第6話「裏切りのシャーロット」
「脈がない……、死んでるわ」
「えぇ……」
そして、シャロがポケットから、短冊のようなものを取り出す。
「あ、チョコ?
ちょっと遅くなるから、お昼ご飯に保存魔術かけといて」
「おいシャロ!! 何呑気に術会なんかしてんだ!!」
「やりたいことがあるの……」
術会とは、魔術で作られた『電話』みたいなもののことだ。
見た目は、前述の通り七夕の短冊のような感じ。
その術会を、ポケットにしまった。
そして館長の机の中の鍵を、全て出してみる。
「こんなチャンスは逃せないわ…………。
私は今から、『召喚の泉』を破壊してくる……!」
「おいシャロ……、今なんて言った?
聞き間違えかな? じゃないとすれば冗談だよな」
「私は大マジよ」
「正気か!!?
あまりの衝撃風景に、頭逝っちまったんじゃ…………」
「…………私は脱走したいの。
私は天才として生まれた。家族からも一目置かれていた。
自慢じゃないけど、幼きにしていくつもの術式を発明したわ。
……14歳の頃までね。
14歳の頃突然、皮膚魔術が発動してここに召喚された。
バラ色の人生をブチ壊されたの!!
そんな悪魔の召喚術式を、今破壊する!!」
「リーダー……」
シャロは、無敗の館長の死体を前に、自分の心の中を打ち明けた。
ベリィは、無敗の館長の死体を前に、訳が分からなくなった。
だが、シャロの話を聞いているうちに、事態の理解ができた。
シャロが、内ポケットから紙を取り出す。
紙にはギッシリと、細かく魔方陣が描かれている。
「……これは召喚後、私が1年半かけて作った『召喚の泉』専用の破壊術式。
これを何分間か泉に浸しただけで、破壊できるわ。
私は組織を裏切る。あなた達がついてくるかどうかは、自由よ」
シャロの陰謀に、ベリィは内心驚いている。
だが、こういう場面では、格好つけて対応すべきなのだ。
ベリィは、それをよくわかっていた。
「シャロ。
私は今の生活に満足している。
でかすぎる危険を冒してまで、脱走する必要はない。
……私はここに留まる。
お前は強かったよ。リーダーだけあってな。
シュートが賛同してくれたらいいな。
あぁ、確かに裏切りが成功した前例はゼロだ。
でもお前とシュートの強者コンビなら、多分大丈夫だと思うぜ……?」
「……わかったわ」
「私とシャロは、ここでお別れだ。
これから3分以内に班員たちが一人も来なければ、そういうことだ。
……それじゃぁ」
「またどこかで…………、ね」
ベリィは部屋を出た。
早足で廊下を進む。
だが、足取りは重かった。
「クソッ……!」
立ち止まった。
……なんだ?
私は悲しんでいるのか?
シャロと別れるのが悲しいのか?
いや、そんなはずはあるまい……。
ベリィの顔は、自然と上を向いていた。
……私は『友情』とか『正義』とか、綺麗事が大嫌いなんだ……。
私が悲しむわけ……。
ベリィの進行方向が、逆になる。
……おい! 何やってんだ私は!!
私を取り巻いてきた、あの嫌悪感溢れる偽善者共と、同じことをしているぞ!!
私は今……仲間と別れたくない考えている…………!
部屋に入った。
シャロがそこに居た。
「シャロ…………」
考える前に、台詞が出てくる。
「私も着いていきたくなった」
「…………よかった」
シャロが笑顔を見せる。
シャロは、レリィの次に笑顔を見せない。
「行こう、ベリィ」
「おう」
召喚室に着いた。
シャロが、館長から奪った鍵を使う。
「大丈夫、ここの鍵は館長のヤツしかないから、見張りはいない」
ちなみに、秀人を召喚した部屋は、ここではなく、『多目的室』だ。
組織の下っ端が作った召喚術式だからだ。
部屋に入る。
「おお、懐かしいな、私が召喚されたところだ」
「私もよ」
部屋の中に、直径20m程の泉があり、泉の底いっぱいに魔法陣が組み込まれている。
泉には石が浮かび、いくつかが動いている。
石は『皮膚魔術師の居場所』を表す。
石に手をかざし、呪文を詠唱すれば、その石に対応する皮膚魔術師を、ここへ召喚できる。
つまり、街中の皮膚魔術師を全て召喚できるのだ。
脱走しても連れ戻され、死刑になる、ということだ。
脱走の成功者が存在しないのは、だいたいこれのせい。
「班員達はいいのか?」
「善は急いだ方がいいでしょ。
呼ぶのは後で」
「まあな」
シャロが手に握っていた紙を泉に浸す。
泉一面が黒く染まってゆく。
「私が今ここから手を離せば、多分爆発するわ。
3分くらい待たないとダメ。
皮膚魔術級の壮大な破壊術式なの。
だからあなたが見張ってて」
「オッケー」
ベリィはドアの外を見張る。
松明が生み出す光はわずかであったが、廊下は長く一直線なので、誰かが来ればすぐわかるはずだ。
「ん?」
ベリィが生命の気配を感じ取った。
とっさにドアを閉め、部屋から出る。
「え? 誰かいたの?」
部屋からシャロの声。
「いや、何かの気配がするんだ……。
でも人間のものではないぞ」
そう、人間の気配ではなく、イヌとかネコとか、小動物のようなそれだ。
だが、廊下には蟻一匹見つからない。
「おかしいな……」
いやな予感がしてくる。
上の連中に部屋を見られたらマズイ。
「……シャロ、何かを『透明』にする術式について、どう思う?」
「それは皮膚魔術で間違いないと思うわ」
「……なるほどな、今私の前に、透明の吸血蛇がいる。
さっきの気配の正体は、コイツだ……」