第二十九話 キノミ激戦~それは勝鬨に向かう咆哮か~
お待たせしました二十九話です
「『逃げるように脱皮する(トゥー・ザ・モルティング・トゥー・フリー)』……自身が受けたありとあらゆる傷を無かったことにしてその場から抜け出し、より強くなって復活する能力よ。まあ、燃費が結構悪いからあんまり使いたくはないんだけど」
アイルの口から言葉が出きった時、彼の振るった刃は既にバイオロードの肉を確かに切り裂いていた。
「ガグ!?」
それを悟った時、今までの事をはっきりと覚えているバイオロードは激しく顔を顰め呻きながら暴れまわる。というのもアイルにより切り付けられ毒を流し込まれたその部位――背中側、肩甲骨の間の少し下辺り――は彼の骨格構造や筋肉のつき方から微妙に手が届きにい――つまり素手で肉を抉り出すのが困難極まりない――場所だったのである。そこが猛烈に腫れ上がり凄まじく痛み途轍もなく痒み始めたのだから、不愉快にならない方がおかしいというものであろう。
「グガ、ガグガ! ガグガアアアアッ!」
素手が届かないなら武器でどうにかできないか、とは当のバイオロード自身が考えた事であったが、不快感に囚われ焦っていた彼にそこまでの柔軟かつ冷静なものの考え方はできなかったし、仮にできたとして何れの武器も背中の肉を削り取るのには向いておらず、無理にやろうとすれば割に合わない消耗をする羽目になる為世辞にも得策とは言い難かった。
そしてそんなバイオロードをアイルが逃すわけもない。狂ったようにのた打ち回る巨獣を優雅な緑色の剣士は次々切りつけ毒を流しこんではその肉を醜く腫れ上がらせていく。
「さあさあさあさあ苦しみなさいな苛立ちなさいなお怒りなさいな暴れなさいな……もっと存分に不愉快がってどこまでも痛がって果てしなく痒がって加速度的に落ち着きを失っていくがいいわ……収まるわけもなく延々と続く痛みと痒みと不快感に苛まれ精神を蝕まれ体力気力をどんどん失っていくのよ貴方はああああああっ!」
毒によって齎されるこの世ならざる苦しみに悶絶するバイオロードを尚も攻撃し続けたアイルの気分は彼自身ですらよくわからない程に妙な方向へ拗れる形で高揚を続けていた。上記のような少々狂気じみた台詞や攻撃動作はそのような気分高揚の結果無自覚のまま口走ってしまっていたのであり、そこに彼自身の意思はそれほど深く関わっていない。
要するにアイルはほぼ無意識のまま暴れ回っていたのだが、然し直後起こった出来事は彼の意識を戻させるに十分すぎるものであった。
「んフッフッフッフッフッフッハッヒッフッヘッ――「グオゴガアアアアアアッ!」――ほあっ!?」
アイルの(巨大なカツラが特徴的な某喜劇女優のギャグを思わせる)珍妙な笑い声を遮って響き渡るバイオロードの咆哮はそれまでで最も凄まじく、一帯の空気を揺るがす激しい震動に驚いたアイルは意識を取り戻し――そして眼前の光景に凍りつくこととなる。
「……なに、あれ……?」
そこに"在った"のは、不規則に飛び散った肉片の中央に鎮座する巨大な白い塊だった。ゆっくり不規則に蠢く白い縄か何かを寄せ集めて無理矢理纏めたようなそれはひどくグロテスクで気味の悪い物体であり、医療に携わる者として臓物や死体といったものに強い耐性のあるアイルですら、意味のわからない、得体の知れない不快感と恐怖感を感じずには居られなかった。
「……あれって多分……アレよね? まあ確証があるわけじゃないけど……ほっとくわけにもいかないわよね。とりあえず距離取ってこの『牙は回って飛ぶ(ファング・フライ・アラウンド)』で攻げきぃぃぃぃいいっ!?」
物体の正体についてある予想を立てたアイルは、ひとまず相手の出方を見ようと手元へ手裏剣のような刃を射出するムカデの頭部を模したガントレットを展開、謎の物体を攻撃しようとした。だが狙いを定めようとしたその瞬間、謎の物体が湿った音を立てて激しく張り裂けるように崩壊した。アイルは咄嗟の出来事に面食らい、同時に崩壊した物体の内部から現れたものに驚愕した。
「グゴラガアアアアアアアッ!」
物体の内部から現れた、ある意味ではアイルの予想通りであり、またある意味では予想外でもあった"それ"は、全身を金属光沢のある橙色の外骨格に覆われた二足歩行する巨大な肉食獣――即ち、何らかの変異を遂げたバイオロード(と思しき存在)――であった。
何故それが予想通りであったのかと言えば、アイルはその物体がバイオロードの変異した姿ではないかと予想していた為に他ならなかった。
名瀬それが予想外であったのかと言えば、バイオロードの体表面はそれまで青・赤・緑と色こそ変われどあくまで体毛に覆われているのであり、まさか外骨格になどなろうとは思いもしなかった為に他ならなかった。
故にアイルは考える――『奴は何故あんな姿になったのか?』――そして出た結論は
「(あいつは手も武器も届かない位置にできた腫物を取り除くために、体内の"根"を使って内側から毒にやられた組織を強引に取り除いた。そして多分、二度とあたしの刃が通らないように、パワーアップも兼ねて鎧みたいな外骨格が出る姿になった、って所かしらね……何かまたややこしそうだし、こっちも色々準備しとかなきゃ)」
次回、パワーアップしたバイオロードに備わる驚異の能力とは




