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錆びついた怪物

 その日の夜、俺は真っ先に小森さんに赤石監督の選手復帰を報告に行った。

 彼女が赤石監督と浅からぬ関係にあるというのもそうだが、彼女がどの選手よりも早くそのことを知るべきであるのというのにはそれ以外の理由もあった。

 先日と同じように小森さんの部屋を訪れ、中に招き入れられる。

 小森さんは選手補充の動きがあったことさえ知らない立場にある、この件に関しては順序立てて最初から説明していった方がいいだろう。


「小森さんも知っての通り、この前デイジーズの投手が二人負傷で戦線離脱した」

「ええ、四人しかいない投手が残り投手二人でどうするのかなとは思ってましたけど」

「このままではデイジーズの残り二人の投手に甚大な負担が掛かって二次的な被害が発生しかねない、かといって野手を投げさせるような事態は興行的に良くないだろう」

「それは私にも分かりますけど……この時期に選手を連れてくるのは難しいでしょう」

 小森さんは高校から社会人野球まで全てを経験してるだけに、この中途半端な時期に選手を引き抜いてくる手続きが煩雑になりそうだ予想がついたのだろう。

「そうは言っても誰も補充せずに戦い続けるということが出来る状態ではないから、いくら煩雑で時間のかかる手続きが必要でもそれをするしかないはずだった」

「はずだった……というのは?」

 小森さんもさすがにその先の可能性には思い至らなかったようだ。

 しかしなんらかの確信こそ掴めていない様子ではあったものの、どこかその先に待ち受けているものを予感しているように見えた。


「ここまで来たら説明も十分だろうから単刀直入に言おう、内部から選手補充が出来ればベストだということで赤石監督が投手として選手復帰することが決まった」

 俺がそう告げた時の小森さんの表情は複雑なものだった。

 これまで長年積み上げてきた物は単色の感情で表せるようなものではないのだろう。

「監督が私に投手としての赤石さんのことを聞いてきたときに違和感はありました、この可能性もゼロではないと思いました。でも本当に実現するとは思っていなかった」

「しかし赤石監督の選手復帰がこのタイミングになったのは痛かったな……」

 小森さんはもう気がついているだろうが、次の週末にデイジーズとの試合がある。

 そしてローテーション的には日曜日の試合でウチと赤石監督が当たる可能性が高い。

 さらにその日曜日の試合でこちらの先発を務めるのは小森さんであった。

 好調を維持している小森さんがボロボロになっていた今のデイジーズの控え投手と当たるのであればほぼ確実に白星を拾えたはずの試合だ。

 それが赤石監督の復帰によって一気にわからなくなってしまった。


 そんな風に小森さんも考えているかと俺はそう思っていたのだが、小森さんの返事つは俺の予想していたのとは正反対の内容だった。

「私はタイミングが悪かったとは思ってません、むしろこれがベストタイミングです」

「どうしてだ? 赤石監督の復帰と対戦機会が離れていた方が白星を積み重ねることが出来る可能性は高くなるはずだ、対戦回数も減らせる可能性があるし」

 そう俺が疑問をぶつけるも、小森さんの中では確信があるように見える。

「これがシーズンの最終盤で日程次第で一試合も赤石さんに当たらないという話ならともかく、今の時期ではどのタイミングでもいずれは赤石さんと当たります」

「どうせいずれか当たるのであれば一番勝てる可能性が高いのは実戦ブランクがそのまま出る赤石さんの復帰初登板です、そこから先の赤石さんは上がる一方でしょう」

 小森さんの中では赤石監督が活躍するに値する存在であろうことは疑いようのない事実であり、実戦感覚を取り戻すにつれてますます勝ちにくい相手になるのだろう。

 その考えが正しいものという前提に基づくのであれば確かに復帰後初登板に当たるのはまだよかったのかもしれない、それが一番勝てる可能性が高くなるはずだ。


「確かにそうかもしれないな、今の赤石さんなら全く勝てないってことはないと思う」

 もちろんそれでも本来のデイジーズ先発に比べたら厳しい相手なのは間違いない。

 その上で客観的に赤石さんの投手能力を判断するとそういう印象を覚える。

 良いボールを投げてはいたが、渡瀬さんのように絶望的に打てない投手というほどの印象は無かったし球団によってはエースといったレベルだろうか。

「もしも赤石さんが全盛期だったらどうしようもありません、百回やっても一回も勝つことは出来ないと思います。でも赤石さんに長いブランクがあってその上で私がずっと調整してきた好調というハンデ戦であるのであれば……勝てるかもしれません」

 そう話す小森さんの瞳からは強い意志が感じられた。


「赤石さんにはずっと勝てませんでした。高校の時はエース争いで、別の大学に進んでからは対戦相手としてずっと私が負け続けてきました」

「赤石さんは私とは住む世界の違う投手だって分かってます。それでも一度だけでいいから、一瞬だけでいいから彼女と肩を並べ、上回ってみたかったんです」

 尊敬する投手であり、同時に目標にする投手でもあるということなのだろう。

「俺は小森さんが勝つと信じてる、今まで野球に真摯に向き合って自分を磨き上げてきた小森さんであればきっと勝てると信じている」

 勝って欲しい、そんな風に心の底から願っていた。

 小森さんが報われないなんて絶対におかしい、彼女のような人間が報われるべきだ。

「もしもこれで負けたら、私の七年間がなんだったのか分からなくなりますよ……」

 七年間、赤石監督が大学三年の時にマウンドから姿を消して以来小森さんが一人野球と向き合って積み重ねてきた年数だ。

 この試合は七年間の総決算といえるものになりそうだ。


 そう考えると同時に、言葉を絞りだす小森さんの姿をみて俺は崩壊を予感した。

 この試合で仮に小森さんが敗れるようなことがあれば、小森さんが壊れてしまうのではないかとそんな風に思えてしまう。

 そうなればサンフラワーズは終わりだ、先発二本柱のうちの一本が折れた状態で渡瀬さんのいるコスモスを追いかけることなど出来るはずもないのだから。

 逆に言えばもしもここで勝つことが出来れば小森さんは投手としてステップアップ出来る可能性もあるのかもしれない。

 俺のこの勝手な推測が当たっているとしたら、この試合は絶対に落とせない。


「赤石さんが選手復帰したとなると、もっと詳しいことを話しておく必要があるかと思います。赤石さんの強力な武器はピッチングだけではないということです」

「バッティングがいいのか?」

 投手に対してそのような言い方をするということは、そうではないかと推測する。

「いいなんていうものじゃないですね、個人的な意見ですけど赤石さんには投手として以上に野手としての才能があったのではないかとずっとそう考えてきました」

「……それが本当であるならば俄には信じがたい話だが」

 投手として超一流の存在であった赤石監督に、その投手としての才能以上に野手としての才能があったとしたら本当に恐ろしい話である。

「根拠もあるんですよ、高校時代の赤石さんの通算打率は五割五分を超えていますし本塁打は大会二位タイの記録を持っています」

「大会の本塁打記録で他に上位に顔を出しているのは全員野手専任の選手です、投手をやりながら打っている赤石さんが野手に専任したら抜けた記録だと思えませんか?」

「説得力はあるな」


 野手専任の選手の方が投手をやりながら打撃に取り組む選手より結果を出しやすいだろうということは少し考えればすぐに分かる。

 そのハンデのようなものがありながら大会二位タイの記録、これは驚異的だ。

「なにより私が大学に入ってから打者としての赤石さんと対戦したことがありますが、あんなに恐ろしい打者を他に見たことはないというぐらいの選手でしたから」

「打席の左右は違いますが今の環境でいうのであればブロッサムズの東堂さんと同じかそれ以上に恐ろしい打者だったかもしれません」

「東堂さんと……か」

 東堂さんがいかに優秀な選手であるかは高校時代に嫌というほど知ったつもりだ、あの東堂さんより赤石監督が上だったというのか。

「過去のことですから美化されている可能性もありますから、しかしいずれにしても赤石さんは打撃面にも優れるという点で警戒が必要なのは間違いありません」

「それはその通りだ、初対戦を前にそういった情報がもらえたのは有難いよ」


 小森さんの話を聞くほどに赤石監督が当時怪物クラスだったのを知ることになる。

 しかしその怪物も長年のブランクで錆びついている、それを相手に小森さんがどのように戦うことが出来るかだ。

 サンフラワーズの運命を大きく左右するかもしれない試合まであと数日しか残されていないという事実に不安と焦燥感が抑えきれなかった。

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