想定外の解決策
デイジーズが二人目の投手を負傷で欠いた日から二日後の夜、そのことに対応を協議するための会議が開かれる。
四球団のそれぞれの監督、それとオーナーが揃って出席している。
今回の事態はチームの運営に大きく影響を及ぼす可能性があり得ることを考えるとこの対応が過剰なものだとは言えないだろう。
誰が言い出したわけでもないのだが、この会議においては一番の当事者であるデイジーズの赤石監督が音頭を取る形で進むことになった。
「本日皆様にご足労願ったのは他でもありません、先日デイジーズに所属する四人の投手の内伊良波と京田の二人が負傷で登板不可という状態に陥ってしまいました」
「これは通常の投手運用がとても出来なくなったことを意味します。二人の投手で二試合をやりくりするのは無理がありますし、その負担で更に故障者が増えかねません」
「そうなると本来投手でない野手に投げさせるしか無いという場面も容易に想像できます、そんな事態になる前になんらかの対策が必要だと私は考えています」
それは正論だと俺は考えていた、意地の悪い考え方をするのであれば選手の負傷で自分のチームの戦力が低下したからその補填を求めているとも言えなくもない。
しかしそんな事以上に、今は残された投手に負担が掛からないことや選手レベルが落ちて観客を失望させないために対策が必要だというのが大局的にみて正しい意見だ。
それにデイジーズは既に最下位に沈んでおり、ここからの逆転優勝という可能性は非常に低いというのが実情である。
それであれば選手の補充を認めても優勝争いに大きな影響を及ぼすことはないというのもそれを容認する理由の一つになるだろう。
「対策が必要だというのは私も同感です、それは他の監督やオーナーにもご理解いただけると思っています。今は残された選手や、リーグのレベル維持を考えるべきです」
俺のその発言に異議を唱える人は誰もいなかった。
「そして具体的な対策ですが、チーム間で選手をやりくりしてどうにかするというのは現実的ではありません。ですから外部から選手を連れてくるしかないかと思います」
「高校か大学かあるいは社会人か、選手レベルの維持という目的もありますから誰もいいというわけでもないですしなかなか難しいかとは思いますが……」
見つけるのが難しいだろうというのもあるが、それ以上に時間との戦いでもあった。
次の試合が行われる土曜日まであと四日、さすがに一週間弱でどうにかなることだとは思えないので次の週末の二試合には間に合わないだろう。
では来週はどうか、あと十一日と考えると先ほどよりは時間があるが外部選手の所属組織と話し合いをして結論を導くのに十分な時間だとは思えない。
一刻もはやく解決しないといけない問題であるのに、その解決に相応な時間がかかるであろうことは避けられない情勢だった。
「その解決するための手段について一つ提案があります、短期間でこの問題を解決に導くことが出来るかもしれません」
「それはどういった方法ですか?」
興味があった、まだ若い赤石監督だがこれまでの野球人生でどこかに強力なパイプを作っていてそこからであれば短期間で選手を連れてこれる自信があるのだろうか。
そういう方向性での具体的なルートの提案が成されるのではないかと俺はそういう風に予想していたのだがその予想は裏切られることになった。
「私を選手兼任監督にしていただければ、とそう考えています」
選手兼任監督というのは想定外の内容だった、赤石監督はまだ若いし言われてみれば年齢的にあり得ない話ではないのだがその発想に至ることはなかった。
しかしもしそれが実現可能であるというのであれば理想的だ、内部の人間で選手を調達できるのであればそれに越したことはない。
外部組織との兼ね合いなども全く考えることなくここの組織内で同意を取り付ければいいだけだし、解決に必要とする時間も比べ物にならないぐらい短くて済む。
本来のやり方では確実に間に合わなかったであろう今週末の試合に間に合わせることだって十分に可能になるだろう。
「しかし赤石監督は選手としてはしばらく活動していなかったと記憶しておりますが、選手としての現時点の状態としては大丈夫なのですか?」
問題はこの点だろう、先ほども言ったように今回の選手補充にはリーグのレベル維持という意味合いも含まれている。
それを考えれば選手としてのレベルが不足しているのであれば本来の条件からはかけ離れたものとなってしまうことになる。
それでも外部からの選手調達が本格的に決まるまでのつなぎにはなるのは間違いないから無意味とは言わないが、本質的な解決にはつながらない可能性がある。
「個人的にトレーニングは続けていました、実戦のブランクは長いですが選手としてプレーする自信はあります。しかしそれは口で説明できることではないと思います」
「ですからみなさんに直接私の選手としての実力を確認してもらって、その上で異論が無ければ選手として復帰させていただくということにさせていただきたいのです」
「今日はもう時間が遅いので無理ですが、皆さんの都合さえ問題ないのであれば明日にでもそのテストを受ける準備は出来ています」
そういうことであれば出来るだけ早いほうがいい、赤石監督の提案通り明日にテストを行うということで合意を取る。
まずは赤石監督のテストを行う方向で進めていき、その結果を見てそこから必要な対応を再検討すると決定して本日の会議は終わりを告げた。
その後寮に戻った俺は赤石監督のテストについてぼんやりと考えていた。
正直に言うと俺の中でそのテストに対する期待値はそんなに高くなかった。
長年のブランクを抱えた赤石監督がいきなり選手としてきちんとした成績を残せるだけの状態を維持できているとは考えにくいのではないか。
それを踏まえると過度に期待出来る話ではないように思える。
先程も考えたが仮に選手としての実力が低くても外部の選手が見つかるまでの繋ぎにはなり得るし、そういう意味では赤石監督の提案は渡りに船ではあった。
何より内部のラインで迅速に対応出来るのは赤石監督の提案ぐらいしかないのだからよほど酷い結果でも残さない限りテストではとりあえず全員が合格を出すだろう。
そしてあのそれなりに自信のありそうな態度を見るとそこまで悲惨な結果にはならないと予想していた、少なくとも繋ぎぐらいにはなってくれると思う。
そういえば赤石監督とは小森さんが元同級生で浅からぬ関係にあったはずだ、話を聞いてみるのも面白いかもしれない。
そう思って俺は小森さんの部屋へと向かった。
「小森さん、ちょっといいかな」
俺のノックに気づきドアを開けて顔を覗かせた小森さんにそう声をかける。
「大丈夫ですけど……どうしました監督?」
部屋の中に招き入れられて小森さんと向き合う形になる。
「デイジーズの赤石監督と小森さんは昔同じチームだったんだよな?」
赤石監督の名前を聞いた小森さんが肩を震わせて反応する。
「ええ、そうですよ。赤石さんは不動のエースピッチャーでした」
「俺は赤石監督の選手時代を知らないから少し聞いてみたいと思ってさ」
小森さんがどうしてそんなことを聞くのかと不思議そうな表情を浮かべたが、それでも聞かれて答えないような内容ではなかったのだろう。
俺の要望に対して素直に口を開いてくれた。
「赤石さんは同世代、いえその前後の世代を含めても間違いなく最も優れたピッチャーでした。私なんかじゃ格が違いすぎて影も踏めないような素晴らしいピッチャーです。
「速球も良かったのですがなんといっても最大の武器は切れ味鋭い高速スライダーで、毎試合のように三振の山を築き上げていました」
「高校時代は三年ずっと一番いいピッチャーであり続けることができていたと思います、大学に進んでもその実力は衰えることなく素晴らしい成績を残していました」
「世代が違うのでもちろん直接は比較できませんが、今の女子プロ野球でいうならばコスモスの渡瀬さんと同じぐらいの高い地位にいたと言っても過言ではありません」
そこまで話してから小森さんが俯き少し唇を噛む、話しにくい内容のようだ。
「そこから大学三年の時にケガをしたのか登板を一度回避したのを最後に、結局それからは一度もマウンドに上がることはありませんでした」
「そして大学卒業後、高校野球で監督をやったことまでが私の知っている全てです」
「話してくれてありがとう、赤石監督がすごい投手だったのがよく伝わってきたよ」
そう俺が口にすると小森さんがどこか嬉しそうな表情を浮かべる。
「赤石さんは私の目標でした、彼女みたいな投手になりたいとずっとそう思ってきました。結局格が違いすぎてその領域に触れることすら出来ませんでしたけどね」
そう言って小森さんの表情が少し寂しそうなものへと変化した。
小森さんが赤石監督に対してどういう感情を持っているのかその全てを理解できているわけではない。
それでも赤石監督に特別な感情を抱き、気にしているのは間違いない。
だからこそ俺は赤石監督の入団テストについては伏せておくことにした。
この話が流れる可能性は低いが、もしも話してから流れてしまえば不要なショックを与えかねない。
これについて話すのであれば正式に選手復帰が決定してからにするべきだと俺はそう判断した。
時間を割いてくれた小森さんに感謝しつつ俺は自室へと戻った。
どうやら赤石監督の元々選手として想像以上に優秀な存在だったようだ。
そういう意味では期待度は大きく上がったと言えるが、不安点もある。
以前から分かっていた通りブランクが長いことと、今回初めて知ったどうやらケガをきっかけとして選手として一線を退いたようだということだ。
その事情から推測するとケガが選手生命に影響するような重症であったのではないかと思われる、そうだとすれば昔のような実力を発揮するのは難しいだろう。
何にしても明日に控えた赤石監督のテストを実際に見てみるしかない。
俺はいつの間にか赤石監督のピッチングに対する期待を膨らませる様になっていた




