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開幕直前

 開幕戦まであと少し、その最初の相手はチェリーブロッサムズに決まった。

 天帝高校の監督だった内山監督が率いるチームで高い打力が予想される。

 東堂さんと彩音というそれぞれ別タイプでトップを走る二人を、ドラフト一位二位の指名で引き込んだことによりその中軸の破壊力は恐ろしいものとなっている。

 その周りを固める打者のレベルも決して低くないことを考えると失点を防ぐのがもっとも難しい相手だと言えるかもしれない。


 その一方で投手はドラフト三位四位指名の牧原さんと真由の二人が中心だ。

 他の三球団が全て一位で投手を指名したのだから当然の話ではあるのだが、それらと比べるとどうしても事前評では格が落ちると言わざるを得ない。

 それでも気になるのは牧原さんが真由より先に指名されたという事実だ。

 事前評と実績で言えば真由の方が格上だと俺は判断したし、他の監督でもそれと同じ考えを持った人は決して少なくなかったと思う。

 その上で牧原さんを評価することまではあり得る話だとしても、そこから指名順を前倒しにするという判断に至ったということに何か驚異的なものを感じる。

 確率的に言えば牧原さんが四位指名で競合するような事態になることはまずあり得ないと考えてもいい、相当に薄い確率であるはずだ。

 その薄い確率すらも嫌うぐらい牧原さんを高く買っている、そんな風に見える。


 確かにポテンシャルの高さはあると思う、ケガによるブランクを抱えながらも高校三年で見せた好投からは光るものを感じる。

 東戸大学に進んでからも尻上がりに成績を伸ばしていることからも牧原さんへの評価が過小なものだったことは認めざるを得ない部分もあると後から気付かされた。

 しかしそれでもなお、真由よりも高い評価を下すというのはどうだろうか。

 それこそ真由のポテンシャルも相当に高いと俺は見ている、既に宍戸さんと詩織を指名していたため投手枠の関係で指名候補にこそ残さなかったが高く評価している。

 あのチェンジアップの威力なども考えればそもそも四位まで真由が残った事自体が奇跡的とさえ言えるぐらいだ。

 牧原さんに天帝高校の黄金期を築き上げた名将内山監督が何を感じたのか。

 俺のような若造には見えない何かを内山監督は見たと考えるのが妥当だ。

 指名順から考えてもエースとして先発するのは恐らく牧原さんであるはずだ。

 その結果を開幕戦で見ることができる可能性は決して低くないだろう。

 一刻も早くそれを確かめてみたいという気持ちが強く沸き上がってきていた。


「ちょっといいですか、監督」

 そう真紘に声を掛けられたのは寮での夕食を終えた後のことだった。

「どうした真紘」

「相談したいことがあって……佳矢のことなんだけど」

「佳矢がどうかしたのか?」

 初戦の対戦相手でもないし、今となっては佳矢は元チームメイトに過ぎないはずだ。

「ドラフトの後からちょっと様子が変だから、話を聞いてあげて欲しいの」

「……なるほど、なんとなく事情は分かった。今からでもいくよ」

 恐らく佳矢は自分が一位指名されると信じて疑わなかったのではないだろうか。

 実際にそれだけの価値がある選手であるし、その気持ちは理解できる。

 オーナーとの縁故を理由とした一位指名で三枠が埋まったものの、それを踏まえた上でも残りの一枠でという思いがあったのかもしれない。

 公平を期すためにデイジーズの赤石監督が佳矢の指名を回避したことを知らないことを考えると実力不足で一位指名に至らなかったと考えてしまってもおかしくない。


 ドラフトを経てチームこそ別れたものの、大学の寮が別になるわけではない。

 佳矢は東京に住んでいるため本来であれば実家からでも支障はないのだろうが女子プロ野球を前提とした東戸大学では寮入りが義務付けられている。

 プロ野球でも新人が寮に入るのが義務付けられているのと同じようなことだろう。

 佳矢の部屋の前に到着して、そのドアを軽くノックする。

 少しして扉が開き、佳矢が顔をのぞかせる。

「修平さん、お久しぶりですね」

「佳矢、少し話したいことがあるんだが時間を取ってくれないか?」

「別に構いませんけど……中にどうぞ」

 そう言われ佳矢の部屋の中へと招かれる。

「それで、どういった用件ですか」

「佳矢がドラフトの結果を気にしてるんじゃないかと思ってさ」

 そう切りだすと佳矢がその真意を確かめるように俺の顔を見つめてくる。

「どういう意味でしょうか?」

「ドラフトが終わった今だから話すけど、佳矢を一位指名しようって球団もあったんだ。他はどこも縁故で一位指名が決まってたという理由で結局回避しただけで」

「どの監督も佳矢のことはとても高く評価していたのは間違いない、色々な事情で一位が決まってたりしなかったら間違いなく佳矢は一位で競合するレベルだったよ」

 その話を聞いても佳矢の表情は晴れない、俺の言葉を信じて貰えていないのかとその瞬間はそんな風に考えていた。


「一位指名して貰えなくて私が落ち込んでる、そう修平さんは考えてるんですか?」

「そう、だけど……」

 何か俺は根本的に勘違いをしていたのだろうか。

「指名が何番目でもそんなことはどうでも良かったですよ、大切なのはプロになってからどういう結果を出すかという話なんですから」

 どこか落ち込んでいるというのが真紘の見間違いだったのか?

 そんな風に考えてすぐにそれを否定する、長年佳矢と付き合ってきた真紘がそういう部分で見間違いを犯すはずがない。

 そうだとすればやはり俺が何かを取り違えていると考えるのが自然だ。

「どの監督も私を高く評価してくれてるはずなのに、私の指名を回避した球団が一つだけありましたよね」

 そんな風に呟く、その回避した球団というのは俺のサンフラワーズ以外ない。

「私は、愛里さんより捕手として頼りないですか?」

「そんなはずはないけれど、仮に俺がそう評していたとしても他の三球団の監督方からあれだけ高く評価されているならそれでいいじゃないか」


 その言葉を聞いた佳矢が小さくため息を付く、その表情はまるで物事を理解できていない俺にどこか呆れているようだった。

「他の監督方の評価なんてどうでもいいことでしかないですよ、私が評価されたいと思っているのはいつの時もただ一人だけなんですから」

「佳矢……」

 やはり俺は見誤っていたようだ、佳矢はドラフトの指名順がどうだとかそういったことを気にしていたわけではない。

「贔屓目を抜きにすれば愛里と比べても佳矢の方が上だと今でもそう思ってる」

「それじゃあ、なんで私じゃなくて愛里さんを指名したんですか!」

 佳矢が大きな声を上げる、その瞳が僅かに潤んでいる。

「理由は二つある、一つはドラフト戦略上の問題で抽選が確実だった佳矢を指名するより愛里を指名する方が確実だったからだ。そしてもう一つは、やはり妹である愛里と同じチームになりたいという気持ちがあったからだ」

 無理に佳矢を狙って外して愛里も逃すような事態になれば自軍の正捕手のグレードは大きく下がることになる。

 そのリスクを嫌って愛里の単独指名を試みるというのは十分に考えられる選択肢だ。

 そして同時に、愛里との血縁関係がそれを後押しした事も否定することは出来ない。


「こうしてプロに進むことで修平さんと同じチームになれるかもしれない、とそう期待していたんですけどね。結局その夢は叶いませんでしたね」

 軽く目元を拭いながらもしっかりとした口調で佳矢がそう口にする。

「初めて出会ったあの日、佳矢に野球を教えていて俺はすごく楽しかった。今でも佳矢の役に立てるかは分からないけど、佳矢と同じチームになりたい気持ちはある」

「でも、チーム作りの上でどうしても無理は出来なかったんだ。決して佳矢を評価していないから指名しなかったわけではない」

 必死にそう話したことで少しは思いが通じたのか、佳矢の表情が柔らかくなった。

「例え四分の一の確率のクジだったとしても、私を指名しておけばよかったと後悔するぐらいの成績を残してみせますから」

「佳矢ならそれも出来ると思うよ、チームは別でも活躍することを願ってる」

 開幕戦、佳矢の所属するコスモスは黒崎さんを擁するデイジーズと対戦する。

 こちらの対戦もどうなるか全く予想ができない、一人の観戦者としてその試合を見てみたいとそんな風に思ってしまうぐらいだった。

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