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雪解けの朝  作者: 空世憂
一章
9/9

八話

 

………

 どこを見ても真っ暗だ。おかしい。自分たちは寝たはずじゃなかったか。

 右隣に寝ていたはずのナズナはいつの間にかいなくなっていた。さっきまで寝息が聞こえるほど近くにいたのに、いつのまにか忽然といなくなっている。ぞわ、と寒気がした。


「お姉ちゃん…?」


 周りのどこを見ても暗闇で、歩いているのに進んでる感じがしない。ここはどこなんだ。生まれて初めて感じる孤独に、呼吸の仕方を忘れそうになる。

 ガタガタと体が震えて、ひゅう、と息が口から抜けた。思わず膝をつく。頭の中はナズナのことでいっぱいだった。


 いつだって二人で一つだった。なにをするにも隣にはたった数十分早く生まれた姉が、自分よりも大人びた顔で立っている。それを鬱陶しく感じたことは、いままでに一度だってない。

 色違いのお揃いの服を着て、手をつないで歩いて、仲がいいのねと近所の人に言われる瞬間が一番の至福だった。

 姉は自分にとっての脳であり心臓であったし、姉にとってもそうであればいいと、ずっと尽くして、14年間生きてきた。自分の命は姉のためにある。


 ずっと、ここにきてから息が苦しい。ただ自分の事よりも、姉がどこにいるのかが気がかりだった。なんで真っ暗なの。どこにいるの。返事して、お姉ちゃん。お姉ちゃんがいないと僕、

 ひゅっ、と何度目かわからない息の音を立てたとき、目の前に光がさした。


 ばちりと目を開くと、横にはちゃんとナズナがいた。彼女の寝相はひどいもので、足が薫のお腹に乗っている。さっき苦しかったのはこのせいかと薫は深くため息をついた。


「夢で、良かった…」


 ナズナがエレシーを慕うように、薫もまた、ナズナのことを病的に慕い、そして依存していた。

 お姉ちゃんという存在は大きく薫の中にある。彼を動かすのはナズナの悲しむ顔は見たくないという、子供じみた理由ただひとつだけであった。


 外はまだどこまでも続く黒色だけだ。布団をかけ直して、今度はいい夢を見たいと、薫は再びまぶたを閉じた。


 窓の外が白みがかり始めた時、薫は再び目を覚ました。ナズナは隣でまだ寝ていた。呼吸と共に上下する華奢な肩を揺すると、ゆっくりと瞼を開ける。


「……おはよう。」


 寝ぼけているようで、状況を理解しないままじっと薫を見つめている。


「お姉ちゃん、今日は街に行くんだよ。」


 ナズナは昨日の夜、緊張と興奮がないまぜになって、しばらく寝付けないでいた。そのせいか寝不足気味で頭が回っていない。


「うん……分かってる、そうだった。」


 眠い目をこすりながら少し的外れな答えを返事をした。フラフラとした足取りでリビングへの扉へ向かう。薫はその後を追って行った。


「あら、今起こしに行こうと思ってたのよ。」


 エレシーは既に起きていて、そんな事を言った。


「(僕が早起きした時に、お母さんが同じことを言った事があったな。)」


 それは父親が失踪する前の記憶だった。

 そしてそんな感慨に浸りつつ、最後の朝ご飯をすませた。それで、ナズナはようやく目が覚めたようだった。

  昨日準備しておいた為、身支度は簡単にすんだ。二人は荷物を背負っていつでも出れる体制になっていた。

 

(お姉ちゃん。もし、お父さんが帰ってきたらお母さんは元に戻るのかな?)

(……そうだといいね。きっと、そうだよ! 絶対に見つけよう。)


 やがて木々の間から指す陽光が窓から入り込み、家の中を朱に染め上げる。床や壁も、机も、本棚も、瓶も、同じ色に染まった。


「行ってらっしゃい。」


 エレシーは優しく笑う。彼女も朱い光に照らされながら。とても幻想的な光景だった。


「行ってきます。」


 果たして二人は、父を探す旅へ出発したのだった。

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