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公式戦 VS シンシア・コスモス②

 ある程度打てないのは想定していたが、ここまでの内容とは思っていなかった。

 六回が終わり打者二回りして、誰一人ランナーとして塁に出ることが出来ていない。

 十安打しても一点も入らないこともあれば、無安打で一点を取ることもあるのが野球だから単純に出塁が多ければいいという話ではないという風に考えてはいる。

 それでも、これだけ完璧に抑えこまれていると感じられてしまう内容だとその一点への道のりに辿り着けるのかと不安になってしまうのもまた確かだった。

 七回裏のサンフラワーズの攻撃、この回から打順は三回り目に入るがそれでも攻略の糸口は掴めないままで相変わらず渡瀬さんのペースだった。

 一糸乱れぬ早いテンポで次々と投げ込まれるボールでアウトが積み重ねられる。

 打率の高い一番の愛里から三番の桜庭まで再び三者凡退、完全試合まであと六人だ。

 それも得点が入らなければ参考記録でしかないが、快投であるのは間違いない。

 あまり渡瀬さん本人が拘っていない様子の奪三振も既に十二個を数えている。


 そのテンポの良い好投が流れを再び引き戻したか、次の回の攻撃で試合が動く。

 八回表のコスモスの攻撃、一死無走者から三番の佳矢がツーベースを放つ。

 一死二塁となってバッターは四番の日下部さん、一塁が空いているし教科書通りにボール球を中心に攻めていくべき場面。

 インコース、そして高めが得意なバッターだけに勝負にいくのであれば攻めるコースの基本はアウトコース、低めが中心となることになる。

 逆に得意コースを利用してボール球で打ち取りにいくというのであればあえてその付近に投げる必要も出てくるだろう、精密なコントロールを持つ小森さんだからこそ出来る攻めだろうがその分リスクも大きい。

 愛里が要求したのは内角のボールになるシュート、右打者には有効なボールだった。

 それまでに外に配球することでそちらに意識を振っていることもあり決して悪い組み立てではなかった。

 しかし肝心のボールが甘く入る、厳しいコースを攻めきる事が出来なかったそのシュートを強打者である日下部さんが見逃してくれるはずもない。

 強打した痛烈な打球が二遊間を襲う、二塁ランナーの佳矢がヒットを確信して飛び出してしまったのも無理がないと思えるようなそんな当たりだった。

 ショートの四ノ沢が横っ飛びでグラブを差し出した、その先に打球が引っかかる。

 勢いで押し切られるかと思ったがなんとかボールをこぼさず収めたときには、既に佳矢は二塁ベースを大きく離塁してしまっていた。

 四ノ沢が膝をついたままセカンドの国方がベースカバーに入ったのを確認してから軽くボールをトスして渡した。

 ライナーゲッツーでスリーアウトチェンジ、強烈な当たりだったとはいえ抜けていれば分からなかった一打を四ノ沢が好守でもぎ取った。


 その当の本人である四ノ沢も思わず苦笑してしまうようなファインプレー、確かに四ノ沢は守備のいい選手であるがそれを考慮しても信じらないぐらいのものだった。

 今こうして対戦している相手であるコスモスのショートを守っている守備職人の藤高さんですら確実に取ることは出来ないぐらいの打球だった。

 番狂わせ、といえば言い過ぎかもしれないが事前に優勢が予想された結果がひっくり返るときはこんな特別なプレーが起きることが決して珍しくない。

 三回の桜庭のファインプレーもそうだ、ここまで守備に二つ良いプレーが出ている。

 流れという意味で言えばいい流れなのだろうといっても過言ではないだろう。


 そんな状況だというのに、マウンドを下りてベンチに戻ってきた小森さんの表情は芳しくなかったことに胸騒ぎを覚える。

「小森、もしかして……」

「すみません監督、この状態では続投はちょっと厳しそうですね。あの失投が大惨事に繋がらなかったのだけが不幸中の幸いです、四ノ沢さんに感謝しないと」

 あの甘いボール、そしてこの小森さんの様子からなんとなく分かってはいたのだがやはり肘に何らかの異変が生じていたようだ。

「ここまでよく投げてくれたな、ありがとう」

 そう声をかけながら軽く背中に手をやって労をねぎらう。

 ちょうどイニングの合間であることから次に投げるリリーフの詩織もしっかり準備してから登板出来るし最悪の事態は免れたと言える。

 詩織に準備をするように声を掛けてから今後の試合展開を改めて予想する。

 八回表は四番の日下部さんで攻撃終了、このペースで順調に抑えるという前提でいけば十回表を終了した時点で打順は一番までしか進まないことになる。

 詩織はここまで非常に優秀なリリーフ投手として働いているが、その詩織が万が一失点する事態になるとすればそれはクリーンナップによるものだろう。

 三番の佳矢と四番の日下部さんに再び回れば、失点があり得ないとは言えない。

 逆にいえばそこまでに失点する可能性は殆ど無いだろうと考えていた、コスモスは八番にショートに入る守備専門の藤高さんがいる等で下位打線のレベルは相当に低い。

 これまでの試合でも打って勝つというよりは守って勝つタイプのチームだった。


 八回裏のサンフラワーズの攻撃は四番の広橋から始まる。

 彼女は一発長打の多いバッターだがそれ以上に三振も多く安定感は全くない。

 それだけに意外な場面で勝負を決めることもあるのだが、少なくとも今日の試合ではそれは難しいらしくこの打席も渡瀬さんの前に空振り三振に倒れた。

 五番を打つ黒谷も一塁手という打力が求められるポジションであることを考慮した上でもなかなかの打撃成績を残しているのだが、左打者であるのが苦しい。

 三振こそ逃れたものの完全に打ち取られた当たりの内野ゴロでツーアウトとなる。

 これで完全試合まであと四人と迫られたことになる。

 続いて打席に入るのは六番の常見、率を残している打者であると同時に左打者を比較的得意としており期待の持てる存在だった。

 渡瀬さんとの対戦打率も三割にこそ届かないがそれに近い数字、今日の打撃内容も唯一三振がなく二打席ともバットに当てているだけに内容は比較的いいと言える。

 そんな常見に対して渡瀬さんは速球の後にチェンジアップを投げ込んできた。

 その緩急のある組み合わせに対して常見がしっかりと踏みとどまって対応した。

 振り抜いた当たりはサード横を抜けてレフト前へと転がっていく。

 完全試合と共にノーヒットノーランが消える一打、そんなヒットを浴びても渡瀬さんの表情は全く変わらないし淡々としたものだった。

 ここに来てヒットを一本浴びたことよりも、それだけのピッチングをしている割には球数が嵩んでいるという事実の方が遥かに渡瀬さんにとって気になるところだろう。


 七番の樋浦に打順が回る、今日はここまで二打席連続三振に終わっている。

 それだけなら良かったのだが、その内容が悪いのが一番の問題である。

 自分の打撃をした上での三振であれば数を重ねれば結果が出るだろうとも考えられるが、そもそも自分の打撃が出来ていないのであれば何打席あってもダメだろう。

 打席に入る前に軽く素振りをするが、その直後に動きが止まった。

 一旦バットを下ろして少し左手首に巻かれたテーピングをいじる仕草を見せる。

 そうしてから改めて打席に入り、ようやくバットを構える。

 渡瀬さんが退屈そうに樋浦が構えるまでの時間をやり過ごしていたが、構えたのを見るとすぐにセットポジションに入りテンポよく初球を投じてきた。


 初球に選んだのはカーブだった、渡瀬さんは他にもスライダーやチェンジアップを投げるがどれも安定して高水準で文句のつけようのないだけのレベルに達している。

 その初球のカーブを樋浦が完璧なスイングで捉えた。

 快音を残したそのバッティングに最高の結果を確信したのか、樋浦は打球の行方を目で追うことすらせず小さく拳を握った。

 レフトスタンド上段、文句なしの美しいアーチを描く。

 今シーズン渡瀬さんが浴びた通算二本目のホームラン、そして初めての一試合二失点以上を確定させる先制のツーランホームランが八回裏に飛び出した。

 その時の渡瀬さんの表情は初めて見るものだった、いつもの無表情は崩れどこか呆然とした表情で打球の行方を眺めていた。

 ベースを一周した樋浦がその渡瀬さんを視界に収める、渡瀬さんもそちらを向いた。

 視線が合った後、樋浦が小さく笑いながら左手首のテーピングを千切り取った。

 主軸の打席が残っていないコスモスに反撃の術はもう残っていない、最後はリリーフした詩織が三者凡退に抑えて最後の最後でサンフラワーズが踏みとどまった。

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