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第十七話 竜属巨漢は容赦しない~サルガソス死闘編その5~




くっそ時間かかった……

「……Grrrrrrrr……HuuaAaaaaaahhh……!」


 変異したガランの姿は、まさしく"恐ろしげな怪物"或いは"おぞましい化け物"と呼ぶに相応しいものであった。

 その身体を覆う鱗はより現実のトカゲに近くなり、色も鮮やかな若葉色から汚染された水路の底に溜まったヘドロのような緑色がかった灰色になっている。

 鮮やかな赤色をした鬣のような頭髪は雨に濡れた不潔な浮浪者のように垂れ下がり、白髪混じりでフケに塗れたかのように汚らしく地味な斑模様へと変色していた。

 竜である事を象徴する、真っ直ぐ後方へ伸びた角は前方へ曲がりくねり、例えるならば悪魔のような様相を呈する有様であった。

 時に鋭く敵を睨み、また時に優しく愛する者を見守る緑色がかった黒の瞳は赤とも褐色ともつかない濁った色となり、更にはその眼球そのものがかなり汚れているようでもあった。

 竜属種特有の、鋭い牙の生えた力強い大口はそのまま――と、言いたかったがそうでもなく、耳まで裂けており、その歯の全てが大小の差こそあれほぼ同じ形をした牙で占められていた(元は切歯や臼歯など牙とは言えない歯も擁していた)。また、元々はしなやかで力強くどこか妖艶でもあった彼の舌も、オオトカゲのそれが如く細長い鞭のようなものになっていた。

 更に手足や胴体、尾など首から下のパーツは変異前より僅かに細くなっていて全体的に痩せこけたようにも見えたが、その筋肉は彼の心拍に合わせて目に見える規模で膨張と収縮を繰り返す。手足の爪もより大きく、より鋭くなり、頭頂部から尾にかけてはこれまた一枚一枚が大きく鋭い三列の鬣状の鱗クレストが背鰭の如く生えていた。


 総じて言えば、全体的には世辞にも派手と言えるような外見でこそないものの、その地味さが逆に見る者の恐怖感を煽り立てるような、何とも言い難いおぞましさを醸し出す――そんな外見であると言えよう。


「(……こいつ、明らかにやばい! どう考えたってまともじゃない!)」


 シェイドエッジは恐怖した。眼前の、この化け物は何なのか。本当に先ほどの、あの図体ばかり馬鹿でかいトカゲの化け物なのか。

 否、今のこれも確かにトカゲの化け物と言えばそうではあろう。図体もでかい。だが明らかに別物だ。ならば戦い方も今迄通りには行くまい。ではどうするか?

「(……さあ、ここで問題よ! この状況でどうやってあいつを倒す?

3択 - 以下の選択肢より一つだけ選びなさい。

(1)この世のどんな男より強くどんな女より美しいシェイドエッジは正面から華麗に戦いあのトカゲを見事倒す。

(2)ジェム・ザ・ソーマに相談、協力を要請する。

(3)倒せない。プロットは非情である)」

 あれこれと考えを巡らせたシェイドエッジは結論に至る。

「(……色々考えたけど、やっぱり答えは(2)が安定かしらね。早くジェム・ザ・ソーマに相談しないと。場合によってはあいつをサルガソスに閉じ込めてここから逃げ出すことも考えておいた方がいいかもしれないわ。さ、そうと決まれば早速念話を――うぎぁあっ!?」

 念話の準備に取り掛かろうとしたシェイドエッジであったが、それは突如何の前触れもなく伸びてきたガランの左手によって阻止されてしまう。有り体に言えば念話の準備に取り掛かろうとした瞬間頭を掴まれてしまったのである。更にガランはそのままシェイドエッジをゆっくり持ち上げ、右手へ徐々に力を込めていく。当然シェイドエッジは逃れようと抵抗するわけであるが、宙吊りである為もがくのが精一杯であった(そしてまたジェム・ザ・ソーマは官制室からの魔術で友を助けようとしたが、何故か魔術は対象に作用することなく消滅してしまう為手も足も出ない状況であった)。一方のガランはそんな彼女を容赦なく空中高くへ放り投げる。続けてその反動で振りかぶり、軽く叩くように振り下ろした。

「HuAh……」

「くぶぅああっ!?」

 ガランにとってそれは全力でなく、あくまで振り被った勢いで力なく振り下ろしただけの動作であった。然しシェイドエッジにとっては凄まじい一撃であり、胴体を若干斜め気味に切り裂かれ一瞬にしてほぼ瀕死の重体にまで追い込まれてしまっていた。

 それを官制室から見守っていたジェム・ザ・ソーマは今度こそ友を救わんと治癒魔術を発動する。

「(届いて……!)」

 ジェム・ザ・ソーマの思いが通じたか、発動された治癒魔術は消滅せずシェイドエッジまで届き、彼女の傷を癒し肉体を修復していく。瞬く間に持ち直したシェイドエッジは再び立ち上がりガランに飛びかかろうとする。

 だが――

「GhhaaaaAAAH!!」

「ぐぎぅがああっ!」

 再び激しく燃え上がった彼女の闘志は、無残にもそれを宿す肉体ごと破壊されてしまう結果となった。立ち上がるのと同時に先程より強い力で振り下ろされたガランの右腕は彼女の身体を刔り後方へ吹き飛ばす。ジェム・ザ・ソーマはこれを好機と見て重体の友を障壁で守りつつ治癒魔術で回復させようとする。

「どうか届いてっ――」

「Gyyy――Ah!」

 だが、彼女よりもガランの方が一枚上手であった。彼は目にも留まらぬスピードで魔術が届くよりも前にシェイドエッジへと迫り、そのまま再び力一杯腕を振り下ろし骨肉を刔る。

「Gaaaaaaa!」

「がぶはっ!」

 再び切り裂かれ――というよりは、抉られ――吹き飛んだシェイドエッジ。大量の血を噴き出しながら壁際へ吹き飛ぶ彼女を、然しガランはまだ逃さない。

「CuuhhaaH!」

 最早早回しかと思う程のスピードで背後へ回り込むや否や、ガランは衝撃的な行動に打って出る。見た目からは想像もつかない程に開く大口でシェイドエッジの頭を丸ごと噛み砕かない程度に咥え込んだかと思うと、まるで獣が口に咥えた肉を食べやすく噛み千切るように左手で肩を掴み、器用に、そして勢い良く、頭を脊椎ごと引き抜いたのである。

「Ch!」

 引き抜いた頭を足元に吐き捨てたガランは、狂ったような唸り声を上げながら手に持った身体をぐちゃぐちゃに破壊し投げ捨て、最後に吐き捨てた頭を力一杯踏み潰した。

「Huuuaaaahhh……」

 原型を留めぬレベルまで破壊されたシェイドエッジの亡骸は、やがて毛筋の一本、血潮の一滴すら残さず跡形もなく消滅してしまったが、心身ともに変異したことで冷静な判断力を失っていたガランにとってそんなことなどどうでもよかった。疲れ果てた様子の彼はやがて膝立ちの姿勢になり、そのまま俯いて動きを止めてしまった。


「ああ、シェイドエッジ……何てこと……臨母界の原則すら乗り越えて強力な力を手にしたってのに、あんなただの童貞トカゲ如きに殺られるなんて……」

 一方、友を失ったジェム・ザ・ソーマは管制室で一人啜り泣く。だがすぐに立ち直り、友の仇を取るべく再起する。

「そうよ。彼女が殺られてしまった今こそ仇を取るべく頑張る時じゃない。だったら今すぐにでも奴を始末しなきゃ」

 復讐を誓ったジェム・ザ・ソーマは、その威力と消耗故に今まで使用を躊躇ってきた切り札級魔術の発動準備に取り掛かる。


 それと時を同じくして、リングで動かなくなったガランの肉体には再び異変が起こっていた。

 手始めに身体を覆う緑色がかった灰色の皮やそれに伴う鬣状の鱗クレストは剥がれ落ち、その内側からは元々彼が持っていた若葉色の大ぶりで頑丈な鱗が顔を出す。

 汚らしく垂れ下った頭髪は抜け落ち、色鮮やかで勇ましい鬣の如き赤い髪へと生え変わる。

 悪魔のように曲がりくねった角や汚らしく濁った眼球、変異した歯や舌、爪等も同じように次々抜け落ちては生え変わり、口も元の大きさに戻っていく。

 更に手足や胴体、尾といった首から下のパーツも元の太さに戻っていき――即ちガランは、元の姿に戻っていた。

 同時にそれまで怒りと狂気に捉われていた精神も元の状態に戻り、冷静なものの考え方ができるようになる。

「(……! お、俺は一体……つーか、何があった? ……あのクソ女にふん縛られて、口で言えねーような散々ナメた真似されて、んで確か滅茶苦茶キレて……あー、駄目だ駄目だ。キレて以降の記憶がまるでありゃしねぇや。そもそもキレたかどうかさえ曖昧だ。そもそもあのクソ女どこ行った? まさか逃げたか?)」

 何が起こったのか理解できず混乱するガランであったが、そんな彼の混乱は次の瞬間更に加速することになる。

「(まあとりあえず奴を探すか、ここを抜け出すかだ――ぬお!? 何だこりゃ!?」

 ガランが面食らったのも無理はない。何故なら彼の体には、気付かぬ内に彼自身が元々着ていた衣類とレッドヴァイパーとしての戦闘スーツが着せられていたからである。そこからガランは一つの事実を悟った。

「……勝った、って事か。あの女に……。より厳密には"殺せた"って事かも知れねえが、まあいい。あとはもう片方の奴を見付けてこん中からの脱出方法を吐かせるなり締め上げて殺しでもすりゃ――「そおおおおはさせないわよおおおおおっ!」

 ガランの声を遮ったのは、彼の遙か頭上から響き渡るジェム・ザ・ソーマの声であった。

「ん? 何だ?」

 ふと見上げれば、サルガソスの天井はいつの間にか果てのない青空に変わっており、その中へ聳えるように立つ巨大な女人があった。最早説明するまでもないであろうが、その女人こそは先程漸く発動に漕ぎ着けた"切り札級魔術"によって雲をつく程に巨大化したジェム・ザ・ソーマであった。

「おーおーおーおー、また何ともデカくなりやがって。一体何を食ったらそんなにデカくなれるんだ? いや、食い物じゃなくて薬とか――「死いいいいいいにいいいいいいなあああああああさあああああああい!」

 巨大化した敵を目の前にしても一切動じず茶化してみせるガランであったが、そんな彼をジェム・ザ・ソーマは左足でリングごと容赦なく踏み潰した。


"質より量"――それが彼女、ジェム・ザ・ソーマの見出だした結論であった。

 ジェム・ザ・ソーマは考える。

 確かにガランは強い。

 グーレイは勿論のこと、結果論だがシェイドエッジよりも格上と見るべきだ。

 恐らく私でも、素の状態ではまず勝てまい。些か不愉快ではあるが、認めざるを得ない事実である。

 だがそれはあくまで、今までのように奴と我々のサイズ――則ち量の比が同じ場合の話である。奴が我々に勝てたのは、両者のサイズ比が等しかった為に、我々より質で勝る奴の力が最大限に発揮されたからである。

 ならば如何にして奴に立ち向かえばいいのか?

 その答えは単純明快――圧倒的な量を得て相手を質ごと一瞬にして押し潰してしまえばいいのである。


「(……そして私は魔術で奴の何万か何億倍の巨体という"量"を手に入れ、奴をこうしてあっさり始末したって訳よ。幾ら頑丈だろうと、ここまで大きな私に踏み潰されちゃえば一たまりもない筈よ)」

 かくして自身の勝利を確信したジェム・ザ・ソーマであったが、そんな彼女を待ち受けていたのは常軌を逸した衝撃的な事実と、それによる予想外の展開であった。




 ガランは踏み潰されてなどいなかったが、だからと言ってジェム・ザ・ソーマの右足を避けてもいなかった。

「ぬんぐ、うおぉ……」


 ではどうしていたのか? その答えは至極単純であった。彼はジェム・ザ・ソーマを油断させるべくその左足を敢えて"受け止めていた"のである。

「(そう簡単に死ぬかっつーの、よっ!)」

 そしてガランは受け止めていた巨大な左足を、投げ上げるように押し返した。

「わひゃ! な、何っ!?」

 突如起こった異変に混乱したジェム・ザ・ソーマは一瞬バランスを崩しかけたがどうにか持ち直し、同時に『踏み潰し損ねた相手ガランが自分の足を押し返してきたらしいこと』を若干驚きながらも察知。次こそは逃がすまいと決意を固め左足を先程の位置に戻そうとする――その行動が自身の寿命を縮める事になるとも知らずに。



「(よし、来やがった! 馬鹿正直に元の位置へ足つこうとしてくれてがとよっ! 御蔭で移動の手間が省けたぜ!)」

 迫るジェム・ザ・ソーマの左足を前に、ガランは逃げようとも避けようともせず寧ろかかってこいと言わんばかりに身構える。

そして左足と彼の距離が限界数歩手前という所まで迫った、その瞬間――


蝮毒ふくどく穿万牙爪拳せんばんがそうけん!」


――ジェム・ザ・ソーマの足裏(というよりは靴底)の一点目掛けて、ガランは何発もの拳を連続で叩き込む。 全力を出したガランによる凄まじい連撃はマムシの毒牙が獲物の皮膚を刺し貫くかのようにジェム・ザ・ソーマが履く靴の底に穴を穿ち、出血毒が獲物の細胞を破壊するかのように足裏の骨肉を破壊していく。

「どぅぉらだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだだ――」

 足裏から始まった拳の連打による破壊的な衝撃は瞬く間に脛を破壊し尽くし、続く膝関節をも難なく通過。以後勢いの衰えないこのエネルギーは、程無くして太腿や股関節をも内部から尽く荒らし回り胴体へ到達、肋骨や脊椎及びそれらに守られる諸々の内臓どもを筆舌に尽くし難き有様にまで粉砕するに至ることとなる。 凄まじいスピードで突き進む拳の衝撃はジェム・ザ・ソーマの抵抗すら許さず突き進み、遂に彼女の心臓をも粉砕する。

「ぐぼぁが、げぶっ!? ま、ま゛さ゛か゛っ……こ゛ん゛な゛こ゛と゛か゛あ゛ぁ゛――ぶごばべぅっ!?」

 心臓を破壊されたジェム・ザ・ソーマが言葉を紡ぐ度、彼女の口からは血反吐や肉片がぼどり、ばだりとこぼれ出る。

「ぁ゛ば、うぎ、ぐ……」

 やがて彼女の意識は遠退き、そのまま静かに絶命するものと思われた。然しそれを察知したガランは、そうはさせじと最後の仕上げに打って出る。

「――だだだだだだだだだだだだだだっ、グルぁあ!」

 ガランは己の両拳を左右同時に叩き込むことで連撃の締め括りとした。

 その絶大な衝撃はジェム・ザ・ソーマの左足から胴体を凄まじい勢いで瞬く間に突き抜け、肉という肉、骨という骨を破壊し尽くし、遂には頭へ到達する。

「あぎいい!?」

 その一撃は失われかけていたジェム・ザ・ソーマの意識を一気に無理やり引き戻し、行き場を失って尚強引にそれを求め続けた衝撃により彼女の頭蓋骨は跡形もなく破裂し、内包されていたあらゆる臓器は粉々に砕け散り飛散する。

「ぐぎゅあ、ば、は……あぐ!? お? ああ? ――っ! ぐゅるわ、ぶべえげっ!?」

 結果、彼女がこの世のものとは思えぬ凄まじい激痛を伴う、実に壮絶極まりない最期を遂げたのは言うまでもない。程無くしてその亡骸はシェイドエッジのそれ同様跡形もなく消滅していく。


「断言はできねえし、したくもねえが……お前らは多分、何をどうやっても俺には一生勝てねえよ」

 壮絶な戦いを終えたガランは、消えゆく巨女の亡骸へ静かに言い放つ。

 直後、術者の死によって存在を維持できなくなったブランク・ディメンションは空間ごと崩壊し、異物たるガランは無事に外部へと放出された。

あ、結局キレたガランの変異について説明すんの忘れた。まあいいや、またどっかで解説しよう。

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