女子プロ野球開幕
開幕戦当日、今日は東戸スタジアムで二試合が行われる。
東戸スタジアムは東戸大学の近くにあったある程度規模が大きい球場のネーミングライツを女子プロ野球で取得したもので、本拠地として運用されることになった。
一日で二試合という少ない試合数のため一つの球場で二試合が行われる。
観戦してくれるお客さんのことを考えてもこの形は理想的だろう、一度の入場で二つの試合と全てのチームを見ることが出来る。
もっとも、今のリーグの規模で二つの球場を抑える余裕がないという側面もあるのだがそれはそれとして無駄を省いていると好意的に取るべきだろう。
そして今日の開幕戦では球場が満員となった、この球場の収容人数は五千人程度だ。
目標観客動員数が収容人数の八十%である四千人と設定されていたことを考えれば文句なしの大盛況と言える。
女子高校野球が広く浸透していたことが大きいのだろう、見渡した限り入場したお客さんは全員女性ばかりだ。
東京近郊にはいくつもプロ野球の球団があるし、男性はそちらを見に行き女性は女子プロ野球の試合を見に行くという構図になってくるのかもしれない。
特に女児の姿が多く見られるのは嬉しいことだ、恐らく多くが野球をプレーしている子で女子プロ野球という新たな舞台に憧れているのだろう。
こういう若い層がファンとして強い存在になるならば先行きも明るいと言える。
本日行われる第一試合がチェリーブロッサムズとサンフラワーズの一戦、その試合終了後に第二試合としてコスモスとデイジーズの一戦が行われる。
こちらのスターティングメンバーは以下の通りだ。
一番 キャッチャー 安島愛里
二番 レフト 常見
三番 センター 桜庭
四番 サード 樋浦
五番 ライト 広橋
六番 ファースト 黒谷
七番 ピッチャー 宍戸
八番 セカンド 国方
九番 ショート 四ノ沢
愛里、桜庭、樋浦、広橋、真紘の五人は高校時代に関わりがあり、その能力からプレースタイルまでよく知っている存在だ。
一方で残りの四人は調査で発掘してドラフト指名してきた選手たちである。
その中で唯一上位打線に名を連ねているレフトの常見は期待が持てる存在だ。
右投右打の外野手、メインポジションはレフトで稀にセンターも守る。
平均的な打力を身につけている打者であるのと同時に俊足の持ち主でもある。
一番を打つ愛里に比べるとさすがに劣るが平均より足が速い選手なのは間違いない。
その反面守りの面では肩が弱く、打球判断が悪いため守備範囲も狭い。
彼女がセンター失格となったのはそれらが原因だ、どちらもセンターにとってはあまりにも致命的すぎる欠点でそれなりに速い足を持ってしてもカバーできなかった。
極端に守備のミスが多いわけではないのだが、言葉にするのであれば安定して守備力が低い存在だというのが一番その実態を表現出来ているものになるだろうか。
無理せず、狭い守備範囲だがその範囲内はそれなりに守ってくれるタイプだ。
そういう守備面でのマイナスがあるからこそドラフトでは下位まで残っていたが、攻撃面で言えば決して悪くない選手だと言えるはずだ。
六番に入ったファーストの黒谷も打力重視、守備軽視のタイプの選手だ。
左投左打でメインはファースト、外野を守っていた時もあったがただでさえ良くない守備がさらにお粗末になるためあまり実戦的ではない。
平均以上に率も残せるしパンチ力もそこそこあるのだが、追い込まれると極端に弱くなる早打ちタイプの打撃スタイルが良くも悪くも持ち味だ。
一つ大きな欠点を上げるとすれば致命的なまでに鈍足ということだろうか。
典型的な各駅停車のバッターで塁上にいると選択肢が狭くなってしまう。
高校時代の大会で追い込まれた状況から何度も殊勲打を放った勝負強い打撃が魅力的ではあったが、結局地方で力尽きたこともあり注目度はあまり高くない選手だった。
打撃にも粗があるが最大の課題は守備だろうか、送球も捕球も平均以下であるしその能力以上にイージーミスを積み重ねてしまうタイプだ。
指名打者制でもあればもう少し上で指名されてもおかしくない選手だったが、今年の女子プロ野球には指名打者制は導入されておらず守備につく必要がある。
その辺りも考慮してどこも指名を避けてきた節がある。
後の二人は八番九番と下位に入る所謂守備の人に近いタイプだ。
セカンドの国方は右投右打で率は平均、長打力では平均を下回るという程度の打力。
安定度があり調子にあまり左右されず一定の率が期待出来ることと、追い込まれてからも比較的率が残せている粘り強い打撃はある程度評価が出来ると思う。
欠点では得点圏にランナーを置くと打率が下がる傾向があるが、妥協できる範囲だ。
走力は平均より少し下、肩は弱いもののセカンドの守備は平均以上の能力がある。
守備範囲もそこそこ広いし、エラーの数もそれなりには抑えられるだろう。
最後にショートの四ノ沢、右投左打でなかなか足が速い。
その特徴を考えると上位に置きたくなるのだが、上位に置くには率が物足りない。
パワーがあるわけでもなく、左投手に弱く三振も多いなどの欠点でも評価を下げる。
そしていいスピードを持ちながらも盗塁が下手でそれを生かし切れないのが痛い。
打撃面でいい部分を挙げるならバントが上手いということぐらいだろうか。
しかしそれも微細なもので総合的には打撃面では期待できないという評価になる。
それでも彼女を指名したのは、その時残っていたショートの候補の中で最も守備面で高い評価を得ていたという理由が大きい。
打球反応、捕球、送球どれもがそれなりに高水準であり守備に安定感がある。
特に送球に関しての正確度が高く、ファースト黒谷の守備に不安があることを考えてもそれは非常にありがたいことであった。
もちろん柏葉さんや真由の妹でショートを守る奈央ちゃんだとかそういった一流クラスの守備と比較すれば劣るが下位指名で取れるショートと考えれば見合っている。
ショートというポジションは守備の要であることを考えると、やはりその守備を軽視することは出来ないだろうということで守備力重視の指名となった。
主将には桜京高校の時に引き続いて四番の樋浦さんを任命した。
今度こそはこの形が機能することを強く願う。
試合前のオーダー交換で内山監督からメンバー表を受け取る。
チェリーブロッサムズのオーダーは以下のとおりとなっている。
一番 ショート 氷室奈央
二番 キャッチャー 会田
三番 センター 天城
四番 サード 東堂
五番 ライト 堀越
六番 レフト 片倉
七番 ファースト 入澤
八番 セカンド 竹石
九番 ピッチャー 牧原
気になっていた先発ピッチャーだがやはり牧原さんを起用してきた。
真由より彼女を投手としてより高く評価したその判断がどうでるかが注目だ。
そして予想通りではあるのだが三番四番の並びがやはり驚異的だ。
圧倒的な出塁率を誇る彩音の後ろに東堂さんというのは失点を強く予感させる。
その並びにつながる上位打線も質が高く気が抜ける場所がないと言える。
そして宍戸さんが今まで苦手としてきた左打者がスイッチの彩音も含めて数えると五人もいるというのも怖い部分ではある。
逆に言えばフロントドアのシュートがどこまで左打者相手に通用するのかを判断する試金石としては最高の相手だとも言える。
彩音と東堂さんはどちらも左打席に立つ、この二人と渡り合えるのであれば左打者に対する弱さは完全に解消されたと評してもいいだろう。
しかしそれは同時に一歩間違えれば火だるまになって降板を余儀なくされるという可能性も意味している、それを考えるとこの開幕戦は想像以上に重いかもしれない。
試合開始まであと少し、女子プロ野球がついに動き出そうとしていた。