第七話 多面ライニャークライム~声のイメージはペ●ラー氏~
永谷VSギア・クライム回。
ここまで読めばギア・クライムのモデルがわかると思うんだ……
永谷とギア・クライムの戦いは尚も壮絶に続いていた。
「スパイラルブレイク!」
「ほっ!」
ギア・クライムの右腕に装備されたドリルによる一撃を、永谷は(形態を変えた事によって機動力が若干低下しているにも関わらず)無駄のない動作で華麗に回避する。
「(避けたか……だがその程度、私にとっては想定済みだ)――アタッチメント・チェンジ。スパイラル・ドリルよりジェイル・コマンダー」
攻撃の直後に呟かれたその言葉を合図に、彼の右腕に装備されていたドリルは瞬時に複雑怪奇かつ機械的な変形をこなし、若干厚みのある白黒ツートンカラーのブレスレットに姿を変える。ブレスレットの前後端部からは幾つかの小型メカが射出され、それらは瞬時に永谷を取り囲んだかと思うと白昼では目視困難とも思えるほどの赤いレーザーを照射する。
「何!?」
永谷は赤外線感知器官にてこれを察知し回避しようとするも思わぬ所で死角が生じ失敗、レーザーの直撃を許してしまう。
「くぅ――っ?」
てっきり装甲を焼き貫かれるものとばかり思っていた永谷であったが、然し彼女の予想は大きく外れることとなる。レーザーの出力は見た目通り微々たるもので、装甲を焼くことはおろかヒトを失明させることさえできない代物だったのである。この事は一瞬ばかり永谷を安堵させ――また同時に、油断もさせてしまった。そして、その油断が彼女にとって不利な結果を招いたのは言うまでもない。
「(な、何とか命拾いしたようですね。ならば早そ――くあぅおっ!?」
突如永谷を取り囲む、無数の鉄格子。よく見ればそれは立方体の檻であり、空中に浮遊していた永谷はまんまと閉じ込められてしまったのである。
「うっぎゃああああ!? まさかそんな馬鹿な私がこんな檻なんかに閉じ込められるなんてぇぇぇええ! 要するにあのレーザー光線は私の正確な位置を捕捉し適切な位置に檻を転送するためのものだったんですねそうなんですねー! っていうか私蛇だからもしかしたらこの格子の隙間抜けられるかもしれませんよほらほらほらほらほらほらオラオラオラオラオラオラドラララララララララララヮアナァビィィィイイイイェリエリエリエリエリエリアリアリアリアリアリアリ――」
何故だか猛烈に取り乱してしまったらしい永谷は、凄まじい早口でまくし立てながら何とかして檻から抜け出そうと格子の隙間に頭を捩込もうとする。そして捩込む動作は途中から頭突きに変わり、ギア・クライムを呆れさせた。
「……いい加減諦めないか、ピンクワスプ。ジェイル・コマンダーにより転送されるヘヴンズネット・ジェイルは相手に合わせてその都度設計されているんだ。幾ら蛇の君でも格子の隙間から脱出するなんて無――」
「だ な わ け あ り ま せ ん か ら ぁぁぁぁぁああああボラボラボラボラボラボラボラボラ――」
頭突きをやめた永谷は続いて(折角出しておきながら回避に集中してばかりだった為に先程までろくに撃てずにいた)機関銃を構えると、檻の格子目掛けて弾丸を放ちながらぐるぐる回転し始めた。一見自棄を起こして出鱈目に撃ちまくっているようであり、実際七割六分五厘か八割七分六厘はその通りであった。然し残る二割三分五厘か一割二分四厘は冷静であり、解き放たれた弾丸は全て檻の格子の決まった一点に命中していたことが何よりの証拠である。
「――ボラボラボラボラボラボラボラボラボラボラボラボラボラボラボラボラボラ――」
永谷は延々と弾丸を放ち、延々と回り続けた。然し、幾ら弾丸を打ち込もうとも格子は1マイクロメートルも歪まず、傷一つろくについてすらいない。結局彼女は機銃に装填された弾薬の全てを使い切ってしまった。
「……今更言うのもどうかと思うんだが」
疲れ果てたように項垂れる永谷に、ギア・クライムは諭すように語りかける。
「ヘヴンズネット・ジェイルはタングステン合金に特殊な障壁魔術を施したものになっていてね。自身に触れたもののエネルギーを根こそぎ奪って耐久力に換算することができるんだ。つまり、君が幾ら機関銃を放ったところで無駄なんだよ」
ギア・クライムはあくまで紳士的に語りかけたが、永谷からの反応はない。
「……返答無し、か。ならば仕方がない。君にはここで死んで貰うとしよう。アタッチメント・サモン。フレイム・ブラスター」
ギア・クライムが唱えるのと同時に、彼の左腕へメタリックなオレンジ色をした機械的な篭手が装備される。
ギア・クライムは篭手の装備された左掌を檻に向けて翳す。
「……灰になるがいい」
刹那、掲げられた左掌が握られるのと同時に檻は永谷を閉じ込めたまま一瞬にして爆発四散。跡形もなく吹き飛んだ。
「……」
永谷を檻ごと爆破したギア・クライムは、心なしか悲しげな表情でその場から立ち去ろうとする。然し彼にとって予想外の出来事が起こったのは、その直後のことである。
「もし、そこのお方。どうかなさいましたか?」
「!?」
彼の耳に入って来たのは、目の前で死んだ相手の、この手で殺した相手の声であった。
「(馬んなそ鹿な――いや、そんな馬鹿なっ!? 何故彼女が生きている? 彼女はつい先程殺した筈だぞ! 死体はおろか、スーツの破片さえまともに残らない程木っ端微塵に爆破してっ! 蘇生か? 幻聴か? ええい、考えてもキリがない! ……振り向いて確認すれば済む話だ)」
ギア・クライムは柄にもなくただの一声に相当取り乱したがどうにか落ち着きを取り戻し、振り向いて声の主を確認する。
「――やはり、貴女か」
振り向いた猫男が目にしたのは、先程殺した筈の相手――ピンクワスプこと永谷であった。その戦闘スーツは太短い六角柱を七個繋ぎ合わせて形作られた蛇型ロボットのようであり、六角柱それぞれの面から一本ずつアームを生やしたそれがピンクワスプの次なる形態であることは火を見るよりも明らかであった。
「ええ、私です。ピンクワスプです。驚かせてしまったかもしれませんが、まあ大目に見て下さいな」
「大目に見る? おかしな事を言う奴だな君は。ここは戦場であり我々は敵同士。ならば騙し討ちや奇策の類いは糾弾される謂れなどなく、寧ろ称賛されて然るべき行為だ。この場合の非は、貴女を拘束した気になって隙を見せた挙げ句、こんなものまで打ち込まれて思考を怠りまんまと脱出を許した私にある」
そう言ってギア・クライムは、自身の首筋に刺さった小さな針らしきものを引き抜いて見せる。
「雀蜂と名乗るからには警戒しておくべきだったんだ、君の放ったこの毒針をね」
「ほう……それを見付けて引き抜いたばかりか、毒針という正体まで掴みましたか」
「ああ。厳密には薬針と言うべきかもしれないがね。そしてよく見てみれば……成る程、全体が筒状になっていて両端を蝋で塞いだ形跡まであるのか。内部に毒物か薬品であろう何らかの液体――それも、血管を通して私の脳に作用する代物――を封入していたという確証だな。封入物を厳密に特定することはできないが、それくらいのことは私でもわかるぞ」
「それくらいのことと言いながらもう私が解説すべき事の内読者がまともに理解・記憶しそうな部分の殆どを貴方が言ってしまってるんですがそれは。まあ間違ってないのでいいですけど。因みに直接檻を抜け出すことができたのは今のこの形態――ハイパーピンクワスプ・フォートレスに備わった分裂機能のおかげです」
そう言って永谷は自らの意志で無数の小型スズメバチロボットに分裂して見せた。
「その小さな体で隙間から抜け出したというわけか……迂闊だった……」
「お気になさらず。それもまた針に仕組んだ薬品の所為ですから。まあ今はもう効果が切れてしまってますが」
「そうかね。それなら安心だ。……然し君のフォートレスとやら、重厚にして俊敏という矛盾した性質を上手く共存させられていると見た」
「」
「となると私のワイルド・スフィンクスやスピーディ・ショートヘアでの対抗は困難……ならばアレを使うか。こういう時には冷静な対応が必要だ。……燃え盛り煮え滾り荒ぶる我よ。凍てつくように鎮まり、ただ流れに身を任せよ……」
深く、静かに深呼吸したギア・クライムの身体が、再び変化していく。それまで産毛程度の長さしかなかった体毛が驚くべきスピードで伸び始め、触り心地の良さそうな毛並みとなったそれは白と淡い褐色との縞模様になる。更に筋肉が少しずつ減っていき、筋骨隆々な格闘家のようだった猫男は、例えば知的な技術者や冷酷な暗殺者を彷彿とさせる体格になっていた。
「ホイール・チェンジ、テクニカル・フォレストキャット」
纏う白衣は若葉を思わせる緑色であり、貧相とも取れる体格を毛皮で補ったような外見にも関わらず、然しそれは安易に弱いなどと言い切れない気迫を漂わせていた。
「(私は負けない……復讐を果たすその時までは……)」
次回、多分アイル回。バイオロードのモデルというか元ネタもわかる筈。