お嬢様による見解。
「執事同士の恋、って言うのも、ありだと思わない?」
色とりどりのバラが咲き誇るバラ園の東屋。
ふんわりと笑ったお嬢様に、思わず紅茶を入れる手を止めてしまいました。
「それは、いったいどういった意味でしょうか。お嬢様」
「そのままの意味よ。物語の世界では主人と執事、又は主人とメイドとの身分違いの恋って言うのは定番でしょ? でも、私はね」
そこでお嬢様は一度言葉を切り、少しだけ俯いて、すうっと一つ深呼吸をなさいました。
「執事同士の恋愛もありだと思うの!」
そして、カッと目を見開いて私を見上げおっしゃりました。
その時のお嬢様の顔が、世間一般に言う『ドヤ顔』というものだったのでしょう。
「しかも片方は男装の麗人! 仕事終わり、寝静まった館の庭でひっそりと行われる逢瀬……。ロマンでしょ!?」
「お嬢様、紅茶が入りました。今日のお茶菓子は、先日旦那様のご友人から頂いたクッキーです」
「あら美味しそう。いただくわ」
お嬢様はいちごのソースがちょこんと乗ったプレーンクッキーを一口齧り、顔を綻ばせました。
お嬢様は甘い物の中でも、洋菓子がとてもお好きです。
その幸せそなお顔を見て、私も自然と笑顔になりました。
「……で?」
クッキーをお上品に三口ほどかけて召しあがったお嬢様は、テーブルに両肘をついて指を組み、その上に顎を置いて、正面に座る私ににこりと笑いかけました。
私は首を傾げます。
「で、とは何でしょうか?」
「あなたはそういうの無いの?」
「そういうの、とは?」
「……んもう! 分かるでしょう!?」
バンッ! とテーブルを叩いてお嬢様が立ち上がります。はしたないですよ。
「あなたの事よあなたの事!! この屋敷で男装の麗人の執事なんてあなただけじゃない! 誰かに恋したりされたりしてないの!?」
ビッシイッ! と効果音が聞こえてきそうな勢いで、お嬢様は私の事を指差しました。
私はそれに苦笑を返すことしか出来ません。
「別に私はメイド服でも構わないのですよ? この恰好をしているのは、旦那様の趣味でごさいます」
「え……。そうだったの……。やだ、お父様。ちょっと引いたわ……」
ああ申し訳ありません旦那様。
どうやら旦那様に対するお嬢様の好感度は、著しく低下したようです。
そして、私は吹き出すのをこらえるのに必死です。
「こ、こほん。まあ、そんなことはどうでもいいわ」
いいんですか。
「自分から話す気が無いというのなら良いわ。私、全部知ってるんだから」
「何をでしょう」
「あなたと愛し合っている人の事よ!」
またも自信ありげに言うお嬢様に、私は一瞬きょとんとしたあと、
「ふふっ」
「む。何がおかしいのよ」
「ふふふっ。申し訳ありませんお嬢様。しかし、私が誰かと愛し合うなどと……。この屋敷に勤めている執事たちは皆優秀な方々ばかりです。私などが、見合うはずもありません」
くつくつと笑いながら言いました。
するとお嬢様は、むすっと頬を膨らませて唇を尖らせます。
「……あなたはもう少し自分に自信を持つべきだと思うわ」
「自信……ですか? 人より多少ずる賢いとは自負していますが」
そう言うと、お嬢様は今度は眉間にしわを寄せ、ますます不機嫌な顔になりました。
「そういう事じゃなーい!! あなたは顔だって整っているし、教養もあるわ! どうしてそう卑屈になるの!」
「卑屈になどなっていません。私は私ですよ。ほらほらそんなに眉間にしわを寄せないで。可愛らしお顔が台無しです」
「っ~~~~~~!!」
小刻みに震えるくらい、お嬢様は手をぎゅっと握りました。
なんとなく黒いオーラが見えます。
そして、また立ち上がろうとした、その時。
「ここに居たのか」
「チーフ」
バラのトンネルを抜けて東屋にやってきたのは、この屋敷にいる執事たちと取り仕切るチーフでした。
つまり、私の直属の上司にあたります。
「……。どうしたのかしら?」
少しだけ浮いた腰を椅子に下ろして、お嬢様がチーフに問いかけます。
するとチーフは、はあ、と一つ息を吐きながら頭を掻きました。
「こいつを探していたんですよ。お嬢様、ウチの優等生をあちこち連れ回さないで頂きたい」
「あら、別にいいじゃない。お茶の時の話し相手くらい」
「仕事を頼みたい時にあちこち探し回らなきゃいけなくなるんです。メイドだっているでしょう」
「この子じゃなきゃ嫌なの!」
プイッとお嬢様がそっぽを向いてしまいます。
その様子を見て、チーフはもう一度小さくため息を吐きました。
「……ならば、仕方がありませんね……」
ガタリと音がして、膝が伸び、視線が高くなったと思ったら後ろによろめきます。
慌ててバランスを取ろうしましたが、その必要はありませんでした。
温かい何かに凭れかかったからです。
右手首が背後から掴まれ、背中には不思議な温もり。
そして、首にぐるっと腕が回ってきました。
「こいつは貰って行きます」
行くぞ。
そう言って、チーフは私の首の拘束のみを解き、腕を掴んだままお嬢様に背を向けて歩き出しました。
「はい。ではお嬢様、失礼します」
なんとかペコリと頭を下げ、私もチーフについて、歩き出しました。
「……なんなのよ……」
その時、うっとりしたようなお嬢様の声が聞こえたような気がしたのですが、気のせいでしょうか?
うーん……。
チラリと頬が赤くなっているのも見えたような……?
風邪などにかかっていらっしゃらなければ良いのですが。心配です。
「おい、聞いていたか?」
「へ? ああ、申し訳ありません。もう一度お願いします」
「ああ。お前に頼みたいのは――」
とりあえず今は目の前の仕事に集中することにしましょう。
……これは、どういう事なのでしょうか。
いえ、チーフに頼まれた仕事は滞りなく終了しました。
それほど難しいトラブルでもありませんでしたので。
ただ、別の件で、ちょっと問題が発生しまして。
それも、現在進行形で。
これは……。
「ねえねえ。隠さなくてもいいのよ? 結婚式はいつなの?」
「お、お嬢様。そう周りをぐるぐる回られると、掃き掃除が出来ません」
いったい……。
「ねえねえ。結婚式はいつ?」
「お嬢様。腕を掴まれるとお茶を淹れることが出来ません」
どういうこと、でっ!?
「いつなの? 隠さなくてもいいんだったら!」
「で、ですからお嬢様……。梯子を揺すられると……! ああっ、うわあ!」
『あぶない!』
聞き慣れた声が、どこからか聞こえてきました。