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サリーナ・マハリン  作者: なのるほどのものではありません
第2章:約束
10/32

10, 血の匂いがする

「スザンナ。」


 名前を呼ばれて顔を上げた。

「フェレス。」

 微笑んだ。彼は相変わらず微笑んだりしなかったが。

「どうした。気分でも悪いのか?」

 屈みこんでいた私の心配をしてくれる。相変わらず、優しい。

「いやっ、なんでもないんだ。ちょっと疲れただけ。」

「……?スザンナ?」

 手が伸びてきた。この間自分の手を取ったあの手が今度もまた自分の手をとらまえようと伸びてくる。

 だけどそれは触れる寸前で止まる。こちらが思わず身をのけぞったからだ。

「……本当に平気なんだな?」

「うん。うんうん。全然っ。大丈夫。」

 微笑んでみせた。だけど、優しいこの人を拒否してしまった。そのことを瞬時に後悔した。


 彼はため息交じりの息をはきだし、そして背を向けて馬車に向かった。

「スザンナはこの馬に乗って。」

 一頭の白い馬を指さす。

「乗れるよな?」

「あ、え?うん。乗れるよ。馬くらい。」

「それから……クシス。」

 馬車に向かって、誰かの名前を呼んだ。


 扉が開いてそこから優雅な表情の男の子が出てきた。柔らかい髪がすこしはねている。表情はわざとらしいくらい微笑を保っていて、子どもらしくない少年だと思った。


「弟だ。」

 クシスは微笑んだまま頭を少し下げた。

「……あ、はじめまして。私はスザンナだ。よろしく。」

 手を伸ばそうとしたけれど、思い直してその手を引っ込めた。

 クシスも手を出しては来なかった。

「兄様、こんな若い護衛をつけるんですか?」

 クシスは問う。

「あぁ。」

「護衛として、役に立つんですか?」

 なんだよ、とむっとする。

「アルブの武民だ。信用はおける。」

「へぇ。武民……。」

 クシスは目だけは微笑を浮かべたまま、こちらを興味深そうに見た。

「あぁ、だからかな。」

「え?」

「いいや。少しだけ血の匂いがする。」

 クシスはにっこりと微笑んだ。私は微笑む事が出来なかった。

「行きましょう。兄様。遅れます。」

「あぁ。」

 フェレスはこちらを少し見て、それから馬車に乗り込んだ。


「……血の匂いか。」


 それを見送ってから呟いた。

 あんな小さな綺麗な格好の子どもに、血の匂いが嗅ぎ分けられるはずがないのに。返す言葉はなかった。事実自分は血まみれだ。


 フェレスを待つ3日程の間、2人切った。襲われたわけだが、それはどちらも、自分がアングランドファウスト家の護衛だと言う理由だった。自分は怪我をしなかった。

 少し切ったりもしたが、そんなものは大した怪我ではない。


 だけど、切り裂いた相手の傷口から吹き出た赤い液体が自分に何度もかかった。

 結構手も洗ったし、服も洗ったけれど、鼻の奥にまだまだ残る鉄の香り。掌が少しだけ鉄くさいんだ。だからフェレスに触れるのは、とても気が引けた。


 自分が汚れてるとかは思わない。私は武民だ。戦うことに善悪は基本的に求めない。剣をふるう。戦う。それが生きることだ。それが本物の武民だ。野蛮な種族だとしょっちゅう批判を受ける。魔女にも嫌われてるっていう噂だ。


 ……いい。考えるのをやめよう。


 そう思って馬にまたがり前を向きなおした。

 今は剣をふるう仕事に就いている。護衛中だ。神経は常に研ぎ澄まさなければならない。

 一度目を閉じ、そして目を開けた。すると雑念は消えていた。

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