第二十七話 ヘアットモンスター~ボールには入らないから~
決着! 柵木VS流星!
「(サて、ドーなっカな……焼夷弾の威力ハ値が張ルダけに絶大……だガ、相手ハアの柵木豊穣……あノ程度デ終わンノかと疑問がネーつったら嘘ンなるシ、奴と殺り合ウ上でそノ程度の意識しカネーなラソいつは戦ウ前かラ死んデルも同ジだ……さア、ドう出る?)」
磁力で空中に縛り付けた柵木へ焼夷弾の集中砲火を浴びせた流星は、然し未だに慢心も油断もせず柵木の生存とそこからの反撃を警戒していた。『あの程度で奴が死ぬ筈がない。きっと生きていて、反撃してくる筈だ』――彼はそう考え予想していたわけであるが、そんな彼の予想は見事に的中することとなる。
「(煙が晴れテ来やガッた……さア来ヤガれ、気の緩んだおメーを今度こソ蜂の巣ニ――おグアバっ!?」
柵木を迎え撃たんとレールガンを構えた流星を、未だ晴れぬ煙の向こうから伸びてきた"金色の細長い何か"が叩き飛ばす。厳つい外見の通り鎧そのものもかなりの重量を誇る磁力双臂をまるで小石か何かのように叩き飛ばした"何か"の正体とはつまるところ――
「これにて形勢逆転――っちゅうわけには、流石にいくめぇのぅ」
流星の猛攻に遭いながらも奇跡的に生き延びていた柵木であった。流星自身にダメージが及んだ為に彼女を拘束していた磁力は解除されており、饒舌に喋りながらゆっくりと地上に降り立つ様子がそれを証明していた。
「グ、く……やルじゃネーか、豊穣……然し何故ダ? 全身を拘束さレテいナガら、何故おメーは俺を攻撃でキた……?」
「ああ、あれか……まあ、何じゃ。そう難しいこっちゃねぇんじゃ。ただ、おめぇの拘束は性質からして妾を完全に拘束する事はできんかった……ただそれだけじゃ」
「何? そリャどウイう――っ……そウ、カ。理解しタぜ……」
「ほう。説明するまでもなく察したか」
「おウ……俺が拘束れンノは、鉄のアる――血の通ってル部位だケだ。血さエ通っテリゃ拘束は絶対だガ、血の通っテネー部位ニャ無力……そウ、例えば"毛"とカなぁ……ンで、おメーは魔術で毛を操れル……だカラ磁力で拘束りキれず、オめーの反撃を許し、そしテブチのメされタ……そレダけの話だ……そウダろ?」
「そうじゃ。して、どうするんじゃ?」
「どウスるっテなあ、決まッテんだろ。磁力双臂は磁力でノ拘束りと射撃の形態、接近戦ニャ向カネえ。更に拘束りガ無意味と判明っタ以上、次のヲ出ス以外の選択肢はネえ」
『変形、第四十按鍵入力-星海天神』
相も変わらず気の抜けたような電子音声を伴い、流星の鎧は変形する。然しその変形はどちらかと言えば変化或いは変異に近いものであり、鎧は一瞬の内に液状化したかと思うと、まるで意思を持つ生命体か何かのようにその姿を変えていく。そして完成したのは、それまでの機械的な外見とはまるで異なる有機的でスラリとして全身がメタリックブルーに輝くヒト型生物であった。
「見タか!? 見てミろ! こレゾ俺の切り札――星海天神ダあ! 自慢ジャねーガ、こイツの力は今迄の鎧とハ桁も次元モ違えゾォオお!」
流星の言う通り、星海天神の力は凄まじいものであった。何せこの形態となった流星は自身に備わった他三十八(磁力双臂は二つで一つの異能と看做される為)の武装や異能を何の制約もなく自由に使いこなすことができ、またそれらを自由自在に組み合わせる事で基礎三十九種の枠を超えた新たなる技をも生み出すという能力を有していたのである。
「(……本来奴の武装は全身を覆う鎧タイプと手足から生える装備タイプ……どちらも発生・装備される位置は固定っちゅうんが今までの原則じゃった。じゃけぇあのシンハイティエンシェン? はその原則をぶち破り、更には装備同士を融合させ合体技まで打てるらしい……と、言うだけじゃったら簡単。ようあるヒーローの最終フォームみてぇなもんじゃけぇ、実際に相手するとなると気が滅入る所の話じゃねーんじゃよなぁ……はあ、どねんしたもんじゃろか)」
柵木が弱気になるのも無理はなかった。何せ流星が自身の体内に備えた武装・異能全三十八は刃物や鈍器、火器といった純粋な武器から工具・医療器具といった一見戦闘向きでないものまで多岐に渉る。組み合わせる種類は勿論、その際の配分や手順によっても多種多様に姿を変える数多の技は、確実に柵木を追い詰めていた。
「(――ほじゃけぇ、ここで弱気になっとったら何にもならん。奴がその気ならこっちもこの気になるだけの事じゃ。さあ、そうと決まりゃやるこたぁ一つ! 正式名称を未だに決められんでいる例の召喚魔術、その下準備をしつつ術を全体的に安定化させ……発動するっ!)」
決意を固めた柵木は自らの頭髪と尾の毛を、自身の十数倍か二十数倍程にも増量させ、その一部を編み込んでは恐るべき魔物どもの肉体を成していく。
「先ずはこいつじゃ! 行けぃ、常餓獣アギ・ユコサ!」
手始めに現れたのは、哺乳類とも爬虫類ともつかない肉食獣の頭だけという風変わりながらも恐ろしげな姿をした魔物であった。
「んダあリャあっ!? っえエい、ナめんジャネーぞ!」
アギ・ユコサは命じられるまま牙の生え揃った大口を開閉しながら敵目掛けて突撃、ルート上にある物を無差別に食い荒らしながら流星に向かって行ったが、如何せん動作が直線的過ぎたために誘導弾と機関砲の連射を受けてあっさり崩れ去ってしまった。
「ぬぅん、やはり正面から単体で仕向けるんはおえんなぁ……ならばこうじゃ! 行けぃ、酔翼鳥ジヨ・スブキ!」
アギ・ユコサに続いて現れたのは、真横へ伸びた二本の角と不規則に並んだ大小十数もの目玉が特徴的な鷹の如き魔物であった。
「今度は鳥カよ! しカモ酔っ払ってンノか何だか知らネーが素早い癖しテ不規則しゃアガって! クソクソクソっ!」
その名の通り酔っぱらったようなややこしい動きで高速接近するジヨ・スブキの対処に流星は苦戦を強いられたが何とか弾丸を当てる事に成功、撃墜されるのは時間の問題であった――だが、それこそが柵木の狙いでもあった。
「かかりおったな、流星……そいつに構い過ぎたんがおめーの失敗と知れぃ。行け、多撃腕セダ・プリバ!」
「ぬオ、何ぃイイーっ!?」
ジヨ・スブキで手一杯な流星の背後に現れたのは、それぞれ異なる楽器のような意匠のある三対の腕で構成された魔物であった。咄嗟に巨大な盾を出し身を守る流星であったが、魔物セダ・プリバはそれでも構わず拳を叩き込む。途中で盾に棘を生やされ電流を流された為にセダ・プリバは揃いも揃って砕け散ってしまったが、六本の腕はどうにか流星の巨大盾を粉砕し更なる隙を生む事に成功していた。
「スブキにプリバ、ようやった。無論ユコサもな。さあその隙を突くんじゃ、執情脚ヤロ・ラドス! 賢母蛛タゲ・ケシワ!」
「んダトおおオオおおオっ!?」
柵木に命じられるまま現れたのは髪と尾の毛で編まれた巨大なムカデとクモであった。ムカデは素早い動きで、クモは無数の子(勿論柵木の毛で肉体を維持している)を率いて流星に突撃する。
「グぬ……ッ、しゃアアアあああ!」
『多重神秘解放、極滅陣』
この二種類の魔物もまた一匹残らず滅ぼされる結果となってしまいはしたが、流星を消耗させる事には成功。ウタホシウムの枯渇により、流星は星海天神の形態を満足に維持することすら難しくなっていた。
「ハ、あ……っク、そ……」
「よっしゃ。ああなりゃこっちのもんじゃぁて。出ろい、美射婦ホシ・エゴロ! 奴に止めを刺したるんじゃ!」
弱り果てた流星に止めを刺すべく柵木が召喚したのは、弓を持った和装美女の魔物であった。魔物と言うには余りにも小柄(平均的な成人女性と同程度)で華麗な容姿の彼女は、然し確かな目で目標を見据え、矢を放つ。
「ゥごグ、がバは!」
矢は流星の心臓を的確に貫き致命傷を与える。
「ぎ、ヒ、アあ……」
最早敗北を悟ったのであろう、流星は抵抗する様子を見せず、然し立ったままで柵木を見据え、息も絶え絶えに言葉を紡ぐ。
「ほウ、ジョう……柵木、豊穣ぁっ! 最後ニ、言っとキテー事がアる!」
「何じゃ、流星よ」
「ヒとこトだ……たダひトコと……有り難ウ、ってナあ! こンナ死に方でキンなら、俺アモう思い残すコターねえ! この身体が消エチマうとしテモ、悔イナんて微塵モネえんダアーっ! だカラよー、言ウぜっ……本当にあリガとーって、なああアアアああアア゛ア゛ア゛――」
既に崩れかかっていた流星の身体は、彼の叫び声を合図に砂の如く崩れていき、最後には消滅した。
「有り難う、とな……自分を殺したもんに礼とは、何とも変わった奴じゃな――まあ妾も他人の事言えんかもしれんが」
流星の最期を見届けた柵木は、静かにその場を後にしながらふと思う。
「(然し何なんじゃ、奴のあの最期は……臨母界民の死体はヒトならどねん小そうてもあねん早うに消滅することはない筈なんじゃが。ちゅうか消滅の手順がまず違えし……一体何がどうなっとるんじゃ?)」
次回、アイルVSバイオロード戦!




