絶対的左腕
そして始まった後半戦、サンフラワーズは調子をさらに上げていった。
エース真紘は前半から相変わらずの快調だったが、そこからの上積みとして二番手先発である小森さんの好投がありチームは少しずつ貯金を増やしていった。
一方で小森さんが対戦相手として投げているコスモスのエースである渡瀬さんの攻略については全くその目処が立っていない状態だった。
前半戦と同じく打線が手も足も出ずの完敗、渡瀬さんが登板してくる試合に関しては黒星を覚悟するしか無いといった状況だ。
その状況は概ね他球団も変わらないが、それでも一矢報いた試合があった。
まず一つはまたしてもデイジーズのエースである黒崎さんだった、そしてその試合展開も以前に渡瀬さんに勝利を付けさせなかったのと同じものだった。
お互いに無失点で延長へ、この試合では少し球数が多かった渡瀬さんが以前より一イニング短い十回を投げ切ったところでマウンドを下りる。
コスモスのベンチにいる投手のレベルは決して高くない、その残り投手で引き分けに持ち込むことが出来る延長十二回まで逃げ切るというのは無理な話だった。
なんとか十一回は耐えたものの十二回で力尽き、再びコスモスが敗れた。
黒崎さんは延長十二回を完封する快投、持ち味である豪速球の威力の他にも豊富なスタミナという一点に関しては確実に渡瀬さんを上回っている。
そしてもう一試合はブロッサムズの試合だった、ブロッサムズ先発の牧原さんが九回まで投げて一失点の快投で味方の援護を待ち続ける展開。
しかしこの日の渡瀬さんはいつも以上に素晴らしいピッチングを見せる、八回を投げ終えた時点で無失点であるばかりか被安打一で二塁も踏ませないという内容だった。
そして九回裏もあっさりとツーアウトを取りあと一人で試合終了という場面、ここでブロッサムズのベンチがサウスポーキラーの長森さんを代打として使う。
本来であればなんとかしてチャンスを作って渡瀬さんを討ち取り得る場面で代打の切り札として起用したかったのだがそんなチャンスを作ることは出来なかった。
結局は最後の一人となるまで追い込まれてからの代打起用となってしまった。
初球がボールとなってからの二球目、膝下に食い込むスライダーだった。
長森さんが綺麗に体を回転させてそのスライダーを打ち抜いた、打球はライナー性の当たりでレフトスタンドの中段へと突き刺さる。
勝利まで後一人と迫りながら浴びてしまった痛恨の一撃、ゆっくりと長森さんがダイアモンドを一周して本塁を踏む。
これが渡瀬さんが浴びた今シーズン初めての本塁打だった。
過去の試合でも渡瀬さんが失点した場面が無かったわけではなかったのだが、このような致命的な場面で渡瀬さんが失点したケースというのは初めてだった。
更にいえば本塁打を浴びたのも初めてというダブルパンチ、流れという意味では完全にコスモスはそれを失いつつある展開だったと言える。
そして試合はそれを裏付けるような幕切れを迎えることになる、試合は延長に入ることになったが十回表のマウンドに渡瀬さんの姿はなかった。
そしてリリーフした投手が悪い流れに耐え切ることが出来ずに崩壊、十回表の攻撃でブロッサムズの打線が爆発して一挙に四点を奪うことになった。
今のコスモスにその四点差を返すことが出来るはずもない、結局試合は五対一でブロッサムズが勝利を収めることとなった。
延長十回を完投して一失点の好投を見せた牧原さんに白星が付いた、いい内容でもなかなか白星が付かず苦しんでいた牧原さんにとっては嬉しい一勝となっただろう。
その一方で渡瀬さんに黒星を付けるに至ったチームも、一試合で渡瀬さんから二点以上を奪ったチームも未だに存在しないというのが重くのしかかっている。
長森さんが渡瀬さんから一発を放ったという事実は非常に大きいが、それでもなお渡瀬さんの絶対性が揺るいだとは言えない状況は続いている。
先発投手が二人で全四十八試合を回すことが出来る日程である以上、渡瀬さんという絶対的な投手がその半分の二十四試合に先発出来るというのは余りにも大きい。
渡瀬さんという最大の牙城を崩すことが出来なければコスモスを抜き去ることは不可能だといっても過言ではないだろう。
ここまでの展開ではコスモスが渡瀬さんが安定して稼いだ白星で一位を堅実にキープし続けている、続いてサンフラワーズ、ブロッサムズ、デイジーズと続いていく。
どこを見ても大差が付いているというほどの状況ではなかったのだが、ある日の試合でその状況が大きく動くことになる。
デイジーズ二番手の伊良波さんが肘痛を訴えて登板を回避、その検査をした結果思った以上の重症でシーズンの残りの登板にドクターストップがかかった。
先発二本柱のうちの一本を失うというのはあまりにも大きな痛手だった、代わりに左のサイドスローである倉永という控え投手が先発を務めることになる。
サイドスローの割りにはスピードがあり左打者に対して強い、しかしコントロールや変化球に優れた部分はあまりなく球速以外はうちの詩織の劣化版といったところだ。
そんな彼女も控え投手という枠組みの中では、一人リリーフとして完成度が段違いだった詩織に大差をつけられてはいたもののその次ぐらいには優秀なリリーフだった。
それでもリリーフと先発は別物だ、そもそも彼女は先発に不向きだったのだろう。
先発に転向したものの打ち込まれる試合が目立ち、リリーフの時と比べて投球成績を大きく落とすことになった。
そして彼女が先発に回ったことでリリーフに残された投手は僅かに一人、それでなんとか凌げるかと考えるとどうしても厳しくなる。
スタミナの問題で倉永はどんなに投げても六回、通常五回ぐらいが限度となる。
そこから格落ちのリリーフで三回四回を抑えきれるはずもない。
結局倉永の登板試合は全て落とすことになる、そこで積み重なっていく黒星がどんどんデイジーズを蝕んでいった。
それからしばらくしてデイジーズは大差と言ってもいいぐらいの差で最下位になった、先発二番手のケガが原因ではこうなるのも時間の問題だっただろう。
そしてそのことが原因でサンフラワーズに不利な事態が起こった、デイジーズが優勝争いの敵と言えなくなったことで渡瀬さんを回避させるようになったのだ。
その分の登板を二位のサンフラワーズにぶつけることで白星を稼がせず、現在の首位の座を足固めしようという判断だろう。
これは当然の判断でありシンプルな処置だったが効果は絶大だった。
渡瀬さんに打線が抑えこまれている以上、渡瀬さんをぶつけられるとサンフラワーズが勝利出来る可能性は非常に低いものとなる。
なんとか一試合でエース真紘の好投で無失点の延長に持ち込んで渡瀬さんをマウンドから降ろすことで勝利を手にしたものの他の試合は全て渡瀬さんに白星が付いた。
首位争いが目に見えてくる展開となったが、最下位デイジーズを更なる悲劇が襲う。
既に先発二番手の伊良波さんが今季絶望となっている中で、唯一のリリーフ投手である京田がピッチャー返しが直撃したことによる骨折で故障離脱が決まった。
これで登板出来る投手は僅かに二人となってしまったことになる、普通に試合をするだけでも厳しい状況となってきた。
このままだと野手を登板させて凌ぐなどという事態も起こりかねず、そのような事態を引き起こすのが試合を見に来てくれるお客さんに望まれることなのだろうか。
なんらかの対処が必要だと考えるのが一般的になるかもしれない、それに付いて話し合うためにオーナーや四球団の監督が揃っての会議が一度開かれることになった。
しかし対処法と言ってもなかなか難しい、別の球団から投手を回すなんていうことはとてもではないが出来るような状況ではない。
そうかと言って外部からこの中途半端な時期に選手を途中入団させるのも難しいだろう、ルール上の問題という意味ならオーナーと監督間で同意が成されれば問題ないだろうが高校大学の選手を使うのは難しいのではないだろうか。
相手側の組織でも話し合いの上で特例としてもらえば不可能ではないだろうが、それでも実現が難しいであろうことは間違いない。
そうなると狙いは比較的制約の薄いであろう社会人野球の選手となるだろうか、いい条件を備えた選手が見つかればよいのだが。
そんなことを事前に考えながら俺は平日に行われるその会議へと足を運んだ。




