In vein
薄暗く照らされた部屋。
見覚えのない天井とかすかに聞こえる寝息。
一瞬ここがどこか本気で考えてあ、ホテルかと納得する。
ゆっくりと起き上がり、まとわりつく空気を払うように髪を横に流した。首元がじんわりと汗ばんでいることに気付いて気持ち悪さにため息がこぼれる。
汗が気持ち悪いのか、汗をかいた原因になった相手が気持ち悪いのか、わからないけど。
鞄からいつも持ち歩いてるミネラルウォーターを取り出してあおる。もうほとんど残ってはいなかった。
目が覚めて腕にかかっていた重みがなくなっていることに気づく。
薄目を開けて確認すると最低限の下着だけを身に付けた彼女が窓際にぼんやりと立っている。
ついで視線を元に戻して不思議な虚しさがみたす左の腕を眺めてみる。
自分のものの気がしない左腕のその先の、左手の、少し熱を持つ小指だけが、やっと自分のものと感じれる。彼女が噛んだ、その小指だけが。
音を立てないように左手を口元に寄せてその小指に小さく口付けて、俺は寝たふりを続けた。
待ち合わせをして、食事をとるでもなく、買い物をするでもなく、今日の他愛もない出来事を話すでもなく、通り過ぎていくカップルたちのように腕を組むでもなく。
ただ近くのホテルに入り、ただもつれてベッドに入り、ただただ情を交わす。
そのほかに交わすものなど何もない。
言葉も、気持ちも、口づけも、他に交わす全てのものが無駄だから。
いらないから、必要ないから
互いと別れてから互いに会うまでのその全ても、だけど。
全部無駄だから。
奥で繋がるその一瞬以外は。