五話
薫は沈黙を保ったままだった。しかし、エレシーはそれを肯定と受け取った。
「そうだったの。でもね、これはよくある事なのよ。」
「よくある事?」
「確かに珍しい事ではあるけれど、それでもたまにあるわ。どうやらこの世界に来る方法が他の世界で出回っているらしいのよ。」
「世界はいくつもあるの?」
他の世界で出回っているらしいというのは、父の書斎にあった本の事を示しているのかもしれない。
「そう考えられているわ。」
「……。」
再びの気まずい沈黙に、ナズナが助け舟を出す。
(薫、魔法の事を聞いてみて。)
「その、魔法って……。」
「あなた達の世界では一般的ではないのかしら。」
「使える人はあんまり。」
「そうね、人間の魔法使い以外では、エルフや妖精、植物の中にも魔法を使える種類があるのよ。ここら辺にはいないけれどね。」
「……ここはどこに。」
「名もなき小さな国の国境付近、としか言いようがないわ。」
私、あまり人の多いところって、好まないの。そう言って紅茶を優雅に飲むエレシーはとても絵になっている。開け放たれた窓から入ってくる陽の光が、彼女の髪の毛をきらきらと照らした。
(まるで、女神みたい)
ナズナはぼう、っとエレシーを見つめた。その視線に気がついたエレシーがナズナの視線を拾い、にこりと綺麗に微笑む。続けてエレシーがナズナに向かって口を開こうとすると、薫がガタ、とわざと音を立てて椅子をずらした。話しかけるな。薫の鋭い視線はまたもエレシーを貫くが、彼女はそれをやはりものともしないようにするりとくぐり抜け、薫に向かって口を開いた。
「ナズナちゃんはさっきからしゃべらないのね?それにずっと気になってたのだけれど、あなたたち会話が全くないわ。緊張してるの?その割には表情豊かよね」
「…姉は喋れないので」
「ふふ、そうなの?言葉がなくても通じ合えるって素敵ね。以心伝心は完璧みたい」
薫は心底嫌な顔をした。嫌な感じは依然としてなくならないし、なにより気持ちが悪かった。なんだか、このイヤリングのことも、自分たちがどこから来たのかも、姉が言語を理解できないことも、全部最初から知っていたような、この女には筒抜けになっているような、そんな気がしてならない。
ナズナが何度もなんて言ったの、と興奮気味に問いかけてくるので、薫は表情こそ変えずに気持ち悪いとだけ伝えた。
夕食までは好きなように過ごしてくれていいとエレシーは言った。二人は遠慮したのだが、街までは半日以上あるらしく、夜までには辿り着けない。ナズナはそれなら夕食の準備を手伝うと言って、今は一人台所で材料を切っている。薫はすっかり冷めきった紅茶を前にまだ考え込んでいた。
「薫さん、話したいことがあるのだけれど。」
そこへ、編んだ籠に取り込んだ洗濯物を入れたエレシーが話しかけてきた。薫は無言のままだったがエレシーはその籠をそこに置いて、再び外へ出てしまった。しばらく消えた方向を見つめていたが、やがて意を決して外へ出た。
エレシーは庭でしゃがみ込み、花を見ていた。庭といっても、森を切り開いたところに草や花がちらほら植えてあるだけだ。薫が来たのに気づいて、エレシーは立ち上がる。
「薫さんは、魔法が使えるのかしら?」
薫は内心驚いだが、それを顔には出さず頷いた。
「まぁ、そうなの。あなたが妙に魔法に興味を持っていたから気になって。よかったらこの世界の魔法について教えるわ。」
実は薫は魔法を使いこなせるわけではなかった。元いた世界では魔法について、本で知った程度の知識しかない。本格的に学びたくても師がいないことには始まらないし、そう簡単に見つからない。
だから、この世界の魔法というのに興味があった。