第三十一話 キノミ激戦~それが究極 その2~
バイオロードの過去が明らかに!
ワールドショックに六つある幹部としての椅子。その一つを得ている白い狼の如き巨獣の呼称として本文中に登場する"バイオロード"という名前は――恐らく既に多くの読者諸氏がお気付きのことと思うが――この巨獣が産まれながらに名乗っていた、所謂"本名"ではなく、あくまで首領クイーンDCDことダニエラ・チャミィ・ディルレヴァンガーが体内に植物を共生させ操る異能とその風格に因んで名付けたコードネームに過ぎない。
ではこの巨獣の"本名"は如何なるものなのかと言うと――正直、このような身も蓋もない回答は世辞にも褒められたものではなく、本来なら控えるのが妥当なのだろうが――ただ一言"そんなものはない"という答え以外に選択肢が見当たらないのが現状である。
何故ならこの巨獣――便宜上、バイオロードと呼ぶ――は元々、読者諸氏や私こと蠱毒成長中と同じくこの大地――即ち地球で産まれた、ヒトの如き知性や文明を持つような種族に属している訳でも何でもない単なる雄狼に過ぎなかったからである。より厳密に言うならば、彼が産まれたのは今から一万二千年前のアメリカ大陸であり、つまり彼の元々の種族は『史上最大の狼』或いは『史上最大のイヌ科動物』とも呼ばれる"カニス・ディルス"――広くダイアウルフの名で知られる大型食肉類である。
ダイアウルフであった頃の彼は当然ながら狂気になど囚われておらず、天災や猛獣等数多の困難を、ある時は勇ましく迎え撃ち、またある時は聡く切り抜ける真っ当な獣であった。
そんな彼はやがて一頭の理想的な異性と出会い結ばれ夫婦となり、子宝に恵まれその子らも健やかに育ち――といった具合に順風満帆な日々を過ごしていた。然し彼の幸福も長くは続かなかった。
それはある快晴の日。バイオロードは何時ものように獲物(手頃な草食獣の屍肉。ダイアオオカミは史上最大級の狼と名高き巨体ながら主に屍肉を漁る腐肉食動物としての性質が色濃い獣である)を妻子の待つ住処まで持ち帰らんと家路を急いでいた。幸い事故に見舞われたり獲物を狙う同種や他の獣からの妨害を受けるようなこともなかった彼は無事に住処へ辿り着くことができた――だが、住処へ辿り着いた彼が目の当たりにしたのは、悲惨にして凄惨極まりない光景であった。
まず視界に入ったのは、血に赤黒く染まった住処周辺。続いてその中に転がる、やはり血で染まった幾つかの"何か"。その正体は、何者かにより惨殺された愛する妻子と、見たことのない獣数匹の屍であった。
バイオロードは絶望し、そして悟った。こうなったのは自分の所為だ、と。
外に出ていた我が妻子らはこの妙な獣――尾がなく、変な毛皮を持ち、前足が後足より短く細いなど兎に角妙な何か――に襲われたのだろう。そして妻は子らを守るべく妙な獣どもに立ち向かった。然し獣どもは想像以上に強く、非力な子らは妻の努力も空しく、逃げる間もなく痛め付けられ殺されたことだろう。それでも妻は諦めず獣どもに立ち向かい追い詰め全滅させたに違いない。然し深手を負った妻は獣どもとの戦いで力尽き、子らをも護れず命を落としたのだ。
早く戻っていれば、妻は死なずに済んだかもしれない。
近場で獲物を探していれば、子らを逃がす事ができたかもしれない。
より安全な住まいを確保できていれば、獣どもは現れなかったかもしれない。
予想外の悲劇を受けて悲嘆に暮れ自己嫌悪に陥るバイオロードであったが、同時に『なればこそ自分が生き残らねば』と覚悟を決め、やがて新しい妻と結ばれるに至る。然しその妻はまだ若く狩りや子育ての経験がなく、育児は迷走するばかり。バイオロードは妻の助けになればと様々に手を尽くしたが、無理が祟って内臓を病んでしまい、それが皮肉にも妻と漸く生まれた子を苦しめる結果を招いてしまい、妻子は突如現れた怖鳥に蹴り殺され死亡。当のバイオロードは家族を助ける事もできぬままその生涯に幕を下ろすこととなってしまう。
これを蔭ながら見守っていた臨母界八議長筆頭マイノスはバイオロードを哀れに思い、臨母界第三階層の密林で何にも囚われず自由に生かそうとその魂を掬い上げ新たな肉体を与えた。だがそんなマイノスの思いも空しく、彼がダニエラ・チャミィ・ディルレヴァンガーに捕まり改造を施され狂気に束縛されし悪の先兵になってしまっているのは読者諸氏もご存じの通りである。
「ゴウガアアアアッ!」
腕を再生させ、橙色の外骨格を脱ぎ捨てたバイオロードは、白銀に輝く体毛を棚引かせ、角度によって七色に変化する眼球を持つという、シンプルながらも美しく神秘的な巨獣人へと姿を変える。この姿こそ彼の正真正銘最後の切り札であり、謎の果実を食らう事により身体から生える様々な武器を異空間より召喚しては全て同時に操る事ができるのである。
「ガグルァアア!」
その攻撃は凄まじく、刀剣から鈍器から槍、銃器や刃を備えた盾に至るまで、様々な武器が飛び交いアイルに矛先を向けて迫り来る。然しそれらは今までバイオロードと戦って来たアイルにとってそれほど脅威というわけでもなく、必死になって回避と防御に徹すれば(指一本どころか瞼さえ動かす気力も失せる程に疲労困憊するが)一応無傷のままで乗り切ることは可能である。
「(そして乗り切ることさえできてしまえばっ! あとはこっちのもんなの――よっ!)」
アイルは素早く華麗な動きで無駄なく攻撃を避けていき、遂にバイオロードの放ちうる全攻撃を空振りに終わらせる。全力を尽くした攻撃を止められたバイオロードは、困惑しながらも
「(どうやらさっきので一旦打ち止めみたいね……)」
隙ができたことを悟ったアイルは、バイオロードに気取られぬよう『逃げるように脱皮する』を発動しようとした――その隙こそバイオロード(にアイルを殺すよう命令した人物)の狙いであったとも知らずに。
次回、アイルに残された真の切り札!




