った。


 私は傷を癒し、お兄様から伝え聞いていた宝剣を持ち出した。

 お兄様の仇を取るのが悪いのか!

 反対を押し切って再度大森林に向かった。


 だけど結果は惨敗。宝剣の力を過信しすぎた私はドラゴンの卑劣な罠にはまって、宝剣は失い、体も汚されたのだ……

 私を汚して満足したのか、ドラゴンはまたも私を殺さなかった。

 だから今私はここに居る。


 お兄様を殺した憎きドラゴン。その憎しみは微塵も衰えてはいない。

 必ずこの手で殺してやる!

 そして哀れに命乞いをさせてやるんだ。その時になぜ私を殺さなかったのか聞いてみたい。

 つまらない理由なら即首をはねてやるんだから!


「お嬢様?」

「聞いているわよ」

 朝の支度が終わった私はメイドと共に廊下を歩いている。

 この後、叔父と面会する予定となっている。


 私は叔父が嫌いだ。叔父だけではない。お兄様以外は皆嫌いだ。

 その中でも特に叔父は嫌いだ。

 叔父は未婚で情けない男だ。昔から父にとがめられていたが、反省の色は全く見えなかった。

 私に会うたびに私の体を舐めまわすように見てくるその視線に悪寒が走ったものだ。

 お兄様が死んで私が家督を継いでからは一層それが顕著だ。

 特に叔父の視線を感じるのは私の唇。

 お兄様以外にこの唇を許すつもりはない。それなのにあの脂ぎった禿げ親父の頭の中で私の唇を蹂躙されているかと思うと吐き気を催す。


 私の唇を蹂躙……

 思い出してしまった。あの憎きドラゴンに私の唇は蹂躙されたのだ。

 私が気を失っていることをいいことに、あの細長い舌で唇の隅から隅まで、挙句の果てに口の中まで蹂躙したに違いない。

 顔がドラゴンの唾液でべとべとだったことを思い出すと、その時の感覚が蘇って来る。


 お、落ち着きなさい私。

 あれはドラゴンよ。爬虫類。人間じゃないわ。

 そう、いわばペットがじゃれ合ってきたのと同じことよ。

 だから問題ないわ。お兄様への裏切りじゃないのよ。

 ううーっ、なんでこんなことを考えないといけないのかしら!


 とりあえずは叔父をさっさと追い返してあいつのところに行くんだから。

 あの憎い守護竜の元に。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆




「この間抜け面のドラゴン! この前はちょっと不覚を取ったけど、今日こそお兄様の仇を取るんだから! そ、それに、その舌引っこ抜いてやるんだから!」


 今日もまた彼女がやってきた。

 彼女とのやり取りもこれで3回目。

 僕へ向ける憎しみにも大分慣れてきた。

 彼女もそうなんだろうか、時たま憎しみ以外の表情を見せてくれるようになった。


 今回の彼女も魔力を帯びた剣を持ってきている。

 ただ、急いで調達したのだろうか、前回の剣に比べると魔力は落ちるようで、注意しておけばそれほど脅威ではないレベルだ。


「あっはっは、あんた私のスピードに全然ついてこれてないじゃないの。いいの? 殺しちゃうよ?」


 彼女の言うことは正解。

 前回なりふり構わず無力化しようとした結果、大怪我では無かったけど彼女に傷を負わせてしまった。

 その反省から傷つけないように立ち回っているのだけど、それが難しい。

 もとからすばしっこかったけど、どうやら新調したのは剣だけでは無いようで、何らかのアイテムでさらにスピードを上げているようだ。


 だけど、彼女の攻撃も僕には致命傷になり得ない。

 おかげですでに20分は戦い続けているというわけだ。

 でも、お兄様、お兄様と言いながら切りかかってくる彼女の姿を見ているのはまんざらでもない。

 彼女さえ問題なければ、しばらくこのまま続けたい。


『……セ』

 ?

『……コロセ』

 !?

また殺せコールが聞こえ始めた。

精神操作防御のスキルで聞こえなくなったはずなのに!


『コロセ、コロセ、コロセ、ころせ、コロセ、コロセ、コロセ、コロセ、殺せ、コロセ、ころせ、コロセ、殺せ、コロセ、ころせ、ころせ、コロセ、殺せ』


 頭の中に声が響いてくる。

 今までの比じゃない。複数の声がする。


「やった、いい一撃入った」

 頭痛の隙を突かれて彼女の一撃をもらってしまった。

 でも、今はそれどころじゃない。


『コロセ、殺せ、ころせ、殺せ、コロセ、コロセ、殺せ、コロセ、コロセ、殺せ、コロセ、ころせ、ころせ、殺せ、コロセ、殺せ、ころせ、コロセ、コロセ、殺せ、ころせ』


 精神操作防御はどうなってるの?


『スキル:精神操作防御のレベルが3になりました』


 スキルのレベルが上がった、これでなんとか……


『殺せ、コロセ、殺せ、コロセ、殺せ、ころせ、ころせ、コロセ、殺せ、ころせ、ころせ、コロセ、殺せ、コロセ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ』


 だ、だめだ、収まらない。


「ねえあんた、どうしたの? 動き悪いわよ?」

 さすがの彼女も僕の動きに違和感を持ったようだ。


 精神操作防御のスキルに魔力がすごく持っていかれる。

 20分ほど戦い続けていたため、もともと残りの魔力も少なくなっている。


 殺す、殺す、お前を殺す。引き裂いて殺してやる!

 って、だめだ、だめだ。気を強く持て。


 やばい、そろそろ精神操作防御に回す魔力が無くなる。

 そうなったら一気に殺意に支配されて、彼女を殺してしまうだろう。

 憎しみを向ける相手に対しても心配する心優しい彼女を。

 それだけは避けたい。


 僕は動きを止めている彼女の足元に空間転移門を生み出す。


「あ、あぁぁぁぁぁぁ、だ、騙したわねぇぇぇぇ」

 咄嗟に回避することはできなかったようで良かった。

 彼女の遠吠えが聞こえたが、僕はそれどころではない。


『コロセ、殺せ、ころせ、ころせ、ころせ……』


 はあはあ、どうやらターゲットがいなくなると殺せコールは止むようだ。

 今回もどっと疲れたため、僕は床に伏せて回復を図ることにした。


 一晩が過ぎて魔力も最大値まで回復したようだ。

 この体は眠る必要がないため、ずっと考え事をしていた。

 もちろん殺せコールのことだ。


 おそらく、長い間殺さないことを防ぐためのセーフティだと思う。

 きっと徐々にそれは強くなって行くに違いない。

 精神操作防御のスキルレベルを上げれば対処は可能なのかもしれない。

 だけど、殺せコールが始まらないと精神操作防御のスキル経験値は入らない。

 その状態というのは冒険者と対峙した時であって、それはすなわち彼女と対峙した時のことだ。

 彼女を殺さないためにスキルレベルを上げたいのに、逆に彼女を殺してしまうかもしれないのであれば本末転倒だ。


 そういうわけで今の僕に打つ手は無い。

 せいぜい彼女が来ないことを祈るしか。


 ・

 ・


「あんた、この前はよくも騙したわね」


 来てしまった。

 前回から数日しか経っていない。

 おそらくここにとんぼ返りしてきたんだと思う。


 正直逃げ出したい。この守護竜システムさえなければここから逃げ出すこともできるのに。


「心配して損したわ。って、心配なんかしてないんだからね。あんたのトドメは私が刺すの。それ以外の事で死んでもらったら困るってだけの事よ。そうよ」


 彼女は彼女でいつもながら一人で盛り上がっている。

 盛り上がっているところ悪いけど、早々にお引き取り願おう。

 いつまた殺意に襲われるかわからない。


「今日こそお兄様の仇をと」

 僕はセリフの途中の彼女の足元に空間転移門を作成する。

「る、わぁっ!」

 しまった気づかれた。

 予想に反して難なくかわされてしまった。


「……」

 彼女が鋭い目つきでギロリとこちらを睨む。

 あ、無言で剣を構えた。

 これは結構怒っている感じだ。


 そしていつも通りの俊足で距離を詰めてくる。

 まずい。彼女に本気で動かれると空間転移門の設置が間に合わない。


 けど、今までの戦いで彼女の癖みたいなものはつかんでいる。

 彼女は突進の際、スピードに乗ると歩幅を大きく取ってくる。つまり急な方向転換はできないはず。


 そこだ。

 僕は彼女が効き足で跳躍した瞬間、彼女の直前に空間転移門を設置した。

 その程度で彼女が引っかかるわけないのも承知だ。次は……

 案の定、逆の足を地面について上へと跳躍した。

 そう、頭上注意。すでに空間転移門を設置してある。


 ってー、それもかわされるのか。

 でも知ってるよ、次右に跳ぶんだよね。


 …………。

 全部回避された。癖の上の上を行く動きに翻弄された形だ。

 などと言っているばあいじゃない。

 持てるスキルを駆使して無力化するしかない。



 縛鎖陣、麻痺ガス、念動、石化睨み、粘液、蟻地獄、etc,

 そのすべてが防がれた。


 ……もしかして、彼女も僕の癖をつかんでるんじゃないか?

 じゃないと説明付かないよ。


「どうしたのそれでおしまいなの? 死んじゃうよ?」

 彼女が勝ち誇った表情を浮かべている。

 ぬぬぬ、人の気も知らないで。


 こっちはタイムアタック中なの。

 殺意にまみれる前に君を追い返したいの。


 あとどれだけの時間が残されているのだろうか。

 と思った時にはすでに遅かった。


『……セ』

 来た、来てしまった!

『ころせ、コロセ、殺せ、コロセ、殺せ、殺せ、コロセ』

 前回と同様に殺せコールが素早く脳内に蔓延し、殺意が心を満たしていく。


 くぎぎ、こ、殺す! 殺す!

 この魔法で周囲の空間ごと消し去ってやる!

 空間消滅魔法の術式が展開される。


 だ、だめだ、……気を、強く。堪えるんだ。


 このままだと、空間消滅魔法が発動してしまう。

 あれが放たれたらこの周囲一帯は完全に消滅してしまう。

 僕も神殿も例外ではないけど、そんなことは問題じゃない。

 彼女を消し飛ばしてしまう!


 術式はすでに完成していて、後は僕の魔力を吸い上げて発動を待つばかりの状態。


『ころせ、ころせ、コロセ、殺せ、ころせ、コロセ、殺せ』

 頭が割れそうに痛い。

 だ、だけど発動を止めないと。


 魔力の流れを止める……

 そうだ、こうすれば!


 僕は右前足を振り上げ、自分の左前足に向かって振り下ろした。

 爪による深い傷が左前足に刻まれる。


「あ、あんた、何やってるよの、ねえ」

 もちろん君を救うためだ。

 傷口から血がどくどくと流れ出す。

 それを再生しようとオートで再生スキルが作動する。

 大量の魔力が再生スキルのほうに回る。


 だけど、まだ足りない。空間消滅魔法にも魔力が流れ込んでいる。


 僕は覚悟を決めた。

 僕は右前足の爪をまじまじと見る。これだけ鋭く強靭な爪だ。

 自分に致命傷を与えるのには十分だ!


 そして自分の喉をその爪で貫いた。


「な、何やってるのよぉぉぉぉぉ!!」


 地面に倒れこんだ僕は、痛みと失血によりそこで意識が途切れた。


 ・

 ・

 ・

 ・


 僕が自分を殺したら、次のドラゴンは誰の人格になるんだろう。

 たくさん人を殺し続けたドラゴンは最後にはどうなってしまうんだろう。


 ぬるま湯に浸っているような柔らかくて暖かい感じがする。

 まぶたが重い。

 まだ寝ていてもいいよね。凄く疲れてるんだよ。

 でも寝すぎると母さんが乗り込んできて実力行使で起こした挙句、小言を言っていくんだよね。

 あんた、早くいい人見つけなさいよ。まだなの?

 って。

 そうそう母さん、いい人かわからないけど面白い子を見つけたんだ。

 その子はたった一人であの強大なドラゴンに立ち向かうような子でね。

 ドラゴンもその子にはたじたじなんだ。

 はやく紹介しろって?

 わかったよ。近くにいるから、本当に近くに……


 ……っ!

 変な夢を見た。この体は寝る必要は無いのに。

 意識が覚醒していく。

 今の状況は。僕は生きているのか?

 彼女は、そう、彼女は?


 重いまぶたをようやく片目だけ開くことができた。

 視界が滲んでぼやける。


 僕は地面に横たわっている。体はまだ動きそうに無い。

 ようやく焦点が合い見えた景色は、僕がよく知っている神殿の周囲の景色のままだった。

 どうやら空間消滅魔法の発動は防げたようだ。

 それなら深手を負って生死の境をさまよった甲斐もあるというものだ。

 きっと彼女は無事だろう……。

 彼女はどうしたんだろうか。

 彼女なら僕が瀕死の好機を逃さず、とどめを刺しているはずなのに……。

 それとも、僕が死んでしまったと思って、満足して帰っていったのだろうか。

 そうだったらいいな。これ以上はお互いに不幸になる。


 でも寂しいな。命を狙われてたとしても、あの時間は楽しかった。

 だれかと一緒にいるというあの温かさはとても心地よかった。


 温かい。

 お腹のあたりに何かあるのか。

 重い首を何とか起こして、その温かさを確認してみる。

 そこにはすやすやと寝息をたてている彼女の姿があった。


 よかった。本当によかった。

 僕は彼女を起こさないようにゆっくりと起こした首をもとの位置に戻した。

 そして彼女の温かさを感じながら再び目を閉じたのだった。


 ・

 ・

 ・

 ・


「開いた。目が開いたわ!」

 次に目を覚ましたのはしばらく後のことだった。

 こちらを眺めていた彼女と目が合ったのだ。


「教えなさい、あんたなんであんなことしたのよ! 自分で自分を殺そうとするなんて!」

 彼女は僕の顔の間近までやってきて僕に詰め寄った。

 近い近い。


「心配したのよ! い、いや、心配はしてないのよ。勝手に死なれたら困る心配をしたのよ」

 照れくさそうにそう言う彼女の様子に胸が温かくなる。


 とと、だめだだめだ。

 忘れたのか?

 一緒にいるとこの子を殺してしまう。

 はやく追い返さないと。


 僕は喉を鳴らし、彼女を威嚇する。

 だけど彼女は怯みもしない。

 お願いだ。もう帰ってよ。


「ねえ、何に怯えているの?」

 彼女の言葉に僕の心拍数が跳ね上がった。


「怖くないよ。ほら」

 彼女が僕の顔に手を触れる。

 温かい。


「あんた、自分を傷つけてまで私を助けようとしてくれたんだよね。だから今度は私が助けてあげる」

 僕の横顔に顔をぴったりと着けてくる。

 そして目を瞑って歌を口ずさみ始めた。


 ・

 ・


 その後僕が落ち着くまで彼女は一緒にいてくれた。

 恐れていた殺せコールは起こらなかった。


 調べてみたら精神操作防御のスキルが精神操作無効に変わっていた。

 きっと僕が彼女と寝ている間にも殺せコールが続いていて、スキルレベルがカンストして進化したのだろう。


 これでいつまでも彼女と一緒にいることができる。


 だけど大切なことを忘れていた。

 僕は彼女と一緒に居たいけど、彼女はどう思っているのだろうか。

 確認するのが怖い。


「ねえ、あなた、名前はなんて言うの?」

 僕の傍らにちょこんと座っている彼女。

 そういえば名前を名乗ったことはなかったし、僕は彼女の名前も知らない。


「ぐわぅ」

 声に出してみたけど、やっぱり咆哮にしかならない。


「やっぱり竜語は解らないわ」

 彼女の表情が曇る。

 そこで会話が止まってしまう。


 もっと彼女と話をしたい! 彼女の名前を聞きたい!


『スキル:念話を取得しました』

 僕の願いを神様が聞き届けてくれたのか、魔力による意思疎通ができるスキルを取得したのだ!


『ソンナ カナシイ カオシナイデ』

「声が? あなたなの?」

 僕は軽く頷く。


『ボクノ ナマエ パラ』

「パラ。あなた、パラって言うのね。私はステラ。ステラ=ヴァーディーンよ」


 念話での会話はぎこちないながら、僕たちはお互いに自己紹介をした。


 その後もたくさん会話した。

 僕がドラゴンとなったこと。

 ステラのお兄さんを殺してはいないこと。

 恥ずかしいのでステラと一緒にいると温かい気持ちになることは伝えていない。


 ステラも自分のことやお兄さんのことをいろいろ話してくれた。

 僕との闘いのことも語ってくれた。

 最初はすごく憎まれていたことを聞いて、胸にチクリと痛みが走った。


 僕はずっとステラと一緒に居たい。

 でも、そういうわけにはいかない。

 ステラには帰る家がある。

 一度家に戻った方がいい。僕は意を決してそれを伝えてみた。


「家に帰らなくていいのかですって? いいのよ帰らなくてもあんな家。それに私、パラと一緒に居たいの」


 彼女の返答に嬉しくなったものの、そうもいかないだろうと思い食い下がったところ。


「なーに、パラ。あなた私と一緒に居たくないわけ?」

 彼女が膨れ面をして意地悪そうにそう答えたのだ。

 ぼくは全力で否定する。


「うそうそ、ごめんね。意地悪しちゃった。パラは私と一緒にいたいんだよね。体中でそう言ってるのわかる」


 そんなにわかりやすいんだ僕……。


「そうだわ、パラが私の家に来ればいいのよ。そうすれば食事もお風呂も問題ないわ」


 でも僕は守護竜。ここから離れるわけにはいかない。

 それに僕が人間の街に出るのはステラにも迷惑がかかる。


「あのねパラ。私あなたのこと好きよ。強くて優しくて、まるでお兄様と一緒にいるみたい」


 思いがけない告白。

 だけど、複雑な気分だ。

 僕はお兄さんの代わり。

 きっと彼女の言う「好き」は、寂しさを埋めるためのペットへの好きと変わりないんだろう。


 僕はどうなんだろう。

 ステラとは一緒に居たい。一緒にいると心が温かくなる。

 好きという気持ちに間違いはない。


 僕はドラゴンでステラは人間。

 添い遂げられるわけではないので、この気持ちが枯れた老人のようだといういわれを受けるのは間違っている。

 今の、お互いが好きという感覚が最上の状態なんだ。


「異論は無いようね。だったら私はパラを家に連れ帰るわ」

 どうやらステラの決意は固いようだ。


 ステラの望みをかなえるためにはいくつもの問題がある。

 その一つが僕がこの神殿から離れられないということだ。


 ステラに分かりやすいように僕は神殿から距離を置いて実演して見せる。10mほど離れたところで神殿から鎖が伸びて僕の体を拘束した。


「拘束されるから。だからどこにも行くことができない。だから私と一緒に行くことができない。そう言いたいの? いいの? パラはそれでいいのっ!?」

 語気を強めてまっすぐに僕にぶつけてきた。


 そんなわけない。


『イキタイ ココカラハナレテ イッショニ イキタイ!』

 何も迷うことは無い。僕は思いのたけを全部念話に乗せた。


「パラの本当の気持ち聞けて良かった。私もう遠慮しないよ」


 彼女が涙を流している。

 それを伝えると、「パラもよ」と帰ってきた。

 気づかなかった。

 僕は驚いた表情をしていたらしく、ステラがくすくすと笑いだした。それにつられて僕も笑い出した。


 ・

 ・

 ・


「ねえ、この神殿とドラゴンは魔術師が作ったんでしょ? だったらその魔術師に離れられるようにしてもらえばいいんじゃない?」


 そうだった。

 この守護竜システムを作った魔術師。

 名前は確か……。忘れてしまった。

 ん、でもあの時、後で聞きなおせるって言ってたよね。


 そうだ。チュートリアルは聞きなおせるはずだ。

 そこで魔術師が名乗っていた。

 さっそく僕はこの守護竜システムの情報の中からチュートリアルの情報を探し出し、再生する。


 魔術師ブレンダン


「ブレンダン? 聞いたことないわね」

 ステラも聞いたこと無いようだ。


 自分の中に情報があるかもしれない。

 保存された膨大な情報の中からその名前を探していく。


 あった。


 セグン=ブロード

 ブレンダン=エバンズ

 アニック=ラメッシュ

 ディーメン=ヴィスト


 いったい何のデータだ?


 エルニル=ヴァーディーン

 セルティ=ラジ

 パラ=ワルト


 データの最後に僕の名前がある。

 もしかしてこれは……


 【歴代ドラゴンリスト】


 っ!

 つまりは、この守護竜システムを作り出した魔術師は、自分で作り出したドラゴンに殺されている!!


「そ、そんな……」


 重苦しい雰囲気があたりを包む。


「でも、逆に考えると宝物の守護を放棄しても怒られることはないってことよね。そうよ。じゃんじゃん放棄しましょ」


 彼女の一言で沈んでいた気分がぱっと晴れていく。

 でも、実際どうやったら放棄できるんだろう。


「そうね、この神殿を破壊してみるっていうのはどうかしら」


 なるほど一理ある。

 でも、僕は神殿に向けて攻撃をすることができない。

 守護竜システムがそれを阻むのだ。

 では、ステラがそれをできるのかというと、人間の手でどうこうできるようなものではない。


「じゃあさ、神殿の扉を開けたらいいんじゃない?」


 なるほど。守る使命を果たせなければ、ペナルティはあるかもしれないけど解放されるかもしれない。


 だけどそれには問題がある。

 ステラが危険だということだ。

 僕自身は神殿に触れることさえ出来ない。

 それに神殿の扉に近づくものがあれば排除するようになっている。

 これは殺意とは別のシステムで、体が勝手に動くのだ。


『ステラ キケン アブナイメニ アワセタクナイ』

「多少危険でも私はパラを解放してあげたい。だからお願い、やらせて!」


 ステラの強い思いに僕は実行を決心した。

 最悪の場合は僕の命を絶ってでも彼女を守ると。


 ・

 ・

 ・

 

 そして計画を実行に移す。

 計画はこうだ。


 まずは僕自身を簡単には脱出できないように自分自身のスキルで拘束する。

 僕の拘束が解ける前に、ステラが神殿の扉を確認し、扉を開ける。


 僕たちは扉がどんな形状でどんな仕掛けで閉じているのか知らない。

 先に試してみたが、ステラが扉を見ようとしただけで僕の体がそれを阻もうとしたからだ。


 おそらくぶつけ本番となる。二度目は無い。

 再び決意を胸にする。たとえ僕が死んだとしても彼女は守る。


 僕は神殿からギリギリの距離まで離れ、そこで自らのスキルで何重にも何重にも自分の体を拘束した。


『ステラ タノンダヨ』

「わかった、任せて!」

 彼女の声が聞こえる。


 僕は念のため扉が見えない向きで地面に固定拘束しているため、ステラの姿は見えない。


「パラ、扉まで来たよ。鍵がかかってる。南京錠よ。でも鍵穴は無いみたい。時間もないから叩き切るね!」


 ステラの声が聞こえた後、金属と金属がぶつかり合う音が聞こえてきた。

 剣で南京錠を破壊しようというのだろう。


 急いでステラ。僕を拘束しているスキルのうち、もういくつかは解除されてしまった。残された時間は長くない。


「見た目はおもちゃみたいなのに結構頑丈ね」


 鈍い金属音が聞こえた。


「剣が折れちゃった。このっ、このっ」


 まずい、僕の体はすでに床から起き上がってゆっくりと扉へと向かっている。

 残っている拘束がすべて解けたら一気にステラに襲い掛かるだろう。


 ステラが必死に剣の柄で南京錠を破壊しようとしている姿が見える。

 せめても剣が折れてなければ……


 剣、そうだ、剣だ。


『ステラ コノケンヲ イマコソ コノケンヲ ツカッテ!』

 僕はわずかに回せる魔力を使ってステラの前に空間転移門を開く。

 異空間の中にしまっておいたのだ。


「この剣は私の!」

 そう。ステラが2度目に挑んて来た時の魔剣。


『ステラ イソイデ モウ オサエテオケナイ』


「大丈夫よパラ、私を信じなさい。そんなに時間はかからないわ。だって、南京錠ごと扉をぶち破ってやるんだから!」


 ステラと魔剣の一撃が扉を切り裂く。

 音と共に扉が崩れ去った。


「パラ、やったわ」

『ステラ ナカニ』

 急いで神殿の中に入るように促す。

 中に守護竜システムを終わらせる何かがあるに違いない。

 それに僕のほうももう持たない。

 ステラに襲い掛かったとしても神殿の中なら大丈夫だろう。


「何も、無いわ。ねえ、パラ、何もないの。宝物どころか、神殿の中さえも!」


 宝物どころか神殿すらも虚構だっていうの?


「何、何? 何もないのに奥のほうから消えていく」


 中の様子はうかがえないが、神殿の外観が光輝き、端のほうから光の粒が空に昇るようにして消えていく。


「パラっ!? あなた!」

 神殿の中からステラが出てきた。

 慌てた様子でこちらを見ている。


「消えていく、パラが消えていくよ、だめっ!」

 言われるまで気が付かなかった。

 神殿と同じように僕の体は端から光の粒となって消え始めている。


 予想する結果の一つではあったけど、実際こうなってみてもまだ実感はわかない。

 このまま消えてなくなるのか。


「パラ、ねえ、駄目よ、消えないで」

 ステラが駆け寄ってくる。

 僕は体を地面に伏せる。

 せめて最後はステラの姿を間近で見ながら消えたい。


『サヨナラ ステラ イママデアリガトウ タノシカッタ』

「だめっ、だめっ、消えちゃダメ! 認めないから。私はそんなこと認めないから。ねえ、お願いだから行かないでっ!」


 僕の顔にステラは腕を回して抱き着いてくる。

 ごめんねステラ。


「パラ……」

 僕の口にステラが口づけをする。


「あなたとは2回目よ」

 唇を放すとステラはそう言った。


 もう念話も使えない。

 後はわずかに残った光が消えるのを待つだけ。


 ステラが光の粒となるのを待つだけのわずかに残った僕の体を抱きしめてくれる。

 今までで一番深くステラと心がつながった気がする。

 ありがとうステラ。

 


 ………


 消え、ない。

 まだ消えてない。

 それどころか。


「パラ!」

 それどころか、不定形だった光の粒が集まって僕を再度形作り始めた。

 それも、人間の姿に!


 ステラの愛の力なのか、それとも神様のいたずらなのか。

 理由はわからないけど、ありがとう……


「パラっ!」

 完全に人間の姿になったところで、ステラが僕の体に飛び込んできた。


 しっかりと愛しい人の体を抱きとめる。


 お互いに見つめ合い、そのまま唇と唇を重ねた。

 そこに言葉は必要無かった。

 長い長い口づけの後、ステラは僕を見つめてこう言った。


「これが私のファーストキスよ」

ここまでお読みいただきありがとうございます。

評価や感想など頂けるととても嬉しいです。


短編、「最高の抱かれ心地を求めて」もよろしくお願いします!

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[一言] 楽しく読ませて頂きました。 物語をハッピーエンドにしてくれてありがとう。(*- -)(*_ _)ペコリ
[良い点] 心情が上手く表現できていると思います。文章からキャラクターの感情が伝わって来ました。 スキルについても、人の好みはあるかと思いますが自分は大好きです。どんなスキルがあって、どんな使い方を…
[良い点] セレンUK様、小説読ませて頂きました! 自分はドラゴンモノが結構好きでして、なろう作品でも検索して探して読んだりしましたが、この作品はその読んだ中でも凄く面白かったです! ドラゴンモノはや…
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