第12話:帝王さまは、御立腹
オタクにはオタクにしか分からないモノがある。いや、そのオタクの中でも同じ種類の仲間でしか分かりえないモノがある。例えば、『鉄』だ。鉄道マニアである彼らにも、種類がある。物体そのものに興味がある者、その中で、その走る姿、停まっているフォルム、写真、中身、乗ることに興味があるもの、そして、その物体でなく時間、つまり時刻表などに興味をそそられる者など、人それぞれである。本物ではなく、ミニチュアなどに魅入られた者や、天命を終えて廃車となった車両の部品などを集める者たちも居るのだから、それはもう、オタクという一言で定義・肯定するにはあまりにも趣味・主張が枝分かれしているのである。まぁ、マニアとオタクを同じに位置付けるなと、各々方面からご意見が来そうだが、趣味に集める執念は同じことである。
「それで、なにが言いたいのですか、阿久津くん?」
「ですから、どうやらその理論から行くと俺と部長のお義兄さんとは、同じ趣味・主張の者らしいのです」
言いながら阿久津は、尾行する和屋家の旦那が向う方へと指をさす。
「つまり、お前も『猛乳娘』が好きと…!?」
バギリと部長・柏木七海は手に持っていた袋を握り潰す。
「はわぁっ!?」
それに、阿久津が声にならない声で魂の叫びを叫ぶ。何故なら、七海が握り潰したそれは、さきほど阿久津が買い求めた幻の同人ゲームであったからだ。
和屋家の旦那と偶然に接触してしまった阿久津 当夜。彼と和屋家の旦那との一連の会話を聞いていた七海が『そのゲームってそんなに面白いものなんですか?ちょっと、見せてください』と言ったので、阿久津は彼女にそのゲームを渡していたのだ。最初は、パッケージに未成年にはあまり好ましくないイメージが描かれているので、阿久津も渋っていたのだが、にっこりとその可愛らしい笑顔で『先ほどの私のストレスを阿久津くんで発散しても良いのですけど?』と脅された日には、阿久津も渋々とゲームを渡すことしか出来なかったのであった。
まぁ、予想通り、『なんですか、このゲームわっ?』、『大変です!?いえ、変態です!?』などとさんざん喚き散らした後、『巨乳ばっかりです……む〜っ!!』と、そのゲームをどこぞに投げ捨てようと振りかぶったので、話題を変える為に自分が七海の義兄と同じ趣味の人間であると阿久津は別の話題をと切り出したのだが、結局、ゲームは怒った七海に握り潰されてしまったのであった。
「で、巨乳が好きな阿久津君?お義兄さんと同じ…が、何ですか?」
やや不機嫌気味に七海が、潰れた幻のゲームに涙を流す阿久津に先ほどの言葉の意味を問う。と、それに涙を流していた阿久津がビクリという大きな反応を見せる。なぜなら、聞く七海の視線が尋常では無いからだ。冷たい。どこまでも冷やかな視線で阿久津を凝視する七海。
「いや、別に巨乳が好きな訳じゃ、いや…」
「………」
「!?」
幻のゲームを壊されて意気消沈の筈の阿久津なのだが、そんな事には構ってはいられなかった。どうにか、しなければ…。この部長、この帝王の、ご機嫌を取らなければ……自分は死ぬ。決して大げさでは無かった。この七海の冷やかな瞳は語っている。『オマエガ、キライダ』と…
「お、俺はむしろ、ちっちゃいのが好きです」
「……」
「…」
「……」
無言。冷やかな視線と冷たい空気が阿久津を襲う。
(くっ!?まだだ!まだ、あきらめちゃだめだ!!)
しかし、そんな冷たい雰囲気にもめげずに、阿久津は不屈にもさらに言葉を繋げる。
「ぶ、部長ぐらいのが俺は好みです。有るような無いような…『つるぺた』なのが、俺は」
瞬間、阿久津の顔が真っ赤に燃える。
(あれ?なんだ?これ?あえ?あえあえ?)
声が出ない。言葉が出ない。咽がからっからに干からびていく。ごくりと唾を飲み込むものの、それでは咽は潤わない。どきどきと動悸が息苦しい。天才・阿久津と呼ばれた頭脳の思考が停止する。名探偵・阿久津。スパコン(スーパー・コンピューター)頭脳・阿久津。呼ばれたあだ名が廃るほどに思考が働かない。代わりにドーパミンが成りアドレナリンへと変わり、動悸を激しくする。
「…つまり、私が貧乳だと、阿久津君!?」
「!!?」
あぁ、終わった。真っ赤に燃える顔が、真っ青に冷めて、阿久津 当夜はしっかりと己の最後の時をその明晰な頭脳で感じ取ったのであった。