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第三十五話 倉イムさん~故郷取り戻す為ならば彼は世界も敵に回す~




クライムの思いと末路

「(私の心には、ただ悲しみと絶望だけがあった……せめて霊界に下ってくれてさえいれば、顕霊期限定で臨母界にも来られたのだろうが、そうとも行かない。その原因は八議長にも分からなかった。ただその内の誰かが『霊魂を動かす生命エネルギーか霊魂を形作る生体情報か、或いはその両方が著しく損なわれていた為ではないか』という推論を述べていたかな……ならばと私はソグマ打倒を画策し、八議長が管理する蘇生システムを借りて進轍へ舞い戻るべく議会に直訴した。彼らと共に暮らせないのなら、せめて彼らが暮らした世界だけでも取り戻したかったからだ。だが議長達はそれを良しとしなかった。蘇生には膨大なエネルギーがかかり、そもそも死者の蘇生は余程の場合でもない限り次元の均衡を乱し災害の原因にもなりかねないという理由からだった。そも冷静に考えてみれば、私が蘇った所で復讐が成功するという確証もない……ともすれば私はあきらめざるを得ず、結局臨母界で工学者として生きることを決意した。生活は充実していた。まさに幸福だったと言えよう。無論、進轍で過ごした日々に比べればどうということもないようなものだったが……それでも私は満足だった――あの女が現れるまでは)」


 クライムの言うあの女とは即ち、現ワールドショック総帥を務めるクイーンDCDことダニエラ・チャミィ・ディルレヴァンガーその人であった。ある時地味な身なりでふらりと現れたダニエラは見学という名目でクライムの研究所を訪れるや否や、唐突に心を見透かしたような言葉を紡ぎ、洗脳するが如くに彼を組織へと引き入れてしまう。


「(かくして私はあの女に加担する羽目になってしまったわけだが、私は別段現状を悔いてなどいないのだな、これが。確かにあの女は気に食わないが、だとしてもこの計画を成功させれば私は進轍に戻ることができる。そうなればこっちのものだ……この命果てようともかのソグマを打倒し、故郷を取り戻して見せる……その為なら私は如何なる行為であろうと躊躇いはせん! 如何なる行為であろうともだっ!」


 独白モノローグを断ち切るように張り上げられたクライムの大声を合図に、回避に専念していた彼の全身が青く燃え盛る。実際は本当に炎が出たわけではなくデッドリー・レックスによってみ出されるエネルギーが彼の昂る神経に反応して燃え盛る蒼炎の像を以て具現化したに過ぎないのであるが、事実炎以上の熱を内包したそれは放たれた永谷の弾丸を、溶解を通り越して蒸発させる。

「(ふむ、流石の熱量……動きに隙ができたので当たるかと思っていましたがああいう防御方法もあるんですねー……やはり、勿体ぶらずに使ってしまいますか)」

 一瞬で跡形もなく蒸発する弾丸を目の当たりにした永谷は『流石に様子見へ時間を使い過ぎたか』と覚悟を決め、先ほど製造したらしい『模蜂児飯球』なるものを使用する。

「(あの後追加で幾つか作っておいたのが功を奏しましたかね。では早速……)」

 かくして永谷は新たなる装備を本格的に活用することとなるのだが、その装備によって引き起こされた現象はクライムの度肝を抜くのに十分過ぎた。

「な、何だあれは!? 一体どうなっている!?」

 驚愕の余り思わず声を張り上げるクライムの視線の先にあったのは、両手と両肩にそれぞれ何らかの装備を展開・装備した永谷の姿であった。無論、ただそれだけのことであれば別段クライムも声に出す程も驚きはしなかったのだが――

「(どういうことだ……何故彼女があれらを装備しているんだ……あれらは……あの装備は全て私のものだぞ!? 確かに中枢システムを着脱可能な小型ガジェットに内臓もあったが、それはススムやツヨシが使っていた頃の話だ。現状は私自身の肉体がシステムと適合しなかったために中枢は私の体内へ有機的に結合され一種の異能と化しているんだ。装備を奪うことなどできる筈がなぁい! ――はっ!? しまった、私としたことが一度ならず二度までも――

「剥奪ではありません、複製ですよ」

「何っ!?」

「ですから、剥奪ではなく複製だと、そう言ったのです。私の装備『模蜂賭賽もほうとさい』は、複数の者にダイスを用いた簡単な勝負をさせるんですよ。装備の持ち主が勝負に勝った場合指定した何れかの敗者の持つ異能をランダムに複製し球体へ封入することで『模蜂児飯球』というものを作れるんですよ」

「……その球を用いれば文字通り複製した相手の異能を使い放題、というわけか」

「Exactly――そのとおりでございます」


 神経に障る程馬鹿丁寧な口振りでさらりと答えた永谷は、眼前のクライム目掛けて集中砲火を浴びせにかかる。然しクライムはこれをデッドリー・レックスの熱エネルギーで総じて無力化、意趣返しとばかりに永谷が複製したものと同じ装備で反撃に打って出る。その出力たるや所詮複製品でしかない永谷のそれを遙かに上回る程であり、防御系装備の複製を忘れていた永谷はただただ慌ただしく逃げ惑うことしかできなかった。

「おやおやどうしたのかね? つい先程までは如何にも『この力で戦況を引っ繰り返すかの如く驚くべき勝利を我が物として手中に収めてみせる』などとでも口走りそうなほど余裕綽々に得意げな態度だったというのに、一分もしないうちにこの様か。無様なものだな……」

 逃げ惑う永谷を猛烈な火力で追い詰めたクライムは、あることを思い付く。

「だが、如何なる醜態を晒そうとも君が称賛され敬意を払われるべき女性であるということに変わりはない。そこで、敬意の証として君に私が持ちうるあらゆる装備の中でも最大級の火力を誇る武器による一撃を贈ろう」

 芝居がかった仕草のクライムが何処からか仰々しく取り出したのは、全長50cmもある四角柱型の無反動砲であった。

「この大砲はまだ正式な名前すらついていない代物でね。というのも本来これは現状開発中である゛フェリス・フォーミュラ゛の専用装備として作成したものなんだよ。何分開発中の代物なので一発撃ったら半日は使えないし、フェリス・フォーミュラ以外の形態で使うと何が起こるんだか私にさえよくわからないので戦略としては愚策中の愚策なわけだが、君程の相手にこうして不意討ち同然の方法で止めを刺そうというのだからこのくらいのリスクは負うのが礼儀というものだ」

 クライムは追尾機能を備えた誘導弾から逃げ続ける永谷へと大砲の照準を合わせ、そのトリガーを引く。銃口から発せられた極太レーザー光線は飛び回る永谷を周囲の誘導弾ごと跡形もなく消し飛ばした。然し絶大な破壊エネルギーの反動はクライム自身をも瀕死半歩手前の重体へと追いやった。

「……」

 自ら致命傷を負ったクライムは、最早声を出して喋ることもままならない程に衰弱しきっていた。

「(……死、ぬのか……私……は……いや、死ぬというより……消え、る……だな……私を含めたワールドショックの全員は……議会の許可を得ずとも、自身の蘇生を可能とすべく……臨母界の根幹を担う生命エネルギー循環の理から外れた存在となるよう、肉体に改造が施されている……本来体外に流れ出てしまう生命エネルギーを貯蔵し、蘇生及び蘇生後の活動に十分な分を確保する為にな……これのお蔭で我々は――否、私や彼らは……異次元への渡航経路さえ確保してしまえば何時でも自身を蘇生することができる。だが循環の理から外れた存在になるということは、つまり臨母界に在る状態で死亡した場合蘇生の恩恵を受けられないということだ……実験データに基づくなら私の身体はじきにクォークレベルで崩れ始め、やがては身体に内包された様々な私としての証、生命としての情報も地中の落ち葉が分解されるように跡形もなく消滅す、る……だろ………う……)」

 全身を覆う装甲が消滅するのと同時に、クライムは静かに意識を失った。

次回、部下全滅を受けたクイーンDCDは……

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