四話
「このお茶はね、穏やかな香りとクセのない渋みが特徴なの。ストレートで平気?ミルクは必要かしら」
いつまで経っても煎れた紅茶に手をつけない薫を気遣ってか、女性は薫に向かって問いかける。その間も殺気を纏った薫の視線が女性を貫いていて、彼女は困ったようにまゆを下げた。薫は口をぴくりとも動かそうとしない。
「ミルクを取ってくるわね。そうしたら飲みやすいわ」
女の人は薫に向かって何か言って困ったように笑った。ナズナにはどうしても嘘をつくような悪い人と同じには見えなかった。ふつう自分に殺気を放つ人間にそんな笑顔を向けられない。少なくともナズナの中では、女性はいい人の枠に収まっていた。
薫の言っていることを疑っているわけではなかった。ただ、ナズナがいくら彼女を観察したところで出る答えは一つだけであり、薫と同じ答えは、決して出ることはない。
(…いい人)
奥のキッチンにミルクを取りに行った背中を見送りながら、ナズナはぼんやりとそう考える。そのとき薫がナズナを一瞥したのを、彼女は気がつかなかった。
(…お姉ちゃん)
(なに?あんな態度とっちゃ失礼でしょ。あの人が戻ってきたらちゃんと謝って)
(そのことなんだけど、僕、やっぱり逃げた方がいいと思う。ずっと思ってたんだ、あの人、嫌な感じがする)
奥に鋭い視線を送りながら、それでもナズナの頭に響く薫の声は冷静だった。薫がナズナの手を握る。女の人は透明な容器に入ったミルクを持って再び戻ってきた。それをテーブルの上に置くと、空いている席に座った。
「さっきはごめんなさい。」
薫が小さな声で謝った。
(なんて言ったの?)
しかしナズナだけが、その言葉を理解できなかった。薫は女の人と同じ、知らない言葉を話していたのだ。それでようやく薫は自分が違う言語を話していることに気づいた。
(謝ったんだ。)
(あの言葉を知っているの?)
(うん、お父さんの書斎にある本はほとんどあの言葉で書かれていたんだよ。発音も、魔法を使う時のものと同じ。僕は小さい頃にお父さんに習ったから、分かる。)
(じゃあ話の内容を教えてくれる?)
(やってみる。)
女の人は「いいのよ、気にしないで。」と言ってくれた。
「始めまして、私の名前はエレシー。あなた達は?」
「僕は薫、こっちは双子の姉のナズナ。」
「二人とも、驚かせてしまっていたらごめんなさいね。あなた達は森の中で倒れていたの。そこを偶然通りかかったのだけれど、あの森は夜になったら危険だからこの家に運ばせてもらったわ。」
「……ありがとうございます。」
それ以上何を言えばいいのか分からなくなり、薫は質問をすることにした。
「その、間違ってたらごめんなさい。もしかしてエレシーさんは魔法使いなの?」
これはナズナも薫もずっと疑問に思っていたことだった。するとエレシーはおかしそうに笑った。
「おかしな質問するわね。魔法使いなんてたくさんいるじゃない。あなた達、まるで違う世界から来たみたい。」
「たくさんってどれくらい?」
「そうね、この世界にいる生き物の半分くらいかしら。」
彼女はいよいよおかしいと思ったのかもしれない。
「あなた達、どこから来たの?」
「……。」
そして、気まずそうに目をそらす薫を見て確信したようだった。
「もしかして本当に違う世界から来たの?」