入団テスト
そして当日、赤石監督はユニフォーム姿でウォーミングアップを進めていた。
そのボールを受ける役目は俺が務めることになった、横から見てるより直接ボールを受けたほうがその実力を判断しやすいのだしそれが理想的だ。
既にウォーミングアップは終えている、オーナーの方々は多忙であるため今回のテストの判断を各監督に委任して今日このグラウンドには来ていない。
よって赤石監督以外の俺を含む三球団の監督で合否を判断することとなる。
そうはいっても合格はほぼ間違いない、とりあえず頭数にさえなるのであれば緊急事態である今の状況を考えたらそうしない理由がないのだから当然だ。
俺が気になっているのは昨日小森さんから聞いた全盛期の赤石さんと比較して現時点でどういう状態になっているのかということだ。
当時は渡瀬さんのような極めて優秀な投手だったということだが、長年のブランクは確実だしそれに加えてケガをしたようだという情報も気にかかるものである。
そうは言ってもいきなり全力投球をするわけにもいかない、まずは投球練習だ。
赤石監督がモーションを取りながらボールを投げ込んでくる。
それは想像よりずっとスピードがあるボールだった、全力投球でこのぐらいだろうかと予想していたのでこの段階でのスピードに驚きを覚える。
十球ほどを投げ終えたところで赤石監督がマウンドを下りてこちらに向かってくる素振りを見せたので俺も立ち上がり歩み寄っていく。
マウンドとホームベースのちょうど中間辺りでお互いが目の前にいる状態になる。
「安島監督、サインを決めておきましょう」
「そうですね、ストレートと高速スライダーが持ち味というのは聞いてますが」
俺が投手としての赤石監督を知っているのが想定外だったのか少し驚いた様子だ。
「小森に聞いたんですか?」
すぐにその情報源について思い当たったのだろう、そんな風に問いかけてきた。
赤石監督と同世代で現役だった選手は小森さんしかいないのだから当然だ。
「ええ、相当にすごい投手だったという風に聞いてますよ」
その言葉を聞いて赤石監督はどこか悔しそうな表情で首を横に振った。
「あの時のボールはもう投げられませんよ、それでもまだ選手として全くやれないというぐらいまでその質が落ちたとは考えてはいませんけど」
「大学時代にケガをしたと聞いたのですがそれは大丈夫なんですか?」
「それは問題ないです、あの時のケガは別に重症だったわけではないですから」
聞いてもいいことなのか少し迷ったが気になっていたケガについて聞くと、意外にも赤石監督はそれが何気ないことの様な口調で返してきた。
それならばなぜそのケガから一度も登板することなく現役を離れたのだろうか。
そんな疑問が浮かんできたがそれは今この時に聞くべきことではない、そう判断して俺はそのことに付いては棚上げすることに決めた。
「それでは改めましてサインを決めましょう、ストレートと高速スライダーと……」
「あとはフォークぐらいしか投げられませんね、器用なピッチャーではないので」
「そうですか、それではサインはこんな感じにしますね。……それと最初しばらくはストレート一本で頃合いを見て変化球も要求する形にします」
三球種しかないというのであれば簡単だ、すぐに即興でサインを決めてそれと同時に全体的なプランについても軽く伝えておく。
変化球を投げるのはストレートでしばらく慣らしてからの方がいいだろう。
赤石監督がマウンドに戻り、軽く足場を整える仕草を見せる。
先ほどの理由により次もストレート、そろそろ全力に近いボールが見られるはずだ。
そして赤石監督がそのストレートを投じた、構えたミットとは少しずれた位置だ。
しかしスピードは先ほどまでとは比べ物にならない、今の女子プロ野球で速球派と呼ばれる投手には少し劣るかもしれないがスピードという点では上位に位置出来る。
そこからストレートを繰り返し投げる、まだ完全な全力では無かったのか投げる度に少しずつだがスピードが上がっていく。
最終的は速球派と呼ばれる投手と比較しても遜色ないぐらいのスピードボールを投げるようになっていた、ここまでのスピードが出せるとは想定外だった。
十分な球数に到達したと判断してここに来て初めて変化球を要求することを決める。
まずは一番の得意球だったと小森さんが言っていた高速スライダーのサインを出す。
赤石監督が頷いてからしっかりと腕を振ってそれを投げ込んでくる。
投じられたボールは手元に来て急激に曲がった、そしてその変化もかなり大きい。
ウイニングショットとして三振を取りにいけるだけのボールなのは間違いない。
それからは何球か高速スライダーを続けて投げてもらう、コントロールにばらつきこそあったもののそのスピードと切れ味は素晴らしいものであった。
最後にフォーク、高速スライダーほどではないもののこちらも切れ味が良く落差も平均的なフォークより大きい空振りを狙えるボールと評価できる。
どちらの変化球も全盛期に比べれば衰えがあるのだろうが、それでも小森さんから聞いた話どおり奪三振能力の非常に高いタイプの投手であるのは想像に難くない。
そこから様々な球種を織り交ぜながら投げてもらっていたが、球数がそれなりに多くなってきた辺りで異変に気づいた。
テストはとっくに結果が出ている、この状態で無理に続ける理由など一つもない。
「もう十分でしょう、赤石監督に実力があるのは現時点で既に明らかです」
ボールを受けた俺はマスクを取りながら立ち上がり、この投球を見守っていた他の監督二人に向かってそう声を掛けた。
「それはもう……」
「驚きましたよ、こんなに良い状態を保っているとは思っていなかったですから」
もちろんこのボールを見た上で他の二人からも反対意見など出るはずもない、文句無しの全員一致で赤石監督の選手復帰は認められることになった。
赤石監督が一礼してから、投げ終わった肩を保護するためにクールダウンへ移る。
肩を冷やす赤石さんに聞きたいことがあって近づいていく。
「赤石監督、少しいいですか?」
「はい、どうしましたか安島監督?」
「先ほど大学時代のケガは軽症だったとおっしゃっていましたが、そのケガを境に投手として登板しなくなったと小森さんに聞きました。それがどうしてかと思いまして」
赤石監督は小さく息を吐いてどこか遠い目をした。
「高校を卒業してから大学でも私はずっとピッチャーを続けていました、でも正直に言って大学に入ってからは野球の楽しさが良くわからなくなってきていたんです」
「高校時代に比べて周囲のレベルは明らかに落ちました、投げれば投げるだけ勝利などの記録は積み重なっていきますがそれに内心虚しさを覚えながらも投げ続けました」
「私は元々肩の手入れ等に気を遣うタイプだったこともありそれまでケガらしいケガは無かったのですが、大学三年の時に全治一週間程度の軽いケガで登板回避しました」
「それがさっきから言っている大学時代のケガ、ですよね?」
俺のその問いかけに赤石監督が頷く。
「今までずっと投げ続けていていたのがそのケガによってほんの少し足が止まった、その瞬間何か張り詰めていた糸が切れたかの様に野球への情熱が薄れてしまいました」
「野球が嫌いになったわけではなかったのですが、大学に入ってから選手としてプレーする目標を失っていました。そういう事情もあり選手としては引退しました」
「そして大学を卒業してから女子高校野球の監督をするようになったんですね」
そのことは聞いたことがある、監督として全国ベスト四入りを達成したのだから間違いなく監督としての手腕も高かったはずだ。
それなのに数年して突然監督をやめてしまったのはなぜなのか不思議に思っていた。
「選手としてではなく、指導者としてならまだ野球を楽しめるのではないかとそういう風に思ったんです。結局はそうではなかったと気付かされる結果に終わりましたが」
「女子プロ野球が新設されるときには選手として入団したいという気持ちがありましたが、それでも長い実戦ブランクも考えて選手としてではなく要請された監督という立場に収まることに決めました」
「そこで繰り広げられたのは私が夢見ていたハイレベルな試合でした、こんな場所で投げられたらと何度も考えましたが一度野球から逃げた私がという思いもありました」
「けれども今回うちの投手が二人ケガをした時に思ったんです、これは野球の神様が私にまた選手としてやってみろって言っているんじゃないかってね」
そう口にしてから自分が下らないことを言ってしまったとでも思ったのか赤石監督がクスクスと笑い声を漏らす。
「そんなのはあまりにも都合いい解釈だとそんなことは自分でも分かってます、結局私は選手として復帰するための口実を求めていただけなのかもしれません」
「理由なんて何でもいいじゃないですか、こうして選手としてプレーするに相応しい実力を持っているのだからそんなことを考える必要なんてありませんよ」
そろそろクールダウンも終わりだ、赤石監督が肩から冷やすための道具を外す。
「きっと赤石監督にとっても最高に心躍る素晴らしい試合が待っていると思いますよ」
俺はそう言葉を残して、赤石監督の傍を離れた。
「ええ、きっとそうだと私もそう思います」
その声を聞き最後に振り向いた時に見た赤石監督の表情はとても幸せそうだった。




