公式戦 VS ノーブル・デイジーズ②
序盤こそ安定した好投を見せていた赤石さんだが、打者が二回り目に入った辺りから少しずつ乱れが見られるようになってきた。
毎回のように安打や四球で走者を出してしまい、そのうち二回は得点圏に進まれた。
それでもピンチになるとギアを上げているのか平時より球威がより高いものになる、二度のピンチは両方共空振りの三振を奪って凌ぐことに成功した。
六回表に二度目のピンチをそうやって凌いだのを見て、小森さんが呟く。
「やっぱり赤石さんはすごいです、天才的ですよこんなの」
「俺もそう感じていたところだ、ブランク持ちの選手とはとても思えない」
必要に応じてペース配分しながらここまで無失点で乗り切ってみせたのだ。
長年のブランクを経てからの復帰初登板でそのような繊細な試合感覚を持てる投手が存在するなんてとても信じられないぐらいだった。
「何よりすごいのは大学時代の赤石さんはペース配分なんて全く考えないタイプだったことです、そんな必要もなくただ全力で百球ほど投げたら勝てるぐらい力の差がある投手でしたから。全く経験のないペース配分を今この場面即興でやってるんですよ」
「そのすごい光景を見てる割には表情が晴れないみたいだな」
小森さんはさっきからずっと今にも泣き出しそうな表情に見えた。
「どんなにすごくても、こんな赤石さんは見たくなかったんですよ……こんな小細工をしないといけないぐらい衰えた赤石さんなんてもう別人になったも同じです」
六回裏のマウンドに向かうためにベンチから小森さんが立ち上がる。
「大学時代の赤石さんならともかく、今の赤石さんにだけは負けられないです。もしここで私が負けてしまったらそれこそあの頃の赤石さんに対する最大の侮辱です」
そんな言葉を残して再び小森さんがマウンドへと向かう。
この回の先頭打者は九番の赤石さんから、先ほどの第一打席は打ち損じてのサードゴロに打ち取られて凡退している。
それでもその打撃フォームとスイングからは光るものを感じられた、打撃センスと言う点ではやはり優れたところがあるのだろう。
そしてこの二打席目はカーブにタイミングを合わせて強振した。
芯で捉えた強烈な打球だったが、不運にもショートの真正面だった。
ショートの四ノ沢が胸元に構えたグラブでしっかりと打球を掴みとる。
その後は柏葉妹にヒットを打たれたものの、後続は抑えてピンチには至らず。
そして七回表の攻撃、そろそろこちらの攻撃も期待が持てるだろう。
ここまでの赤石さんの球数は九十球を超えている、そろそろ辛くなる頃合いだ。
入団テストの時もそうだった、今の赤石さんのスタミナ状態は想像よりずっと悪い。
おそらく百球も投げることさえも難しいはずだ。
それを踏まえて考えれば既に二度のピンチで全力投球をした上でこの球数は限界と考えて然るべきだろう。
この回は一番の愛里からの攻撃と好打順なのも非常に頼もしい。
その先頭打者の愛里がいい粘りを見せた、カウントワンボールツーストライクと追い込まれてから四球をファールで逃げる間にフルカウントとなる。
そしてそこからさらに一球ファールすると、ついに赤石さんが根負けしたような高く抜けたボールで四球を出した。
無死一塁、そしてそのランナーが俊足の愛里である。
赤石さんは牽制を投げるなどランナーを気にする素振りを見せるが、愛里の動きを釘付けにするには不十分なレベルの牽制だった。
二番の常見に対する投球が初球大きく外れたボールから、二球目の時に愛里がスタートを切り二塁への盗塁を成功させる。
常見に対してもツーボールとボールが先行していしまいそのまま四球となる。
無死一・二塁のチャンス、無死で得点圏にランナーを置くのはこの試合初めてだ。
続く三番の桜庭こそ三振に倒れたものの、四番樋浦が甘く入った高速スライダーを芯で捉えて左中間へと飛ばした。
フェンス直撃の一打はツーベースとなり、二塁ランナーの愛里が生還する。
これで均衡が破れた、サンフラワーズが一点を先制して一対〇とリードした。
さらにチャンスは続いて一死二・三塁、五番の広橋がストレートを叩きレフトへの大きな飛球を放つ。
レフトが追いつける当たりではあるが犠牲フライには十分だ。
三塁ランナーの常見が生還して二対〇とリードは二点に広がる。
そこからも二死二塁とチャンスは続いたものの六番黒谷が三振に終わった。
それでもここに来て二点の先制点は言うまでもなくとても大きい。
しかし本当に大きいのはその二点以上に赤石さんが完全に限界であることを再確認出来たことだと俺は考えていた。
これまでと比べて球威もコントロールも大きく落ちておりこの状況なら打ち崩すのはさほど難しくないといってもいいぐらいの状態になった。
相手としても控え投手の状況が許すのであればリリーフしたい場面だったのだろうが、控え投手の倉永は左打者を得意とする一方で右打者に打たれる事が多い。
あのピンチの場面は四番五番と右打者が続くだけに変えづらかっただろう。
そして赤石さんの続投という選択をしたが結果的に失点することになった。
こちらの攻撃はあと二回残っている、赤石さんが続投するにしても倉永に継投するにしてもこちらが得点出来る可能性は高い。
状況としては大きく有利になったと言える、あとは小森さんが抑えるだけだ。
七回裏のデイジーズの攻撃は四番の神代さんから、とりあえずこの回を乗り切ることが出来れば次の回は下位打順で少しは楽をすることが出来る。
そんな淡い望みを持っていたのだが、神代さんが二球目のスライダーをしっかりと叩いてレフト前へと弾き返していきなり出塁した。
無死一塁とランナーを背負ってから打者は五番の奥崎、振り回すタイプの打者だ。
出会い頭の事故さえ無ければ比較的小森さんが得意とするタイプでここまで無安打、この打席もアウトローにスライダーを投げ込んで空振りの三振でアウトを奪った。
続いて六番の徳村が右打席、長打は少ないが打率三割を残している巧打者である。
そのバットコントロールを活かしてカーブを逆方向へと打ち返した。
ライトの広橋に向かって打球が飛ぶ、ライト前に落ちるかダイレクトで捕ることが出来るか微妙な打球で判断が難しい。
広橋が一瞬迷ってからダイレクトでの捕球を試みるために前進してグラブを伸ばすが打球は伸ばしたグラブの三十センチ程先の地面を叩いた。
ショートバウンドとなったその打球を広橋が弾いてしまった、捕球し損ねたボールが外野を転々としていく。
広橋が拾って中継に返球したころにはそれぞれランナーは一つ先の塁に進んでいた。
一死二・三塁とピンチが大きく広がり一打同点という場面になる。
ここで打者は七番の山東という外野手、打率は二割四分ほどで決して打者として優れているわけではないがバントが上手い選手ではある。
俺はこのタイミングでタイムをとってマウンドに向かった、捕手と内野手もそれに合わせてマウンドの周りへと集まってくる。
「二点差だから恐らく山東にスクイズはない、打率は高く無いとは言えそのまま打たせてくると思う。問題はその次の八番北条のところだ」
八番を打つ北条という選手は俊足が売りの選手でここまで盗塁を多く記録していたが、打率は二割を切る低さで打者としてはあまり期待の持てない選手だ。
しかしデイジーズはまだベンチに代打の切り札を残している状態だった。
エースピッチャーの黒崎さん、彼女が登板しない試合のここ一番のチャンスで代打出場するのは珍しくなかった。
投手で打席数が少ないにもかかわらず本塁打ランキングで四位タイの上位につけており、打率も四割弱と非常に高い数字を残している。
文句なしの強打者であり、彼女と勝負するのはどうしても避けたい所だ。
「八番北条のところで確実に代打黒崎が出てくる、黒崎とは勝負しないで歩かせろ」
「……そうですね、さすがに黒崎さんと勝負するのは怖すぎますから」
愛里はそう同意してくれたが、マウンドに立つ小森さんはどこか不安気だった。
その理由は九番に赤石さんが打者として控えているからだろう、ここまでノーヒットではあるが内容は悪くないし過去の実績から小森さんが彼女を恐れるのも分かる。
しかしだからといってその代わりにここまで実績を残してきている黒崎さんと勝負するというのはそれこそあり得ない選択肢だった。
それは当然小森さんも分かっているだけに、結局は首を縦に振った。
「可能性は低いと思うがもしも山東がスクイズをやってくることがあればやらせていい、そこから二死三塁と二つ塁が開けば再び満塁策という作戦もあり得るからな」
そう指示を出してからベンチに戻る、あとは小森さん次第だ。
山東には結局スクイズの様子はなくそのままヒッティングに出る。
しかし最終的にはツーボールツーストライクから最後はフォークで三振となった。
二死二・三塁、予想通り相手ベンチは代打に黒崎さんを告げてきたので事前に決めた作戦通り敬遠で満塁策を取る。
二死満塁と全ての塁が埋まり、ここで九番の赤石さんが右打席に入る。
ここまでノーヒットとは言え先ほどの打席でヒット性の当たりを放っている。
小森さんのこともよく知っているだけに危険な相手であるのは変わりない。
その初球、小森さんは外のボール球になるスライダーから入った。
二球目はカーブだがこれも外れてボールとなりボールが先行する。
少し愛里が考えてから三球目に選んだボールはシュートだった、あまり普段は投げる頻度の高くないボールである。
変化量はさほどないが、その分打たせて取るという目的に向いている。
右打者の胸元に食い込まされば凡打期待できるだけに、カウントを悪くしてしまったこの状況から一転アウトを狙うという意味では理解できる配球だった。
小森さんが頷いてから三球目、胸元のシュートがストライクゾーンを掠める。
赤石さんが体を軽く開いてそのシュートを捌いた。
打球は強烈なライナーとなって左中間を襲う、打球速度が速すぎて外野手の反応が遅れてしまったように見えるぐらいだった。
レフトの常見が打球を追いかけるも届く範囲ではない、打球はレフトフェンス最上部に当たって激しく跳ね返ってきた。
そのクッションボールがちょうど常見のところに転がってくる。
これが不幸中の幸いとなった、常見がすぐに中継に返球して一塁ランナーの生還はなんとか防ぐことが出来た。
赤石さんの二点タイムリーツーベースで二対二の同点にこそ追いつかれたもののそこから逆転には至らなかった。
そして続く一番の柏葉妹をセカンドゴロに打ちとったところでサンフラワーズは勝利へ大きく一歩を踏み出した。
八回表からデイジーズは左腕のリリーフである倉永へとスイッチ。
下位打線となる八回の攻撃はなんとか堪えたものの、一番から始まる九回表の攻撃で桜庭に勝ち越しタイムリーを浴びた。
三対二と再び一点をリードする形となったサンフラワーズは最後まで小森さんが投げ切って逃げ切ることに成功した。
赤石さんの復帰初登板となったこの試合は小森さんが粘り強いピッチングで完投して勝利を掴みとった。




