公式戦 VS ノーブル・デイジーズ①
そして週末、土曜日の試合に勝利を収める良い展開で問題の日曜日を迎えた。
この日本当に赤石監督が先発してくるのか、というのは少し話し合いがもたれた。
復帰直後なのだしとりあえずはリリーフ登板で肩慣らしというケースもあり得る。
それならば土曜日の試合でなぜ登板しなかったのか、という話ではエースの黒崎さんが相変わらずの好調で一人最後まで投げきれる状態だったからかもしれない。
さらに言えば現時点で赤石監督以外の日曜日の先発候補は元リリーフピッチャーの倉永さん、リリーフ向きに見えるし、実際に先発転向後に大きく成績を残している。
その事情を考えたら倉永さんをリリーフに戻しておきたいと思うのは自然だ。
だからこそ日曜日の先発は復帰登板でいきなり赤石監督が投げるという方向の予想でまとまり、土曜日に赤石監督の登板がなかったことでそれは更に確実になった。
メンバー表の交換が行われ、真っ先にその予想の結果を確認しに行く。
先発投手はやはり赤石監督だった、それでいて打順は九番となっている。
小森さんの話では打撃面でも赤石監督は優れているという話だったが、この試合ではとりあえず一番後ろの九番打者という位置に留まっている。
長年のブランクで打撃が完全に錆び付いていて実力に基づいて九番打者なのか、あるいは選手復帰していきなり高い位置の打順に入ることによる悪影響を考えたのか。
あくまでも推測するしかないが、恐らく後者なのではないかと思った。
ここまでプロとしての実績が全くない選手がいい位置に収まるという事に対して納得出来ない選手が出てくるだろうという予想は妥当なものだろう。
先発投手という点ではもう一人の投手がここまで先発として不調で元々リリーフ投手だったこともあり赤石監督がいきなり先発というのも必要となる事情がある。
一方で打線ではそういった事情がないため、やりにくい部分があったのだろう。
監督という立場も兼任しているのだからやろうと思えばいくらでもやりようがあったのだが、それはあえて使わなかったという風に見える。
そうだとしたら少しヌルさを感じるというのが正直な感想だ、もしも自分が打撃で結果を出せる自信があるならば躊躇することなく自分をいい位置に置くべきだ。
それで一時的な反発がある可能性は確かにあるが、そこから結果をしっかりと出すことが出来れば黙らせることが出来る程度のものだ。
いくらブランクが長いとはいえ年上ではあるし、結果さえ出せば全く障害はない。
そういう意味で多少強引だろうともっといい位置に自分を置いても良かったのではないかと個人的には思うが、これがどういう結果になるかだ。
この試合はサンフラワーズが先攻であるため、いきなり赤石監督が投げる事になる。
マウンドに上がり、これからに備えての投球練習を行う。
「当時と比べて今の赤石監督のボールはどうだ?」
そんな風にぼんやりとその光景を眺めている小森さんに尋ねてみる。
「やはり衰えは深刻ですね、あの頃とは比べ物にならないですよ今の状態では」
「さすがに長いブランクで同じような実力を維持出来る人間はいないからな」
しかし衰えたとは言っても確実に今の女子プロ野球で一線級の投手にはなれる程度。
それを見た小森さんが衰えが深刻、という表現を使う辺りにいかに全盛期の赤石監督が凄まじい存在だったのかを窺い知ることが出来るとも言える。
改めて赤石監督の投手としての能力について考える。
球種はストレートと高速スライダー、それに加えてフォーク。
最も優れたボールは高速スライダーで決め球として十分な威力があるし、他の二つの球種に関しても平均よりも優れたボールであると評価出来る質の高さがある。
コントールは平均レベルでそれなりに四球も期待できるし、甘い球もありそうだ。
先頭バッターとして一番を打つキャッチャーの愛里が左打席に入る。
右投手である赤石監督の高速スライダーは左打者にとって食い込んでくるボールだ。
愛里は典型的な流し打ちタイプのバッターなのでその手のボールは比較的苦手。
そのデータを当然向こうも十分に理解しているだけにインコースが攻められる。
追い込まれてからなんとか二球ファールで逃げたものの、最後は膝下に鋭く沈む高速スライダーに愛里のバットが空を切った。
「……今まで見た中で一番いいスライダーを投げるピッチャーだね」
愛里がそんな風に呟くのを聞いて小森さんがそれに反応した。
「昔はこんなレベルじゃなかったんですよ、本当に誰も打てませんでしたから」
そう口にする小森さんの表情はどこか現状に納得出来ていないように見えた。
続く二番の常見も高速スライダーについていけず空振り三振。
三番の桜庭はなんとかバットにこそ当てたが弱いセカンドゴロに終わった。
初回を終わって赤石監督の球数は十四球、悪くないペースではある。
一回裏には小森さんがマウンドに上がるが、どことなく力みが感じられる。
小森さんは普段コントロールが非常によく、カウントのコントロールが上手い。
そのためボール先行で自らを苦しくすることはないのだが、今日は先頭打者である一番の柏葉詩帆さんに対していきなりストライク無しでツーボールとボール先行。
結局安打を浴びてランナーとして塁に出してしまうことになる。
そこからも普段からは想像もつかないような苦しいピッチングが続く。
カウントを悪化させてしまうパターンを繰り返し、ランナーは得点圏に。
最終的には幸運にも強い当たりが内野の正面を突いたことでゲッツーに取ることが出来てピンチを脱したものの危ない立ち上がりとなった。
「小森、ちょっと来い」
チェンジとなりベンチに戻ってきた小森さんにそう声を掛けて呼び寄せる。
「いつもとは別人のようなピッチングだな」
「すみません監督、でも……」
理由は分かる、特別な存在である赤石監督との投げ合いだから力が入るのも当然だ。
しかしそれで自分のピッチングが出来ず崩れてしまえば本末転倒である。
「この試合が小森にとって特別な試合なのは分かる、しかし他の人間にしてみればこれは四十八試合のうちの一試合に過ぎないんだ」
「……その通りです」
「それに、何も特別に意識することなんて一つもない、小森が自分のピッチングをすることさえ出来れば順当に勝てる程度の相手だろう。少なくとも俺はそう思ってる」
「そんなことは……」
小森さんの視線が泳ぐ、まだ迷いは吹っ切れていないようだ。
「小森はそう思わないか? これだけ長い時間の積み重ねの差があっても届かないか?」
小森さんに自分を信じて欲しい、自分が積み重ねて来た時間を信じて欲しい。
真摯に野球に取り組み続けた小森さんの行為は本当に尊いものだと思っている、それを過小評価して欲しくなかった。
「いえ、きっと届きます。そして追い抜くことさえも出来るとそう思っています」
自分に言い聞かせるかの様に小森さんがそう言葉を発した。
「俺も同意見だ、小森が負ける訳がない。自分を見失いさえしなければな」
俺に出来ることはそう多くない、この言葉によって少しでも浮き足立っている小森が本来の自分を取り戻す事ができればとそう願うばかりだ。
二回表のこちらの攻撃は再び三者凡退で二回裏の守り。
小森さんがしっかりとカウントを安定させつつボールをコントロールし、三人の打者を打ちとって無失点で抑えた。
それは小森さん本来のピッチングで、俺は胸をなでおろした。
最初の乱れたタイミングを幸運にも無失点で凌ぐことが出来たのは大きかった。
その幸運を考えても試合の流れはこちらにあるのかもしれない、そんな風に俺は一人考えていた。




