第2話 過去の約束、今の幸せ
今回は、主に主人公の過去について書いています。
俺がこの世界で生まれてから、五年ほど経った。
この世界での俺の名前は、タクト・アーウィンというらしい。
唐突だがここで、俺の前世の、水瀬 拓斗だった頃の話をしよう。
俺は、一般家庭の一人息子として産まれたらしい。
なぜらしいのかというと、俺がまだ小さい頃に両親が死んでしまったからだ。
両親が死ぬ前に住んでいた家は、俺を引き取った親戚と一緒に俺が住むことになった。
だが、そこからが、俺の悲劇の始まりだった。
義理の両親は博打好きで、死んだ両親の遺産を使って、パチンコや競馬などをしていた。そして、それでうまくいかない度に、俺は虐待を受けた。
殴る蹴るは当たり前、酷い時は、煙草の火を腕に押し付けてきたり、部屋に閉じ込められたりもした。それでも、俺は一生懸命生きていた。毎日小学校へ行き、義理の両親の虐待を受けながらも、宿題などを一度たりとも忘れたことはなかった。皆に迷惑をかけてはいけないと思い、学校では何事も無かったかのようにすごしていた。
だが、そんな日々も、終わりを告げた。
義理の両親が博打で失敗し、危ない金に手を出し、挙句の果てに俺を捨てて逃げたのだった。そのことに気づいたのは、俺が学校から帰ってきたときだった。その日のうちに、俺の家や、両親との思い出の品や遺産はすべて差し押さえられた。俺はすべてを失ってしまったのだ。そんな俺に手を差し伸べてくれたのが、美咲たち、鮎川家の人たちだった。あの人たちに引き取られなければ、俺の人生は、小学生で終わっていただろう。
それだけに、俺は思っていた。自分は鮎川家にとって、お荷物なのではと。
俺は鮎川家の人たちに、美咲に迷惑をかけているのではと。
その思いは、どんどん強くなっていった。
そして俺は、ある決断をした。
ここから、いや、この世からいなくなってしまおうと・・・。
思い返せば俺はもうこのときには、おかしくなっていたのかもしれない。
世間からの目から、人々の目から逃げ出してしまいたかったのかもしれない。
差し伸べられた救いの手の先に見えるものが、幸せとは限らない、そう思っていたのかもしれない。
とにかく、ここから逃げ出したかった。それだけが俺の頭の中を支配していた。
気付けば俺は、どこかもわからないビルの屋上にいた。おそらく廃ビルなのだろう。近くに人影は無かった。
ここなら、間違いなく死ねるかな。
そんなことを、ふと考えた。
頭の中を、今までにすごしてきた記憶が流れていく。走馬灯というやつだろうか、少しだけだが、決意が揺らいだ。だけど、もう後戻りをする気は無い。
一歩、また一歩と前に出る。あと数歩で俺の人生は終わる、そう思ったときだった。
「やめて!!」
そんな声が耳に届き、同時に誰かに後ろから抱きしめられた。声からして、美咲だろうと思った。その声は、少し涙ぐんでいるような感じだった。
「やめてよ!タク君がどう思ってるのかは判らないけど、私たちにとってタク君は大切な家族なんだよ!?だから、いなくならないで!!」
美咲の言葉が、俺の心を癒していくような気がした。
背中に美咲の温もりを感じた。
いつぶりだろう、人の温もりを感じたのは。
気付けば俺は、涙を流していた。
「ごめん、俺、勝手に考えすぎて、勝手に皆の前からいなくなろうとしてた。その後の皆の気持ちも考えずに・・・ほんとにごめん」
自然と言葉が出てきた。
ああ、やっぱり俺は、死にたくないんだと思った。そりゃそうだ。だって、俺の周りにはこんなにも俺を想ってくれる人がいたのだから。
それから俺と美咲は帰路についた。帰ってから美咲のお母さんに思い切り怒られて、それから思い切り抱きしめられた。
それから美咲と、1つの約束をした。約束の内容は、もう皆の前から絶対にいなくなったりしないというものだった。
さて、結果的に俺は約束を破ってしまったわけだが、俺はこちらの世界に転生してからも幸せに暮らしている。両親がいて、1つ下の妹がいて、街の人々がいる。そんな中で暮らしている今の俺は幸せだと思う。
「タクト、ご飯よー。」
「はーい!」
家族がいるという幸せ、それは小さな幸せかもしれない。だけど、俺はこんな幸せを大切に思っている。そして、こんな幸せが消えてなくならないことを祈っている。
だけど、その幸せもまた、儚く消え去るものだなんて、俺はまだ知らなかった。