六話
「…本当、ですか」
本で読むだけでは広がらなかった世界がここにきて一気に開けた気がして、薫は無意識に目を輝かせていた。
「もちろん。魔力があるのに使わないなんて勿体無いわ。と言っても私、簡単な魔法しか使えないんだけどね。それでも良かったらここにいる間だけでもあなたの魔法を見るわよ」
「お、おねがいします…」
「じゃあ、まずは簡単なものから。」
二人は辺りが暗くなり始めた頃にようやく家に入ってきた。エレシーは台所にいるナズナに笑いかけて、椅子を指差した。そのまま料理を引き継いだ。
薫は既に椅子の一つに座っていた。相変わらずの無表情だが不機嫌さは消えているように見える。
「何かあったの?」
「エレシーさんに魔法を教えてもらったんだ。」
「へぇ、どうだった?」
「すごく色んなことができるようになったよ。一番凄いのはね、火で龍とか作れちゃうんだ。エレシーさんがね、僕はすごく魔法の才能があるって褒めてくれたよ。」
エレシーが引き継いだころには料理は殆ど完成していたらしく、すぐに夕飯は運ばれてきた。
「二人はいつ街に向かうの?」
長居するつもりはなかった。あまり迷惑をかけられない。
(明日出るつもりなんだけど、薫はそれでいい?)
(いいよ。)
「明日には。」
エレシーは自分も席に着いて、二人に食べるよう促した。
「薫君は魔法を習うのは初めてなのかしら?」
「小さい時にお父さんが、ちょっとだけ。」
「最近はやめてしまったの?」
「その、お父さんがいなくなって。」
空気が重くなってしまった。彼女も心底申し訳なさそうな表情をして言った。
「……ごめんなさい、私ったら無神経な事を聞いてしまって。」
「気にしていないから、大丈夫。もう、九年も前の話だし。」
その言葉にエレシーが反応する。
「九年? それは確かかしら。」
「え、うん…僕たちが五歳の時に、いなくなったんだ」
戸惑いがちに薫が答える。ナズナは会話に入れずにいるためか部屋を眺めたりエレシーを見つめたりと視線をさまよわせていた。
「…あのね、ただの偶然だと思うんだけど…九年前、ここに男の人が来たのよ。あなたたちみたいに森に倒れていたの」
「え」
薫のこぼした声にナズナが反応する。
「どうしたの?」
「父さんかもしれない人が、九年前、ここに来たって」
「えっ!」
「人違いかもしれないわ。でも彼、言ったのよ。『家に妻と子供を置いてきてしまった』って。ずっとそれが気になってたみたいですぐにここを出ていったわ。あなたたちみたいにね」
エレシーがサラダに手を伸ばす。フォークが丸くて赤い、トマトのような野菜を刺しこぼして、それがころりと転がった。
「その人は今どこへ?」
薫が食い入るように尋ねる。しかし、エレシーは首を振った。
「行き先は告げられなかったわ。」
それでは、安易に決断は下せないだろう。それなりに大掛かりな旅になるはずだ。
「お父さんだと思う?」
「分からない……けど、急にいなくなった時期と一致するし。私は可能性があるなら探したいと思う。」
ナズナの意見で、薫も覚悟が決まった。
「お父さんを探そう。」